第6話『戦いの裏で』
「こ、こちらガド……本隊、グゲ様……侵略者、です……森からの、侵略者が」
スレイブが獅子奮迅の戦闘を見せる中、一体のドラゴニュートが通信魔法を密かに行使していた。
地面に転がる死体に紛れ、喉の刺さった枝で呼吸もままならない状態で。
仲間からガドと呼ばれた彼は理解していた。自身の命を奪うのが細枝ならば、一時的に命を繋いでいるのもまた細枝なのだと。息がしづらいからと引き抜けば、何かが抜け落ちて生が零れ落ちると。
故に無礼を承知で連絡を取りつける。
「敵は、一体……盾には、歯車の紋章が──」
「それは違うな」
不意にかかる圧力は頭部へ。
金属特有の冷たい感触がガドの頭を圧迫し、視線を上げようにも首の動きを妨げる。
「アレは私のものだ。私の部下だ、兵隊だ。紋章はまだ試運転だからそのままにしてるだけの話。今度キチンとしたものに差し替えるつもりだ」
頭上から一方的に告げられるは、凛とした少女の声。僅かに見える足の肌は白く、それでいて裸足で地面を掴んでいる。
森林地帯に程近い人間の集まりは、数多く存在する。
ガドはその内の一つ、最も栄えている名を口にした。
「貴様、王国の、者か……?」
「王国? いいや、まだ私は国を開いてはいないさ」
まだ。
その単語を殊更強調して少女は続ける。
「通信魔法の先で誰が聞いているのか知らないが、宣言しておこう。
私の名はムクロドウジッ。
己が野心を語ると、堰を切ったように狂笑を上げる。
山岳地帯にいるだろうドラゴニュートの本隊にまで届けと、後の主の声を耳にせよと。呪詛の如き宣言を伴って。
自然と、身体に力が入る。金棒で押さえつけられていたガドの頭部が圧力に耐え切れず弾けても、宣戦布告さえ完了すれば価値は潰える。そしてそれ以上に、今のムクロドウジに喜色を抑えることは叶わない。
彼女の部下は想像以上のスペックを発揮し、身に余る戦果を上げた。
かつて目にした本が人間は混血体の素体に最適なのでは、世に多く存在する亜人種も元を辿れば人間の混血体が種として定着したのではないか。という学説を唱えていたのを思い出す。
彼の学説が明確に証明されたのかは知らない。しかし、彼女の眼前に広がった光景は根拠の一つとして充分な代物であると太鼓判を押せた。
「ヒハッ、ヒハハハッ。ヒァハッハハハハハハハッ!
期待しているぞスレイブ、私の血を持つ私の、私だけの部下ッ!!!」
天まで轟く狂笑に物怖じしたのか。もしくは彼女の進む未来に立ち込める暗雲の視覚化か。
先程までの青空が姿を隠し、鼠色の雲が空を埋め尽くしていた。
一方、不快感を煽る高笑いを最期に通信魔法を強制終了させられたドラゴニュートの本隊には、一瞬にして緊迫した空気が漂っていた。
通信魔法の強制終了は対抗の妨害魔法か魔力の流れを寸断、或いは行使者の死によって引き起こされる。そしてトマトが潰れたかのような音は、後者の可能性を濃厚にするには充分な効果を秘めていた。
誰も、何も口にしない。
何を言っても逆鱗に触れる予感が、何をしても首魁の怒りに抵触する予感が、彼らに身動ぎ一つさせない天然の魔法として機能していた。
最初に行動を起こしたのは、席を立ったドラゴニュート。
「何処へ行く?」
怒気を孕んだ質問に、振り返って答えるは異形の戦士。
左腕に隙間なく竜麟を生やし、逆立つ姿は竜種のそれとほぼ同一。ドラゴニュートの弱点である内側にさえ強固な鱗を持つ彼は、首魁たるグゲにも鋭利な眼光を注ぐ。
「敵討ち」
内に宿るは憎悪と怒気。
同胞を討たれ、更には最期の言葉を告げる余地すら与えぬ凌辱。代替として送られたのが全能感の抜け切らない子供の夢想めいた戯言とあっては、怒りを抑えろという方が困難というもの。
事実、握られた右拳からは血が滴り、地面に朱を落としていた。
「止めろ小童。何処にいるかも分からん相手に無策で挑む気か」
「ガドの無念を晴らすためならば」
「たかが一人のためだけに時間を捨てる阿呆がいるか」
「たかが一人の魂の安らぎは、我が命より各段に重い」
どこまで言っても平行線。
既にその兆候を感じ取っていたドラゴニュートは会議の場を後にし、折り畳んでいた翼を広げた。
彼の名を呼び、静止を訴える背後の声には振り向くこともなく、膨大な浮力の赴くままに飛翔を開始する。
飛び立つ先は森林地帯との境目。ガドの部隊が展開していた場所。
眉間に皺を寄せ、目尻に浮かべるは一筋の涙。風に乗って消え去る滴には、洞窟では見せなかった悲哀の感情を乗せて。
「同胞よ、今は亡きガドの魂よ。
お前への悲哀はここに置いていく……この時ばかりは、泣くことを、許せ……」
大きく翼がはためき、戦士の速度が一層増す。風を切る音が戦士の声なき慟哭を思わせるのは、軌道に僅かなブレが生じている故か。
同胞の討たれた無念を晴らすために。
怨敵の首級を天へ上った魂に晒すために。
更なる羽ばたきが、戦士の速度を一層早めた。
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