第11話『セッカイ鍛冶屋』
何故か先を行くムクロドウジを追い越し、スレイブ達は坂を上がる。
最前線で矛を交える戦闘職でもなければ中々に苦な急勾配であったが、
周囲を見回してみれば、車道では規律よく馬車が上へ下へ駆け抜けていた。荷台にはゴブドルフを訪れた来訪者や金に余裕のあるエルフ達が満載。馬を手懐けられる人材という者は、移送部隊だけでなく民間でも多大な活躍が見込めるらしい。
蹄鉄の音に混じるものといえば、金槌が金属を叩く音。
「色んな種族がいるな……この国には」
遠い目をして、少女は黒煙の混ざる空を眺める。白髪を揺らす風は、馬車が通り抜ける際のものか。
「ゴブドルフは鍛冶と傭兵で成り立ってる国だからな。
武具が欲しけりゃ鍛冶屋へ足を運び、戦力が欲しけりゃ山の頂点付近の傭兵ギルドを目指す。ドワーフが打ってエルフは付与、そして完成した品をゴブリンが振り回す。
それがこの国のあり方だ」
ゴブドルフの傭兵部隊と退治した記憶は、スレイブの中にもある。
戦いで生計を立てるだけのことはあり、熟練の連携は歯車旅団をして無傷とはいかなかった。
スレイとしての自意識があらば、服の奥にある傷を差してこの傷がその際に受けたものだ。とでも、語れたのだろう。もしくはそんな話をしては私の部下として情けない、とでも上司に小言を挟まれていたか。
一人想像の羽を広げて喉を鳴らすスレイブを、赤の瞳は柔らかく見つめる。
「他者の血で成り立つ国か……なんだか、他人の気がしないな」
冗談めかして語るムクロドウジの口は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
尤も、直に刃をぶつけることになれば、どちらが優位かを証明できるだけの確信が彼女の内にはあったが。
やがてスレイブの足が止まり、続く形でムクロドウジも足を止める。
彼らの前にあるのは、ゴブドルフの景観に沿った石造りの家屋。他とは一回り大きな家屋は繁盛の程を予想させる。吹きさらしの部屋からは刀剣や防具が所狭しと並び、煙突からは濛々と黒煙を吐き出していた。
看板には共通言語で『セッカイ鍛冶屋』との文字が踊っている。
「ここがお前の言っていた鍛冶屋か」
「あぁ、ここでガラハドとアロンダイトを打ってもらった」
『折角だから剣を収納可能なギミックでもつけて貰おうよ。ただ大きいだけの盾じゃ不満でしょ』
脳裏で響く声音を無視して、スレイブは店内へと足を進める。
金槌の音が、店内に響き渡る。幾度となく反響する音色は、ともすれば楽器の如き心地よさを聞く者に与えた。
見慣れない部屋模様に目を輝かせるムクロドウジを置いて、スレイブは鍛冶屋の奥を目指す。販売スペースと工房への道筋は身体と記憶に染み込んでいる。
「ん、見慣れない後ろ姿」
工房に入ってすぐ、金床の前に座って鉄を叩く姿が見えた。だが、それはスレイブにとって既知の人物ではない。
大きく振り被られた金槌を握る筋肉質の腕はドワーフ特有の浅焼けた褐色肌だが、ゴブリンと大差ない体躯のドワーフとは思えぬ長さ。簡素な袖なしシャツやズボンから見える肉体は屈強だが、どこか女性らしい丸みを備えているように見えた。
髪を覆うバンダナの色は赤い。そして耳は先端が尖り、エルフであることを主張する。
「そこのアンタ。セッカイの旦那を知らないか?」
「……」
スレイブの質問への返答は、鉄を叩く音。
客からの声を無視することは、職人にはよくあること。
並外れて研ぎ澄まされた集中力は、自らの得物とそこから伝わる感覚以外の五感を遮断する。そんな状態の職人へ下手に近づけば、待っているのは金槌か炎熱の歓迎。
故に灰の髪を掻くと、スレイブは根気よく声をかける。
「おーい、客なんだけど!」
「……」
鉄の反響はなおも続く。
「セッカイの旦那はどこいんだよ!!」
「……」
女性の後ろ姿は頭部から火を吹いて、冷却されつつあった鉄を再度熱に包む。
「魔法、それに無詠唱……ハーフか」
三種族が共存しているゴブドルフに於いて、ハーフやクォーターというものは珍しくない。
屈強な体躯に浅焼けした褐色肌、先端の尖った耳、そして無詠唱で行使される魔法。断定こそできないが、ドワーフとエルフのハーフといった所か。
顎に手を当て思案していると、気づけば横に白髪の少女が立っていた。
「なんだ。ヤケに声を上げていたが、アレが店長なのか」
「あ、おいッ。あぶねぇぞッ!」
無遠慮に近づくムクロドウジへ腕を伸ばして静止を訴えたスレイブであったが、言葉を言い切るよりも早く職人の背後まで接近を許していた。
当然、距離を詰めたからといって女性が気づく素振りはない。
これまでと同様に金槌を振り上げられ、軌道にいる少女の顔へと迫り──
「なんだ、この店では喧嘩も売ってるのか?」
寸前の所で、咄嗟に挟まれた右手が掴まれて勢いが止まる。
途端に肉体との気温差に白煙が立ち込めるも、ムクロドウジは顔を軽く顰める程度で痛苦を訴える気配はない。
そして金槌が相も変わらず振り下ろされようと何度か蠢き、やがて女性が集中力を途切れさせて背後へ振り返った。
「ん、誰じゃお前ら? 何ワシの道具に触れとる?」
「コイツ……第一声がそれか」
「お前、弟子かなんかか。セッカイの旦那はどこいんだよ?」
振り返った女性の表情は快活で、その得物が一歩間違えば血に濡れていたなどと露ほどにも考えていない。流血に沈みかけた側としては堪ったものではないが。
乱暴に腕を振り、得物の自由を取り戻すと女性は立ち上がった。
恰幅だけではなく身長も恵まれているのか、彼女は頭一つ分は高い視野から二人を見下ろす。黄金色に輝く瞳は挑発的に竦められ、口端も大きく弧を描いていた。
「そうじゃ。ワシはセッカイの一番弟子のスイガンじゃ。
スイレンの母とガンセキの父からそれぞれ取ってのスイガン。いい名じゃろ?」
腰に手を当てる様は字句の通り、自らの名に誇りを持っていることを窺わせる。
「そんなのはどうでもいい。まずは顔に当たりかけたことへの謝罪だろ?」
「そこはまぁ、お前も不用意に近づき過ぎってことで……」
「なんじゃなんじゃ。顔の一つや二つ、安いもんじゃろ」
「それよりもセッカイの旦那をだな……」
「お前の顔とは価値が雲泥なんだが?」
「……もうやだコイツら」
ムクロドウジとスイガンは互いに火花を散らす。両者共にスレイブの主張を無視して。
そうしていると工房の奥から微かな声が木霊する。擦れた低い声は、男性のものだと彼らに予感させる。
「どうしたスイガン、揉め事か……お、これは歯車旅団の餓鬼じゃねぇか」
「漸く見つけたぞ、セッカイの旦那……」
姿を認めて肩の力が抜けたのか、大きく溜め息を吐いてスレイブは奥へと視線を注いだ。
腰程度の体躯に横へ拡張した筋肉質な肉体。顔の三分の一程度を占める鼻に腰を覆う白髭、オーバーオールが新品同様の色味を帯びていることを除けば、その容姿はスレイブの記憶と合致していた。
一方、セッカイは彼の側に立つ少女の姿が大きく様変わりしていたことに目敏く気づく。
「おいおいスレイ。その歳で女をとっかえひっかえとは、旺盛だなぁ」
「何の話だよ、エロ爺」
これ以上面倒なことを宣うな。
疲弊した声音で告げるスレイブに黙々と頷き、ドワーフの棟梁は可可と笑う。
「若い頃に遊びたがるのはいいが、ちゃんと手綱を握ってないと大変なことになるぞッ。俺の親父はそれで今も病院で寝てるからな!」
「……それ、冗談だろ」
「師匠!」
呆れた表情の少年をすり抜け、スイガンは足早に師匠へと接近する。
借りてきた猫が飼い主を発見した途端に駆け出す様が脳裏を過ったのは、ムクロドウジだけではない。
「師匠聞いてくれぬか。折角のワシの新作がのぉ……!」
「口論は少しばかり聞こえとる。お前には毎日周囲に気をつけろと言っていたはずじゃぞ?!」
「そ、それはじゃのぉ……」
スレイブとは話が通じなかった女性であったが、師匠が相手ともなればそうもいかない。
「だ、だってのぉ……まさか工房に人が入るとは、想定しとらんし……」
「常連ならここへの道も知ってると伝えていたはずじゃぞ」
「茶番はいいか?」
それぞれの問答を終え、、ムクロドウジが前に立つ。
茶番と断じた辺り、本題であるガラハドの修理に入るつもりなのだろう。スレイブも大盾を持って彼女の横に並ぶ。
「アイツの盾に不具合があってな、修理を依頼したい」
「あー……無理じゃな」
「は?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます