第3話 独りのクリスマス
十二月二十五日
「おはようございまーす」
出勤すると、厨房で仕込みをしている石井さんの姿があった。
大きな鍋をかき混ぜている背中がやけに疲れていた。
見るからに体調が悪そうだった。
「……大丈夫ですか?」
心配になって、思わず声を掛けた。
「佐藤さん……俺、彼女と別れそう」
「えっ、クリスマスなのに!?」
「いや。クリスマス関係ないから」
独りぼっちで寂しい私とは違って恋人がいる人たちは楽しそうだと思っていたのに、石井さんからは冷静に返された。
「七年も付き合っていたのにですか?」
なんで今?と思わずにはいられなかった。
凄くしんどそうにしている彼が気がかりだった。
「とりあえず彼女と話してくるわ」
だいぶメンタルやられている様子で「吐きそう」だとか言っていて、この人本気で大丈夫かな?と心配になった。
*
十二月二十六日
次のシフトで石井さんと入れ違いで時間が被った時、「彼女と別れた」と告げられた。
えぇ、この前別れそうとは言っていたけど、本当に別れたんだ。
「そうなんですか」
なんて声を掛けるのが正解か分からず、ただいつも通り日常の会話をしていた。
*
後日、石井さんとはシフトで被ることが何度かあった。
彼女と別れたばかりで、話しているうちに「こういう時、人は新しい恋をして忘れられるのかな」なんてクサいセリフを言ったり散々思わせぶりな態度をするな。と思うことはあった。
「元気出してください!」
「どうやったら元気出る?」
「美味しいご飯食べたら元気出ますよ!」
「本当?」
「本当ですよ」
「奢ってくれる?」
「分かりました!」
冗談のつもりだった。
「相談乗ってくれる?」
「話を聞くことくらいしかできませんけど」
恋愛経験豊富ではない私なりの精一杯の回答だった。
*
それから後日。
「この前言ってたけど、本当に行く?」というような流れで、一緒にご飯に行く約束をした。
彼女に振られた直後だから、チャンスと言えばチャンスかもしれない。
でも、彼は一体どういうつもりなんだろう?
全く疑問が残らない訳ではなかったけれど、食事くらいならいいか。という軽い気持ちでOKした。
お互いのシフトの調整をして、「この日ならいける」という話をした。
そして年明けの一月四日、一緒に食事に行く約束をした。
*
年始、私は初めて早朝のシフトに入った。
朝十時頃、出勤してきた気だるそうな彼の後ろ姿さえ少し格好良いな。と思ってしまった。
一月一日ということもあり、いつもとは違っておせち料理のメニューの残りを従業員同士でも食べることになった。
彼とは近くのテーブルに座り、スタッフ同士で親しそうに話す姿を見て、周囲の人と積極的にコミュニケーションを取る人だな。と思った。
私にはない積極性を持っている人で、この人と付き合ったら素敵だろうな。とさえ感じていた。
*
一緒にご飯に行く約束をして、ドキドキが止まらなかった。
でも、彼女と話さないといけなくなったから「行けそうにない」と言われた。
私は快く了承した。全然、彼女の方を優先させて欲しいと思ったから。
後日、やっぱり行けることになった。という連絡が電話できた。
今思えば、この時から彼は振り回す人だった。
「え、どっち!?」
やっぱり行けない。と言われて諦めていたのに、やっぱり行こうと言われ、私は困惑した。
「大丈夫なんですか?」
彼女とのことが心配だった。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「本当。……分かってる?」
「何がですか?」
「彼女より優先したってこと!」
どうやら彼女よりも私を優先したということらしかった。
*
ご飯に行く約束をした当日、夕方までシフトに入っていたので、仕事終わりに石井さんと待ち合わせをした。
どうにかなったら良いなぁ。私はそんな気持ちだったけれど、相手は一体どんな気持ちなんだろう?
疑り深い気持ちでいっぱいだった。
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