10 バイトを辞めた件

 ドーナツ屋さんでのアルバイトを始めて三日。あたしはそこを辞めることになった。




 真新しい制服に袖を通し、あたしはすっかり浮かれていた。膝丈のワンピースに、茶色いエプロン。我ながら、よく似合っていた。

 初めの一日は、事務室で店長さんと書類のやりとりやお店の説明。午後になってから、先輩に付いて注文の品を運ぶ練習。店内の掃除も教わった。

 二日目に、お皿を洗うことになったのだが、これがダメだった。何って、業務用洗剤がまるであたしの肌に合わなかったのである。


「いやあああああ! 赤いプツプツが! こんなに!」


 三日目の晩、帰ってメイに泣きついたところ、彼は優しくあたしの頭を撫でてくれた。


「これは酷いですね。お皿洗いは免除してくれるよう言ってはどうですか?」

「もちろん言ったよ! でも、それは必要な仕事だから耐えろって……」

「それは困りましたね」

「決めた。もうあたし、あんなブラックバイト辞めてくる!」


 当然、兄に怒られた。


「バイト三日で辞めるなんて、お前はどんな根性無しなんだよ!」

「だって、これ見てよ? 肘の裏まで真っ赤なんだよ? こんなの続けてらんないよ!」

「まあまあ礼、もう辞めてしまったことは仕方ないですし……」


 いつもメイはあたしの味方だ。頼もしい。


「このこと、父さんたちに言うからな」

「別にいいもん」


 あたしだって、辞めたくなかったんだ。でも肌がついていかないなら、どうしようもないじゃないか。


「それより皮膚科に行かなくちゃ。この辺の皮膚科はどこにあるのかな」


 あたしはスマホで皮膚科を検索する。徒歩十五分圏内に数か所あるようだ。


「メイ、お前もお前だ。由香を甘やかしすぎてる」

「いいじゃないですか。アルバイトなんて、他にいくらでもあります。合う所を探せばいいんですよ」

「そうだそうだ」


 あたしがスマホから目を離さないままそう言うと、兄に頭をぐいと捕まえられる。


「次は、しっかりしろよ?」

「はあい」


 兄に睨まれたあたしは、仕方なく部屋の隅に放り出していたバイト情報誌を開く。


「飲食店はもうパス。小売りにしよう」


 ぶつぶつ呟きながら情報誌を見ていると、兄は両親に電話をかけ始める。


「そうなんだよ、由香の奴、三日でバイト辞めちゃって……」


 だけど連れ戻されるなんてことはないだろう。うちの親はとことんあたしに甘いのだ。実際、もう少し様子を見てやれとか言われたようで、兄は大きなため息を吐きながら電話を切る。


「由香の分の仕送りをしてくれることになった……」

「えっ、マジで!? じゃあバイトしなくていいってこと?」

「ダメだ! 何らかの形でお前は働け!」


 まあ、いくらメイが一緒だからといって、ずっと部屋に居てもつまんないしね。あたしは情報誌を読み続けた。

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