03 家主が帰ってきた件

「ただいま! 立ち読みしてて、遅くなった!」


 コンビニの袋をぶら下げて、あたしの兄・礼が帰ってくる。奴はあたしのキャリーバッグとパンプスを見た後、あんぐりと口を開けながら、あたしに向かって指をさす。


「ゆ、ゆ、由香! なんでお前がここに居るんだよ!」

「お帰りなさい、礼。居候しに来たらしいですよ」


 兄の大声とは対照的に、メイの声は穏やかだ。


「居候!? はあ!?」

「大学、全部落ちたの。だからここに居候させて」


 それからあたしは、事の顛末を話し出す。兄はどうも納得のいかないという顔であたしを睨みつける。


「父さんと母さんに電話する。今日くらいは泊めてやってもいいが、明日には絶対に帰れ」

「何よ、そこら辺で拾ってきたイケメンは居候させるくせに、実の妹は追い返すの?」

「うるさい、黙れ」


 兄は電話をかけ、ありったけの文句をぶちまける。しかし、威勢が段々と弱くなっていき、最終的には虚ろな顔で電話を切る。


「ねえ、どうだって?」

「しばらく面倒見てやれ、だと……」

「やったあ!」


 あたしは飛び上がって喜んだ。これで親公認の家出となったわけだ。


「でもよ、ここは三人じゃ正直狭いぞ。由香はどこで寝るつもりなんだ」

「もう一つ部屋あるんでしょ、ここ」

「あそこは納戸代わりになってる。収納少ないからな、この部屋」

「安心してください、僕が掃除しますよ」


 メイがいかにも自信満々といった風に口を挟んでくる。


「っていうか、メイはいいのか? 俺が仕事のときは、こいつと二人っきりになるんだぞ?」

「別に構いませんよ? 少しだけ話しましたが、可愛い妹さんじゃないですか」


 お世辞でも何でも、イケメンに可愛いと冠されるのは気分のいいものだ。あたしは家出が成功したことも含めて、有頂天になりつつあった。


「いや、それよりも、由香は大丈夫なのか? さっき知り合ったばかりの男と同居だぞ?」

「別に? メイさん、良い人じゃん。あたしそういうの気にしないから」

「いやいやいや、色んな問題が、あるんだよ……」


 兄はボリボリと短髪をかきむしり、うぬぬ、と声を漏らす。


「由香。笑わないで聞いてほしいんだが」

「うん、わかった」

「メイはな、吸血鬼なんだ」

「あ、そうなんだ」

「お前、吸血鬼と一緒に住めるか?」

「そういうの気にしないから……ってええ!?」


 あたしの絶叫が、夜も更けたアパートの一室に響いた。

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