第8話 女医さくら
翌朝になった。
「春さん、おはようございます」
「おはようヒナタくん」
「昨日はよく眠れましたか?」
「うん。よく眠れたよ。お風呂もびっくりするほど広くて気持ちよかった」
「よかった。じゃ準備できたら行きましょう」
三人は歩いてサクラの診療所に向かった。
「昨日ね、堀野さんが会合で出た唐揚げをお土産に持ってきてくれたの。ヨシキは鶏肉嫌いだったはずなのに、その唐揚げうまいうまいって全部食べちゃったの。びっくりしちゃった」
「だって美味しかったんだもん。朝ごはんもとても美味しかったよ。ご飯2杯もおかわりしちゃった。山麓のお米すごく美味しい」
「そうなの。この子ったら朝ごはんもたくさん食べたの。いつも食が細くて心配してたのに。あたしの作る料理が原因だったのかしらね」
「はは。でも知らない場所でどうなるか心配だったけど、2人とも元気にやっていけそうで安心しました」
「あとね、昨夜の会合の帰りに堀野さんのお友達が何人も堀野さんちに来たの。六本木から謎の女が来たって珍しかったみたいで。で、挨拶して少しみんなとお話したんだけども、やっぱりみんな飾らなくていい人ね。みんな仲良しだし、なんていうのかな、前にも話したけど、六本木のお店のお客さんたちはそれなりのエスタブリッシュな人たちで、それはそれでまぁ面白いんだけど、自分のこと自慢しないといられないみたいな、すぐ他の人にマウントとるとか、自分すごいアピールがすごくて、仲間なんだけど競い合ってるというか、なんか痛々しいところあるのよね。その点、堀野さんとか昨日の人たちはなんか自然体で、家族みたいで、話してて気持ちよかったわ」
ヒナタは春が思ったよりもこっちの生活に馴染めそうな気がして安心した気持ちになった。
「僕も数日しかいなかったっすけど、特区の人たちってなんか顔が元気ない人が多かったっすよね。ARグラスだか何だか知らないけど、変なメガネかけてる人多かったし。あとは妙にギラギラした人がたまにいたけど、それはそれで何か無理しすぎてる感じしたな」
「そうね、大抵の人たちは、なんて言うのかな、俺の人生こんなもんだよねって諦めてる感みたいなのがたしかにあるかな。店のボーイなんかもさ、俺なんて能力ないから給料安くてもしかたないんすよって、客にひどいこと言われても仕方ないんすよって、お客さんさみんなボーイのことすごい見下すのよね、ああいうのすごい嫌だからもっと堂々と対応したらって言うんだけども。と言うあたしもそういう人生諦めた一人の女に過ぎないけどね」
そうこうしているうちに、さくらの診療所が見えてきた。神郡の集落の外れにあって、反対側には山がくっきりと見えた。
外観は昔風な白壁に赤茶と黒のタイル張りで、昭和の診療所という雰囲気だった。看板はなかった。
「さくらさん、こんにちは。いる?」
「よ、ヒナタ。元気か? スーパー特区に行ってからしばらく帰ってこないって噂になってたから心配してたぞ。突然どうした?」
さくらはサバサバした語り口調で言った。
ひなたは特区での出来事やマイクロチップについて一部始終をさくらに話した。
「なるほど。なるほど。都会はいよいよ世も末だね〜。やっぱり山と川のある田舎が一番だね。サイレントヒューマン万歳」
さくらは笑いながら言った。
「で、こちらが春さんとヨシキくんです」
「さくらです。春さん、よしきくん、よろしくね」
「春です、よろしくお願いします」
「春さん、いきなりだけど、ちょっと腰が悪そうね。きちんと運動して体幹鍛えないと将来しんどくなるよ。あと、胃も少し弱ってるみたいね。胃はもともと弱いのかな」
「え!?何でわかるの?」
「あ、いや、何となく。医者だし。みてそんな印象って感じ」
「腰はぎっくり腰やってからずっとダメで、胃も昔から弱くて、よく胃腸炎になるの。でも胃カメラとかやったわけでもないのにすごいねさくらさん」
「接骨院の先生だってレントゲン使わなくても骨折してるかどうか分かるでしょ。内臓だ
って一緒よ。よくないところは波動が乱れてるの。胃薬に頼るのもあんまりよくないよ。あたしはよっぽどのことがない限り薬は出さない。基本は食事と運動ね。食べ物は都会だと高いだろうけど、やっぱりオーガニックなやつがいいよ。それも本物のやつね。都会だと偽物多いから気をつけて。栄養ないやつとか。似て非なるものの見極め大事よ。子供のためにもね。ちょっと触っていい?」
さくらは春の胃のあたりにそっと手を当てた。
「少しじっとしててね」
2、3分、さくらは手を当てていた。
「小さい頃に痛いの痛いの飛んでけ~ってやったでしょう。それと同じね」
それからさくらはハルの肩のあたりと腕、それから太ももと、ささっとさすった。
「どう? 少し腰軽くならない? 立ってみて」
「あ、言われてみればたしかに。今朝右腰が重かったけど、今はそんなでもないかも」
「エネルギーの流れが滞ってるところを流したの。腰が痛い時に腰にだけ電気を当てたり手当てしても結局ダメなのよね。全体を流さないとダメなの」
「へぇ。すごい。ほんとに軽くなった気がする」
「で、あれね、マイクロチップね。マイクロチップで通信して人間を操るなんて、一体どんなテクノロジーなんだろね。ディストピアだね。どうすっかなぁ?」
「摘出するの難しそう?」ヒナタが心配そうに言った。
「うーん。チップが身体のどこに入れられているか次第だね。チップが人を操る目的だとしたら脳にでも入ってると考えるのが普通だけど、今のテクノロジーの進化はすごいからそうじゃなくてもそういうことできちゃうのかもしれないし、調べないとなんとも言えないな。詳しい人に相談するからちょっと時間ちょうだい」
「よろしくお願いします。さくらさんしか頼れる人いないので」
「うん、考えてみとくよ。2人はどれくらいここにいるの?」
「えぇとぉ。どれくらい?」
とヒナタが口籠っていると、
「そうねぇ、1週間くらいかなと最初は思っていたけど、もう少しいてもいいかなと思い始めてる。いいところねここ」と春が言った。
『まだこっち来て一日も経ってないのに』と思い、ヒナタはクスッと笑った。
「了解。じゃあなるべく早くできるよう考えてみるね」
春は壁際に無造作に置かれている何枚目の絵を見た。
「あの絵はさくらさんが描いたの?見てもいい?」
「どうぞ。山と湖の絵ばかりだけど。診療がない時は絵ばかり描いてるからあたし」
春は絵を手に取り一枚一枚じっくりと見た。
「綺麗な色使い。同じ山なのに一枚一枚色使いが違うのね」
「山ってそのときそのときによって表情が全然違うんだよね。毎回違うのよ。だから何回描いても飽きない。例えばさ、カメラとかってどれだけ最新式になっても案外山の表情の微細な変化とかとらえられないんだよね。あたしは絵の方が山の本当の姿を残せると思ってるの。後で見返して、お、このときこんな顔してたって、絵の方が分かるのよね」
「たしかにどんなにいい性能のカメラでも生で見た自然の美しさってとらえられないね。この絵からはなんか伝わってくるわ」
「山見たり湖見たりして、一日中ぼおっとしたりするのも身体にいいよ。ここにいる間にやってみな。身体の波動が整う。自然のセラピーよ」
「山なんか小さい頃に高尾山に連れて行ってもらったきり行ったことないわ」
「そうだ。じゃあさ、これからみんなで筑波山登ってみようか。低い山だしさくさく登れちゃうから」
「え!? さくらさん今日は診療日じゃないの?」
「いいじゃない。山登りも立派な治療だよ。みんなで登ろうよ」
「山なんか小さい頃に高尾山に連れて行ってもらったきり行ったことないわ」
「そうなの。筑波山は低い山だしさくさく登れちゃうから」
「え?筑波山って低いけど案外険しいんだよな。春さんとヨシキくんには無理じゃないのぉ」ヒナタは横槍をいれた。
「そんなことないよ。ヒナタも一緒に、みんなで登ろうな」
「・・・・・・」
春とヒナタはお互いに目を合わせて、同時に首を横に振った。
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