02 自己紹介をした件
ひとまずあたしは兄の部屋に上がり込む。一人暮らしにしては広い2LDKの部屋で、トイレ、バスも分かれている。
どうせあの兄のことだから、さぞかし汚いのだろうと思い込んでいたのだが、部屋の中は拍子抜けするくらい綺麗に整っていて、あたしはこの辺りで部屋を間違えたのではないかと思いだした。
「あのう、ここって、三島礼の部屋ですよね?」
「そうですよ」
リビングには座卓が置かれていて、あたしとそのイケメンは対面する形でクッションに座る。
「あたし、三島由香です。三島礼の妹です」
「僕はメイです。妹さんがいらっしゃるという話は、礼から聞いていましたよ」
一応、自己紹介終了。聞きたいことは山ほどあるが、どこから聞こうか迷ってしまう。その代わりに、あたしは今回の目的を話す。
「あたし、大学受験に失敗して、やけになっちゃって。ここに居候しようと思って、来ました」
「そうですか。それは大変でしたね」
いや、それだけ? あたしは次の言葉が見つからずに呻く。
「お茶かコーヒー淹れましょうか?」
「あ、じゃあホットコーヒーで……」
メイは流れるような動作でキッチンへ行き、引き出しからドリップコーヒーの袋を取り出す。こうも手慣れている辺り、彼が居候しているというのは本当のようだ。
兄にしてはやけにセンスのいいマグカップを渡され、あたしは砂糖とミルクを入れる。てっきりメイもコーヒーを飲むのだと思ったが、彼が作ったのはこの一杯だけだった。
「遅いですね、礼。コンビニは少し離れてはいるんですが、それにしても遅い」
「何を買いに行ったんですか?」
「雑誌です」
他に質問することはいくらでもあるだろう、と思うのだが、まだまだ頭が整理できていないのか、一向に思い浮かばない。むしろ、メイの方から色々と質問されてしまう。
「由香さんが今日来ることは、礼は知っていたんですか?」
「いえ、いきなりっす。事前に言ったら絶対断られると思ったんで」
「親御さんには言ってあるんですか?」
「もちろん言ってません」
「それはいけない。せめて、無事到着したことを言っておかないと」
お節介だなあと思ってしまったのだが、メイの言うことは正論でもある。夜も更けてくれば、親から電話の嵐がやってくるだろう。
「お兄ちゃんが帰ってきたら、連絡します」
「その方がいいですね」
コーヒーを何口か飲み終えて、多少落ち着きを取り戻したあたしは、メイに聞いてみる。
「メイさんは、お兄ちゃんとどういうお知り合いなんですか?」
「そうですね。知り合ったきっかけは、僕が道端で倒れていた時に、拾ってもらったんですよ」
「そ、そうですか……」
兄は昔から何でも拾ってきた。ビール瓶やらエロ本やら、犬やら猫やら。でもまさか、人を拾っていたとは。いや、これはメイなりのジョークなのかもしれない。あたしはもう一つ聞いてみることにする。
「いつからお兄ちゃんと住んでいるんですか?」
「もう半年になりますね」
半年前というと、推薦入試で先に合格した同級生たちを羨んでいた頃か、とあたしは思う。忌々しい記憶。
「礼はとてもいい人ですね。おかげで僕も助かっています」
「はあ、そうでしょうか。至らない兄だと思いますが」
そんな会話を繰り広げていると、キーロックが外される音が聞こえてくる。家主の帰還だ。
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