公爵家の使者の要件とは?

 アグリカ公爵家の使者は俺に「アリアンヌ嬢の婚約破棄の詳細を聞きたいので近日中に公爵領へおいで願いたい」と伝えて帰っていった。


 フィーヌ司祭の話では王太子とアリアンヌ嬢の婚約は揉めに揉めていると聞いている。それ故に当時現場にいた俺から詳しい話を聞きたいのであろう。俺は使者に「わかりました。近日中に参ります」とそれを承諾した。


 上位貴族からの「お願い」は実質「命令」と同義である。なので承諾せざるを得ない。もし断ろうものなら公爵家の不評を買い、うちの様な弱小貴族は吹き飛ばされてしまうだろう。


 …せっかく自分の領地に帰って来たというのに、また領地を離れなくてはならないのか。これから領地経営について詰めようと思っていた所にこれである。


 アグリカ公爵領は幸運にもウルシュタイン領のすぐ西にあるのだが…領地が広すぎて公爵がいる首都「ウィットン」にはここからマウ車をとばしても片道丸2日はかかるのだ。往復するだけで4日、公爵と会う日はおそらくあちらに泊まる事になると思うので計5日ほど領地をあける事になる。


「すまんゲオルグ。明日から公爵領に行ってくる。俺がいない間領地を頼んだ」


「お任せください。しっかりと領地を守ってみせます」


「はぁ…中々上手い事、事が運ばんな」


「逆に考えましょう。これはむしろ有力貴族の領地を見て来るチャンスです! 公爵と会談するついでに力のある貴族がどういう領地経営をしているかを学びに行く…と考えてはいかがでしょう? アグリカ公爵のおられる『ウイットン』は王国のあらゆる食が集まる『食の都』と呼ばれるほどに繁栄していると聞いております」


「そうだな。公爵の領地を見て我が領地経営の参考としよう」


「あっ! じゃあポーラがハルト様のお付きとして一緒に行っても良いですか?」


 部屋の隅で待機していたポーラがウキウキで立候補してきた。その様子たるや、まるで遠足に行く前の小学生の様だ。


「あのなぁ…遊びに行くんじゃないんだぞ?」


「それくらいわかってますよぉ! ハルト様にもしもの事があってはいけないので護衛兼お世話係として着いて行きます!」


「まぁ…貴族にお供が1人もいないというのも変だし、ポーラを連れていくか…」


「やったー! 流石ハルト様!」


「失礼の無いようにするんだぞ! 今回ハルト様が向かうのは公爵家だ。何かあったらうちの家は無くなると思え!」


 ポーラは両手を上げて万歳をして喜んだ。ゲオルグが浮かれる彼女をしかりつける。礼儀作法は一応頭に入っているようだし大丈夫だとは思うけど。


 …本当なら政治や経済の話が分かるゲオルグを伴って公爵領に行きたいのだが、彼を連れて行くと領地の留守を任せられる人物がいなくなってしまう。我が家は人材もあまりいないのだ。


 ポーラも一応ゲオルグから政治・経済などを学んでいるはずであるが、そちらの方はからっきしの様だ。


 ただ…その代わり腕っぷしの方はかなり強いと聞いている。ゲオルグでももう敵わないかもしれないという話を聞いた時は驚いた。どうも彼女は両親からその才能をフィジカル特化で引き継いだようである。


「では早速明日の準備をしてきますね」


 ポーラはそう言うが早いか、明日の準備をするべく急いで部屋を出ていこうとした…のだが、その途中で何かを思い出したのかクルリと回れ右をしてこちらの方に振り返った。そして早足でこちらに近づいてくる。どうしたのだろうか?


「ハルト様! ハルト様!」


「なんだ?」


「ついでにポーラをハルト様の専属メイドにしていただけませんか?」


「えぇ…」


「…はぁ」


 俺は彼女の言葉に困惑し、ゲオルグはため息をついた。専属メイドねぇ…なんでまたこの娘はいきなりそんな事を言い出したんだ。


 専属メイドとは常に主人の傍にいて主人の補佐をするメイドの事である。当然だが…普通のメイドの能力に加えて多種多様な能力が求められる。


 ゲオルグはそのままポーラに近づくと無言で彼女の頭をげんこつで殴った。


「痛っ! 父ちゃん何すんのさ!?」


「専属メイドになるにはそれ相応の能力が求められる。お前はハルト様を傍で支えられるほどの知識を持っているのか? ウルシュタイン領法第1条、言ってみろ!」


「え、えっと…領民はみんな仲良くしましょう?」


 ポーラは目を横に泳がしながらそう答えた。


「…はぁ。『領民で人の身体を傷害した者は、200ゼニー以下の罰金に処する』だ。あれほど教えただろう? 法律、経済、財政、地理、歴史、そして時事問題や貴族間のパワーバランス等々…専属メイドには高度な知識が求められるのだ。お前には一体何ができるんだ…」


「ポーラは父ちゃんじゃ絶対できない事ができるもん!」


「ほぅ、それは何か言ってみろ」


「ハルト様の子作り!」


「ブフッ! ゴホッ、ゴホッ」


「あぁ…俺は子の育て方を間違えたかもしれんな…」


 彼女はドヤ顔でそう述べた。俺はその言葉に飲んでいたお茶を吹きだしてむせ、ゲオルグは両手で頭を押さえてうずくまった。いきなり何を言い出すんだこの子は…。絶対アイーダがなんか吹き込んだだろ…。


「ポーラ、専属メイドはゲオルグの言う通り高度な知識を必要とするんだ。申し訳ないけど今のポーラじゃまだ力不足だよ」


 ポーラが俺の事を好きでいてくれるのは嬉しい、嬉しいのだが…。領地経営に本腰を入れたい俺としては今の知識不足のポーラを専属メイドにするわけにはいかなかった。できれば俺の近くにいる人物は博識な人物が望ましい。


「ううっ…」


「今はまだ無理でも勉強してればいつかその知識は身に着くさ」


「はぁい…。頑張って勉強します…」


 俺の言葉にポーラはシュンとうなだれる。かわいそうだが仕方が無い。彼女にもゲオルグの血が流れてるんだから努力してればきっといつか知識は身に着くと思う。


 なんとかポーラを説得し、また領地の話へと戻ろうしたのだが今度は屋敷の外が騒がしくなってきた。なんだなんだ? 魔獣でも出たか? もしそうなら戦える者を総動員して迎撃しなくてはならない。


 俺は部屋の窓を開けて外の様子を確認する。見ると村の入り口近くの空に何かが1頭飛んでいるのが見えた。体調が悪いのかフラフラと危なっかし気に飛んでいる。


「あー、あれは羽マウですね」


「羽マウ?」


「その名の通り羽のあるマウの事です。このあたりに出没するのは珍しいですね。確か主な生息地は北の方だったような気が…。それに数も少ないと聞いてます。群れで生活する動物のはずなので、1頭だけでいるという事は群れからはぐれたんですかね?」


 俺と一緒に窓から外を見たポーラが説明してくれた。羽のあるマウ…つまり天馬ペガサスという事か? へぇ~…この世界そんなのが居るんだ。


「マウと同じように乗ることはできるのか?」


「出来ると思います」


 そりゃいい。天馬…いや、羽マウにのって自由に空を飛び回る。まさに男のロマンじゃないか。俺はあの羽マウを捕まえようと決意した。問題は飼い方だが…マウと同じでいいのだろうか? 後で畜産家のボールにでも聞いてみるか。


 羽マウはそのままひょろひょろと飛んでいたが、やがて村の中央にある広場にドサリと落ちた。領民が珍しいもの見たさでそこに集まっている。このままでは弱った羽マウは領民の食料になってしまうかもしれない。それは阻止しないと。


「今日はよく来訪者のある日だな」


 俺は羽マウを保護するために広場へと出ていった。ケガが直ったら背中に乗せてもらおう。



○○〇


苦労人の主人公。


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