ポーラ頑張る!
領地経営の話をゲオルグと詰めているといつの間にか外は暗くなっていた。明日はアグリカ公爵領に立たなければならないし、今日は少し早めに切り上げる事にした。
アイーダの作った夕食を食べた俺は自室でくつろぐ。ちなみに…貴族の夕食と言っても男爵クラスは平民とそう変わりない。少し豪華なぐらいだ。今日の夕飯は黒パンと干し肉と野草のスープだった。
黒パンとはララーギムを使った硬くて黒いパンの事である。黒パンは焼いてから時間が経つと硬くなり、保存性がよくなる。保存技術が未発達のこの世界では庶民の主食はもっぱらこれであった。沢山焼いて保存しておくのだ。これを水や酒、ミルクやスープに浸してふやかしてから食べる。正直味は…である。
黒パンに対し白パンというのが柔らかいパンで、これは上位貴族や大商人などの金持ちしか食べられない。
前世は日本人である俺は米が食いたかったが、この世界では海の向こうの東の国でしか栽培されておらず、交易でこの大陸に多少入っては来るものの大変高価らしかった。つまり今の俺では買えない。クソッ…せめて米が毎日食えるぐらいには金持ちになりたい。
…そのためにも早い所領地を発展させないとな。考えなければならないことが沢山あった。
俺は気分をリフレッシュさせるために風呂に入る事にした。普通であれば…この世界には風呂は金持ちの家にしかないのだが、先々代が風呂が大好きだったらしく、先々代の贅沢を改めようと質素倹約を貫いた先代も風呂だけは無くすことが出来なかったらしい。なので俺の屋敷には男爵級には珍しく風呂が設置してある。
といっても風呂桶に温めた湯を入れるだけの本当に質素な風呂だが。湯が出て来る水道などは当然この世界には無い。
俺は脱衣所で風呂を脱ぐと風呂桶に入っている水の中に手を入れ魔法を使う。今俺が使っているのは熱を発生させる魔法だ。この熱で水を温めるのである。
「もういいかな?」
ちょうどいい熱さになったと思った俺は魔法を止めて湯船につかる。
ふぅ~、極楽極楽ぅ。風呂ってなんでこんなに気持ち良いんだろうな。質素倹約を貫いた父親もこれだけは止められないと言っていた。まさに麻薬だ。
風呂から上がった俺はいい気分になりながら自室へと戻った。その途中でポーラがゲオルグから法律について教えられているのを目にする。ポーラは俺の専属メイドになるために本気で勉強を始めるつもりらしい。
「ほら、ウルシュタイン領法第12条を言ってみろ!」
「○×△□sじhvdすvdv@fぼf-b9fhvwんsbfsb!!!!!」
「あぁん? 人間の言葉をしゃべれ!」
ポーラの頭から湯気が上がっているのが見えたが…あれオーバーヒートしてないか? まぁゲオルグがいるから大丈夫だろう。
俺はそのまま自室に帰り、ベットの上で横になると再び領地経営について考え始めた。しかし、その日の疲れもあってかいつの間にか眠りの世界に落ちていった。
○○〇
数時間後、俺は何やら違和感を感じて目を覚ました。もう朝か? いや、外はまだ暗い。まだ眠気が冷めていない目をこすりながら布団を見ると、何やら布団がモゾモゾと動いていた。
何だ!? びっくりした俺は慌てて布団をめくる。
「あ!」
「おい、何してんだ?」
布団の中でモゾモゾと動いていたのはポーラだった。しかも給仕服ではなく、なにやら色々きわどい破廉恥な服を着ている。
「えへへ、夜這いに来ました!」
「笑顔で言う事じゃないだろ!? ほら、布団から出ろ! それになんだその服は?」
「なんと! 今都会の方で流行りの勝負服らしいですよ! これで落とせない殿方はいないとか。この前リッチャー伯爵領に行った時に買いました。お値段はポーラの給料3か月分です!」
ポーラは布団から出るとクルリと周り、俺にその破廉恥な服を見せつけて来る。止めろ止めろ、色々見えてるから。しかしでっかくなったなぁ。…ってそんな事を思っている場合ではない。
「なんてものを買ってるんだ!? ほら、服を着ろ!」
「えー…折角買って来たのに…」
俺は自分の上着を彼女に投げかけた。彼女は不満そうに渋々上着を羽織る。俺は説教をするためにポーラをベットの上に座らせた。
「で、なんで潜り込んできたんだ?」
「夜這いです!」
「何で夜這いに来たのかと聞いてるんだ!? アイーダにまたなんか吹き込まれたのか?」
「いえ、母ちゃんには何も言われてませんよ?」
「じゃあ何でだ?」
「それはね…」
ポーラはそう言って優しく微笑むと俺に抱き着いてきた。俺は彼女の体重に押されてそのままベットの上に倒れ込む。そして俺の頭は彼女の大きく柔らかい胸に包まれた。
「ハルト君を励ましてあげようと思って」
「ハルト君」…俺たちがまだ小さい頃、ポーラは俺の事を「様」付けではなく「君」付けで読んでいた。同年代の友達みたいなものだったからな。子供の頃の俺は泣き虫で父親に怒られてはポーラに慰めて貰っていた気がする。
彼女は俺が落ち込んでいるとどこからともなく現れ、俺の事を励ましてくれたのだ。
「ハルト君、今日領民のために…ポーラたちのために一杯悩んでいたでしょ? 特に資源も名産品もないこの田舎の土地でなんとか領民を豊かにしようと知恵を絞ってた…。でも中々そんな都合の良い方法はない。あなたが苦しんでいるのなんてすぐにわかるよ。ポーラたちのために頑張ってくれてありがとう」
俺はそのままの体勢で彼女の言葉を聞いていく。何故だか反抗できなかった。彼女の身体の柔らかさと体温、そして彼女の言葉が俺の身体と心に心地よくしみ込んでいく。
「それに婚約破棄の事だって…。ハルト君、表面では平気な顔してたけど実はちょっと傷ついていたでしょ? 全部分かるんだから。6年間離れていたとはいっても生まれた時からずっと一緒に過ごしてきたんだもん。よしよし。辛かったね」
やはり彼女には気づかれていた。小さな、けれども深い心の傷を彼女は癒そうとしてくれているのである。彼女の言葉が俺に心の傷を癒していく、そして俺に元気の活力を与えた。
彼女は傷心の俺を励まそうと来てくれたのだ。…それなのに俺は彼女を邪険に扱ってしまった。反省しないとな。
「ポーラ…ごめん。そしてありがとう。元気出たよ!」
だからこそ俺は彼女、そして領民のために頑張らなくてはならないのだ。
「まぁ、本当はポーラがハルト君成分を補給したかったんだけどね! だって1年間も会ってなかったんだよ?」
「おい!? 今までの良い話が全部台無しじゃないか!?」
やっぱりポーラはポーラだった。はぁ…最後の話は黙っておけばいいものを。
「ねぇねぇ、ポーラっていい女でしょ? 愛人にどう? いつでもハルト君を励ましてあげるよ?」
「本当にいい女は自分で自分の事を『いい女』とは言わない」
「えー…そうかなぁ?」
「それになんでそんなに愛人になりたがるんだよ?」
俺は良い機会だったので気になっていた事を聞いてみた。
「え? だってポーラはハルト君の事好きだし…」
「好きだから愛人に立候補するのはおかしくないか? 普通は正妻とかに立候補しない?」
「ハルト君はポーラを正妻にしてくれるの? それは1番嬉しいけど…でもそれじゃウルシュタイン家は発展できないよ? うち平民だし」
「ポーラは愛人でも平気なのか?」
「うーん…だって貴族の娘さんと結婚するって事は政略結婚ってことでしょ? 2人の間に愛なんて無いただの子を成すだけの契約。じゃあポーラが愛人になればハルト君の愛を独り占めできる上についでにお家も発展出来ていいじゃん?」
なるほど…ポーラもポーラで自分なりに考えた末の結論だったんだな。愛があれば愛人でもいいか…。この世界では愛人の存在は普通で、恋愛は愛人とするものとされている。けれども前世は日本人の記憶が混じった今の俺だとどうしても違和感の方が強くなってしまうんだよな。
「で、どうします? ポーラの事愛人にしちゃう?」
俺は考えた。俺もポーラの事は好きだ。でもそれは「like」なのか「love」なのか自分では判断がつかなかった。なんせ前世でも恋人など作れずに死んだし、今世では貴族として生まれ、親が勝手に決めた婚約者とコミュニケーションはとったが、それを拒否され婚約破棄もされた。当然恋愛など体験した事もない。
自分の中で「愛」というものが良く分からなかった。
彼女が俺を好きなのは分かる。しかし、俺は彼女の言う「愛」に答えられる自信が今の時点では無かった。彼女が俺を愛してくれているのに、俺は愛が分からないのというのは不誠実だと思ったのだ。
それにもう一つ…これは政治的な理由だ。本日会談したアシメ教の司祭フィーヌ嬢の件である。少し会話した程度だが…彼女からはアシメ教の教義を厳格に守るという強い意思を感じた。
アシメ教は禁欲的な宗教である。表向きには愛人を禁止している。なので教義に厳格な彼女も俺に愛人がいる事を知るといい顔はしないだろう。つまり、領主と教会の仲がこじれてしまう可能性があるのだ。領地経営に本格的に取り組みたい今、教会を敵に回すのは得策ではない。
俺はそれらの理由によりポーラの提案を断ることした。
「すまん、ポーラ。気持ちは嬉しいんだけど…」
俺はポーラに謝罪した。ポーラは俺の答えを聞くとニコリと笑った。
「そう言うと思ってました。でもポーラは諦めませんよ。いつかあなたに愛人にすると言わせて見せます! …という事で今日は一緒に添い寝しましょう!」
彼女はそう言うと俺に勢いよく抱き着いて来た。クッ…力が強くて彼女の拘束がほどけない…。このバカ力め…。
結局、その日は俺はポーラに抱き着かれたまま身動きが取れずに寝てしまった。いや、俺が彼女の抱き枕状態だったと言った方が良いか。
○○○
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