12 地雷を踏んだ件

 雑貨屋でのアルバイトをしてから一ヶ月が経った。本来の予定なら、女子大生生活を送っているはずなんだが、雑貨屋の店員というのも悪くない。

 初給料の一部もしっかりと兄に渡したので、兄は優しくなった。ほんのちょっぴり、だけどね。


「由香はいつもに増して顔色が良くなってきましたね」


 ある日の夕食後、いつも顔色の悪いメイがそう言う。


「えへへ、そうかな? やっぱり人間、人生が充実してるとそうなるもんだね」

「ええ、確かに。ここへやってきたばかりの由香は、落ち込んでいたせいもあって、今とは顔つきが違いましたから」

「……そうだったか?」


 兄が疑問を挟むがそれは気にしない。


「それより由香。お前このまま、フリーターを続ける気か?」

「その言葉、そっくりそのままお兄ちゃんに返すけど?」


 見事に決まったカウンターに兄は身動きできないようだ。


「そういえばさ、メイってお兄ちゃんの所に来るまではどうやって過ごしてたの?」

「色々、ですよ。こんな風に、他の方の所に居候していた時期も何度かありました」

「それって女の人の所とかも?」

「ええ、まあ」


 そりゃあ、こんなイケメンが近寄ってきたら誰でも泊めるよね、とあたしは妙に納得する。

 男の兄の元にいるから、居候という表現をしているけど、女の人の所にいたら、それってヒモだよね、とは口にしないでおく。


「っていうか、なんで吸血鬼になったの?」


 続けて質問。これもいつも通り、答えてくれるものだと思っていたのだが。


「それは……秘密です」


 メイは一瞬顔を曇らせて、それですぐにいつもの笑顔になる。ああ、やばい。地雷踏んじゃったかも。


「ううん、変なこと聞いてごめんね」

「いえ、いいんです。それに、僕もそろそろ考える時期かもしれませんね」


 そう言ってメイは立ち上がり、コーヒーを淹れだす。何を考えるの、と、聞くタイミングを失ってしまった。


「おい由香、前から思ってたけどな、お前は少々無礼が過ぎるぞ」

「だって、気になるものは仕方ないじゃん。お兄ちゃんこそ、なんで吸血鬼になったのか知らないの?」

「おう。聞いたこともない。あいつはあいつ、だからどうでもいいじゃねえか」


 そんなもんなのか、とあたしは思う。なんか冷たい気もするけど。

 その夜あたしは布団の上で、吸血鬼についてスマホで調べていた。

 ややこしい歴史や史実なんかもあるけど、創作上では、吸血鬼に噛まれると吸血鬼になる、というのが一般的らしい。

 だったらメイも、誰かに噛まれてそうなったのかもしれないが、今日の雰囲気だと、あれ以上は聞けそうにない。


「まあいっか、メイはメイだし」


 あたしは気にするのをやめにして、スマホを充電器に差し、眠りについた。

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