09 バイトを始めた件
すう、はあ、すう、はあ。充分に息を整えて、あたしはドーナツ屋さんに電話をかける。
「バイトンを見てお電話させていただきました、三島と申します……」
電話で言う内容は、事前にメイと打合せ済みである。途中何度か詰まりながらも、あたしは電話を終える。
「面接、決まったよ! 明日の十七時からだって!」
「良かったです。明日が楽しみですね」
その日は充分気合を入れて、メイクもばっちりで臨む。人生初めての面接。大丈夫だろうか、緊張する。
面接をしてくれる店長さんは、少しぽっちゃりで、人の良さそうなオジサンだった。
「三島由香です。本日はどうぞよろしくお願いします」
「三島さん、ね。早速だけど、志望動機を聞かせてくれるかな?」
「はい。私、カフェやドーナツが好きで、ずっと憧れていたんです。それで、明るく雰囲気のいいこの店で働いてみたいと思いまして」
ちょっと盛りすぎたかもしれないけど、ドーナツが好きなのは本当だ。
それからは、得意なこと、苦手なこと、趣味なんかも聞かれる。あたしは割と調子よく答えることができたのだと思う。
「平日の昼間とか、大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です!」
「じゃあ、決まり。元気もいいし、うちにぴったりだよ。いつから入れそう?」
「え、えっと、明後日くらい、ですかね?」
やった、受かった! あたしは有頂天で兄とメイの待つ家へと帰る。
「ただいま! バイト受かったよ!」
「げっ、本当に受かったのかよ」
「おめでとうございます、由香」
今夜の夕食はブリの照り焼きだった。いつも美味しいメイの料理だが、今日ばかりは余計にそう思える。
「あの可愛い制服、着れるんだ。もうサイズ合わせもしたんだよ? 今から楽しみ!」
「由香、バイトは遊びじゃないんだぞ」
「はいはい」
ブリの骨を取りながら、相変わらずやかましい兄にぶっきらぼうな返事する。せっかく機嫌がいいんだから、水を差すような事を言われたくない。
「働くのはいいことですね。といっても、僕は働いたことがありませんが」
「そりゃまあ、吸血鬼だもんね」
「あのな、メイはしっかり家事をしてくれているんだ。それは立派な労働だ」
兄はとことん偉そうである。あたしとは七つ離れているせいか、奴は説教くさいことが多い。小さい頃は可愛がってもらってたのになあ。
食事を終えて、あたしはお皿をキッチンへと運ぶ。さすがにこのくらいはするようになった。
さて、明後日からは立派なフリーターだ。これで兄にも大きな顔をさせないぞ。
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