第2話 市場にて。一日目。

「おい仁多、ほら、」


 市場の一画に場所を取り、仁多くんが品物を並べながら考え事をしていると、真滝さんがこづいてきました。


「出てきたぞ。」


 真滝さんが顎でしゃくった方を見ると、町の中心部の方から橋を渡ってぞろぞろとやってくる人たちがいます。


「マロードたちだ。」


 その数は2,30人もいるでしょうか、まとまって市場の方へ向かってくる割に、みなさんがお仲間同士のようには見えません。暗いマントを深めに被っている人、よく日に焼けた筋肉質の腕を自慢げに見せているかのような人、不思議に輝く薄手の衣をまとった人、却って動きづらそうなほど着ている服の布面積が少ない人など、いろんな人の姿が見えます。

 誰ともなくマロードと呼ぶその人たちは、得体のしれない割に毎回しっかり買い物をしていってくれるので、市場に店を広げるものとしては声をかけないわけにはいきません。


「いらっしゃい!旦那!鍬や斧はいりませんかね!丈夫なのがそろってるよ!」


 まっさきに真滝さんが声を上げ、呼び込みを始めました。

 それに遅れまじと他のお店の人も大きな声で彼らに呼び掛け始めます。


「いらっしゃいませ!おいしい果物はいかが!」

「こんにちは!素敵な布がたくさんありますよ。服を仕立ててみませんか!」

「はい!鍋釜ならうちだよ!どんなサイズでもそろってますよ!」


「あ、あわ、あの、」


 朝一番のこの呼び込み合戦が仁多くんはどうも苦手です。大きな声は出しなれていないし、どんな言葉で声を掛けたらお客さんになってもらえるのか、いまいちわからないのです。


「ま、マフラーとか、手袋とか、あります。はい。」


 小さな声でなんとなく言ってみますが、たぶん誰の耳にも入っていないんだろうと思います。


「旦那!斧はどうですかい?なんでもぶった切れるよ!」


 店の前で足を止めた青年に、真滝さんが大きな声で呼びかけました。


「…少し見せてもらおうか。」


 そう言って青年は店の品を手に取り始めました。

 真滝さんの店には本当にいろんなものがそろっています。斧だけでも大中小あり、柄や刃の材質も様々なものから選べます。ほうきではテーブルをちょっと掃くような手ぼうきから、熊手、竹ぼうき、棕櫚ほうき。鍬や鎌、鋤などの農具の揃えもいいですし、弓矢やナイフなどの狩りの道具もあります。


「お嬢さん、ナイフはどうですかい?切れ味いいのがそろってるよ!」


 お店の前にはあっという間に人だかりができますが、真滝さんはそれに臆することもなく次々に声をかけていきます。悩んでいるお客さんの後ろからのぞき込むお客さん、そのまた後ろから興味深そうに眺めるお客さん。


「ほら、仁多もなんか声かけとけよ。」


 お客さん相手の合間を縫って、真滝さんが小声でせかしてくれます。たしかに、仁多くんもなにか声をかけていかないと、圧倒されっぱなしというわけにはいきません。


「こ、こんにちは。マフラーとか、靴下とか、いかがですか。」


 精一杯の声で、真滝さんのお店の前からはじき出されたような形になっている人に声をかけてみました。


「マフラーとか、靴下とか、いかがですか。」


 真滝さんのようにお客さんの特徴に合わせて気の利いた言葉で呼び込めるといいのですが、とっさにはいい台詞が出てきません。

 狩りの道具あたりを覗きたそうにしていた人が、仁多くんの小さな声に気づいてちらりとこちらを見ました。

 仁多くんと目が合い、並べていた品物を眺めまわします。


「あ、マフラーとか、靴下とか、あります。あたたかいです。」


 もう一度言ってはみましたが、今はよく晴れた昼前です。どちらかというとみんな少し汗ばむくらいの気候で、案の定ちらりと眺めてきたお客さんも、仁多くんの品物からはすぐに目を離してしまいました。


「あ、」


 そのまま仁多くんは、何も言えなくなってしまいました。

 真滝さんや他の人のお店に群がる人、呼び込む声を聞きながら、自分の前を通る人に声をかけようとするのですが、少し目が合う瞬間があっても、仁多くんの編み物を一瞥してさっさと通り過ぎてしまう人がほとんどなので、声をかける隙もうまくつかめないのです。声を出そうと息を吸っては飲み込むことを繰り返しているうちに、お客さんの大きな波は去ってしまいました。


「ふぅ、やれやれ、やっと少し落ち着いたかな。」


 そう言って真滝さんは仁多くんの広げている店の方を振り向きました。


「なんだよ仁多、少しは売れたのか?」


 仁多くんはうつむいて小さく頭を横に振ります。


「困った奴だな。声が小さいのがいかん。とりあえず声出してお客に気づいてもらわなきゃ。」


「でも、そのあとなんて言ったらいいか。」


「なんでもいいんだよ。お前のは防寒具なんだから、これから寒くなりますよ、とか。」

「え、そうなんですか?」

「ほんとに寒くなるかどうかとかはどうでもいいんだよ。どうせ夜は昼より寒いだろ。」


 なるほど。仁多くんは感心しました。たしかに夜は昼より冷え込むので、これから寒くなると言ってマフラーを売っても嘘にはなりません。今暑いかどうかより、これからのことを考えて売るといいのだな。


「真滝さんの品はたくさん売れましたね。」


 山のように積み上げてあった斧や鍬や弓矢はまたたく間に少なくなっています。


「そりゃ、マロード連中はなんにも持ってないからな。これから何を始めるにしてもまずは道具だろ。そのへんをうまく誘導してやるんだよ。」


 得意げに真滝さんは言います。

 毎朝やってくるマロードたちは、基本的にはなにも持っていません。お金も限られた額しかないようで、吟味しながら買っている様子です。まずは市場で買い物をして、その道具を使って生活を始めるようなので、真滝さんの店のようなすぐに使える道具が大人気になるのです。


「僕はもうちょっと勉強しないとですね。」


 少し落ち込みながら、仁多くんは荷物を片付け始めました。

 市場が賑わうのは大抵昼まで。それ以降は店を広げていてもあまり意味がないのです。今日の売り上げは諦めて、必要なものを買って帰ることにしました。


「ちょっと色の違うもんとか大きいもんとかも並べてみろよ。お客の目を引くってのも大事だぞ。」


 真滝さんはいろいろ教えてくれます。はい、と小さくうなづいて、仁多くんは立ち上がりました。


 真滝さんのようなすぐに使う道具を売っているお店や、食べ物を売っているお店にはお客さんが多く並びます。町の人だろうとマロードの人だろうと生きていかないといけないので当然のことです。仁多くんの売っている編み小物は、たしかに暖かくて柔らかくて快適なのですが、寒くならないと必要になりません。寒くても我慢できるという人ならなおのこと、服を用意してしまったら小物にまではなかなか気が回らないのです。


「なんか考えなきゃな。」


 つぶやいてはみますが、すぐにいい案が浮かぶわけではありません。リュックが少し、重たく感じました。


 仁多くんや真滝さんが店を並べる一画とはちょうど反対の方に、食べ物を売る店が多く集まっています。町の中心部にも近いこともあって、町中に本格的な店を構えるごはん屋さんが軽い食べ物を売っていたり、保存できる品を売っているところもあります。

 具だくさんのサンドイッチが並んでいたり、大きめの干し肉が鈎で吊るしてあるのを横目に見ながら、仁多くんは兄弟でやってる粉屋の前にやってきました。


「いらっしゃい。」


「岩埜くん、小麦粉を一袋ください。」

「あいよー、他には?」


 返事をしたのは弟の方です。仁多くんと同じくらいの年ですが背が高く、弟よりも少し背の低いお兄さんと一緒に粉屋を切り盛りしています。


「粉だけでいいや。今日はあんまり売れなかったんだ。」


 仁多くんの声が小さくなっていることに気が付いて、岩埜くんはにやりとしました。


「あんまりっていうか、全然なんだろどうせ。いいよ、これ持ってけよ。」


 そう言って、小麦粉の袋とは別にりんごを三個渡してくれました。


「え、いいよいいよ、そこまでお金ないし、もらえないし。」

「いいんだよ、俺らも八百屋のおばちゃんにもらった分だし。他のより形が悪いからくれるんだって。もらっとけよ。」

「もらっとけもらっとけ。どうせ今りんごは余ってるんだよ。」


 岩埜くんのお兄さんも帳簿を付けていた手を止めて、後ろから首を伸ばしながら言ってきました。


「そうなんですか?あ、ありがとう。岩埜くん、岩埜くんお兄さん。」


 お礼を言いながら粉の分のお金を払って、仁多くんは小麦粉の袋をリュックに、りんごをポケットに詰めました。本当は昼に食べるものがないから我慢しようと思っていたので、小さめりんごをもらえたのはとてもありがたかったのです。


「いいからさ、今度暇な時にでも帽子の新しいの作ってよ。なんか破れてきちゃっててさ。」

「あ、そのくらいなら直せます。今日もらって、明日持ってくるんでもいい?」

「マジで?助かる。さすが仁多せんせい。」

「やめてよ。」


 岩埜くん弟は時々、手が器用な仁多くんのことを少しからかうようにせんせいと呼びます。お兄さんとおそろいでかぶっている帽子は、前に仁多くんが編んだものなのです。よく触る部分なのでしょうか、耳の上に当たる部分がほつれて穴が空いていましたが、仁多くんにならすぐ直せそうです。


「でもそしたら今日の夜は頭が寒くなっちゃうなー。工場は水車の横だから冷えるんだよな。」

「あ、じゃあ僕のを貸しておきます。明日また交換こしましょう。」

「お、やったね。」


 仁多くんは自分がかぶっていた帽子を取って岩埜くん弟に渡しました。


「なんかこれ、俺のよりふわふわしてて高級じゃね?」


 受け取った帽子を一度かぶってみて、また外し、裏表をひっくり返して眺めながら岩埜くん弟が言いました。


「うん、それはね、ちょっといつもと違う毛糸が入ってるんだ。」

「へー。俺も次はこういうのがいいな。」

「あ、ごめん、なかなか手に入らない糸だから、難しいんだ。」

「へー。」


 ま、とりあえず今の帽子直すのよろしく、と言われ、改めてリンゴのお礼を言いつつ、仁多くんは市場を後にしました。


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