第9話『検閲』

 布から零れていた光が途絶え、スレイブとムクロドウジが乗った荷台の闇が深まる。

 スレイブの記憶が正しければ、ゴブドルフ連合国の国境には城壁が建設されていたはず。つまり馬車は現在、城壁内に入っているということか。

 揺れが収まり、外では運転手と門番と思しき人物が質疑応答を繰り返す。


「所属と入国目的を」

「商業ギルドのレンバーナ商会。入国目的は商業ですよ。ほら、ちゃんと紙にも纏めている、それとは別に客を二名拾ってるがな」

「確認しても?」

「一応、こっちで声をかけさせて貰ってからでいいか。前に中で盛り合ってた時があって、空気が凍りついたんだよ」


 冗談のつもりか、もしくは真実を語っているのか会話だけでは掴めない。が、実際に聞かされる側としては堪ったものではない。

 嘆息を一つ零す程度のスレイブはともかく、ムクロドウジは明確に真紅の瞳を鋭くする。

 中の物資に当たらないだけマシ、と判断すべきかスレイブが悩む。そこに運転手からのかけ声に続く形で荷台の後方で布が捲れ、掌に乗せられた魔法陣による明かりが内部を照らした。


「今から検閲だ、服は着とけよ」

「脱いでねぇよ」

「ん、お前らが乗客か?」


 スレイブ達の前に姿を現したのは、頭一つ分は低い体躯に凹凸の目立つセラミックプレート製の甲冑を纏った緑の肌を持つ種族。ゴブリンであった。

 二人の首肯を確認すると、ゴブリンは慣れた手つきで彼らにも先程と似た質疑応答を始める。


「ほんじゃ二人にも質疑応答を始めるか。

 それぞれ所属と入国目的を」

「鬼ぞ……いや、そうだな……歯車旅団で、入国目的はガラハドの修理だ」

「おい、スレイブ」

「ガラハド……?」


 彼の言葉にムクロドウジとゴブリンがそれぞれの対応を見せた。

 事前に話を通す必要があったかと、後悔するも既に手遅れか。

 嘆息を一つ吐くと灰の長髪を乱暴に掻き毟り、不満を露わにする少女の耳へ小言を挟む。


「とりあえず口裏合わせとけ。歯車旅団として何度かここには来たことがあるっぽいんだよ、無名の鬼族よりも遥かに通りがいいはずだ」

「誰が無名だッ」

「そこはどうでもいいだろ。一、二回の入国では制限がかかる場所もあるんだよ。確か」


 ゴブドルフが経済を成り立たせている根幹事業の都合もあってか、入国審査や国内での武器使用を咎める簡易式の封印魔法など、入国者へかかる制約も相応に多いのだ。

 信用を得るという目的に於いて、大陸中に名を轟かす歯車旅団の名を拝借するのは極めて都合がいい。

 スレイブも説得力を高めるべく、頭上にクエスチョンマークを浮かべるゴブリンに対して立てかけてあった大盾を見せる。当然、正面に描かれた歯車とそれを掴む手の紋章と共に。


「これがガラハドだ。鞘としての側面もあって、そっちの銘はアロンダイト。

 歯車旅団名義で何度か入国してるから、封印はパスでいいだろ」


 中には顔見知りの店もある、と続ける。

 武具の名はともかく、歯車旅団の名には覚えがあるためか、ゴブリンも何度か相槌を打つ。が、同時に表情を渋くした。

 ゴブリンの顔立ちはスレイブには分からないが、何か思う所がある程度には判断がつく。

 事実、彼の言葉はスレイブの予想を裏切るものであった。


「そいつはちょっとなぁ……

 ほら、南部にあるスベロニア。知ってるでしょ?」

「あー、何度か依頼を受けたような、ないような……」


 自国や隣国ならばともかく、安易な馬車などに頼れない森林地帯と国一つを挟み、なおも影も形も窺えない程の距離がフォルク王国とスベロニアの間にはある。ここまで差があってしまえば、如何に高名なギルドであろうともそう易々と頼ることは叶わない。

 故にスレイブの曖昧な記憶力では、実際に赴いたかどうかも曖昧。

 幸いにも首を傾げて思案するスレイブに違和感を抱くことなく、ゴブリンは言葉を続ける。


「そこで魔族に唆された民衆が反乱を起こしたらしくて、鎮圧にウチの傭兵も出兵してるのよ。どうも王が敬虔なセイヴァ教信者らしくて、色々無茶苦茶してたみたいでな……

 その報復なのかは知らんが、昨日城壁が一部吹き飛ばされてんのよ。幸い貫通はしなかったけど、外から見れば修復現場を見物できるぜ」

「あー、それで警備が厳しくなってると」

「そ、話が早くて助かる」


 ゴブリンが景気よく指差す仕草に、何故かスレイブではなくムクロドウジが顔を顰めた。指差された当人は気にする素振りを見せず、代わりに大盾を前へ突き出して納得の意を伝える。

 差し出されたガラハドは多くの戦いを潜り抜けたにも関わらず、鞘内部以外に目立った損傷はない。

 ゴブリンにも質の良さが伝わったのか、感嘆の声を漏らして左手をかざす。

 途端に溢れ始めた光は淡く、吹けば消えてしまうのでは、と鬼族の少女に疑問を抱かせるには充分であった。


「──閉じて閉じて閉じ閉じよ──」


 どこか間の抜けた詠唱に、ムクロドウジは大口を開けて目を丸くした。

 元々ゴブドルフに於ける入国時の封印魔法は、出国時に再度確認することで武具使用を確かめる意味が大きい。だからこそ極端に強固な魔法を行使するのではなく、誰にでも扱える程度の魔法を簡単に調整した代物を採用している。

 調整部分によって、内部で武具を使用した後に独自で封印魔法を行使しても識別が可能になっている、と自慢気に語っていたポンチョ姿のガンマンがスレイブの脳裏を過った。

 一方、なまじっか魔法に関しても文献経由で多少の知識を蓄えていたのか、国防を担う水際で下級魔法が行使される様子にムクロドウジは未だに目を白黒させている。


「警備が厳しくなって、あんなチンケな魔法を……?」


 酷い表現である。

 が、単純に魔法の難度で述べれば最底辺。仮にムクロドウジが然る場所で習えば、本棚を埋め尽くす本の量からしても造作がないだろう。下手すれば、教師の詠唱を反芻するだけで授業が終わる。

 だが、自らの役割に誇りを持っているのか。ゴブリンは少女の配慮に欠けた表現に鋭利な眼差しで返した。


「……簡易式の封印魔法は誰でも使える。門番を限定されないことが重要なんだ。代えの効かない高度な魔法なんぞ、ゴブリンには不要よ。

 さ、アンタの所属と入国目的は?」

「……」


 先程までの雑談に花を咲かせた態度から一変。

 ムクロドウジへの明確な嫌悪が言葉の端々から零れる。


「……そうだな。私はコイツの上……」

「コイツは俺の付き添いだよ、付き添いッ。ほら、グレイグ以来の新入りでな!」

「いや、まずグレイグって子を知らんが」


 前提を破綻させかねないことを宣いかけたムクロドウジの言葉を遮り、スレイブは咄嗟にとってつけた理由を口にした。

 勢いに任せて出さなくてもいい名を出した感は否めないものの、門番も最低限の納得はしたようで深く追及する姿勢は見せない。

 代わりに左手をかざしたのは、先程と同様に簡易式の封印魔法を行使するためなのだろう。

 しかし、ムクロドウジは鬼族の象徴とも言える金棒を取り出す様子はない。


「見ての通り、私は手ぶらだ。あくまで付き添い、だからな」


 殊更強調する上、横のスレイブへ視線を送る様は嫌味にしか思えない。

 確かにムクロドウジはどういう訳か、鬼族ならば標準装備の金棒を所持していない。単なる便利以上の魔法も行使できるから、付き添いに金棒を持ち出す必要はないという自負の現れだろうか。

 そして彼女の主張を否定する根拠もないためか、もしくはここにきて歯車旅団の名が聞いてきたのか。

 ゴブリンは渋々といった表情で荷物の点検を開始する。

 合わせて、馬車の主が荷台に上がり、逐一求められる説明をこなした。


「君達、こっからは長いからね。ローズの首に袋かけてるから、そこに二人合わせて一一四〇〇シバー入れといてくれ。

 間違っても、無賃乗車ってのは勘弁だぞ?」

「……ん?」


 ゴブドルフに到達して漸く、スレイブは一つの疑問を抱く。

 そういえば、鬼族に金銭という概念はあるのか。

 念のためにカーゴパンツのポケットを確認するも、当然のことながら無一文。

 シバーは金銀財宝をベースに生成される魔法通貨のため、ムクロドウジの説明が正しければ時間魔法による復元対象外であるのは納得である。

 が、果たしてムクロドウジに料金のアテはあるのか。

 冷や汗を一つ、スレイブは自身の上司へ視線を送る。


「大丈夫だ、鬼族は武器にも拘る。購入するための資金はしっかりと用意してあるさ」

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