食の都「ウィットン」

 俺とポーラはマウ車に乗り、2日かけてアグリカ公爵領の首都「ウィットン」にやって来ていた。道中魔獣や盗賊に会う事もなく、無事に来れたのは幸いであった。いくら公爵領の治安が良いと言っても出る時は出るからな。


 マウ車を停留所に留め、「ウィットン」の地に降り立った俺達の目にまず入ったのは大勢の人と多くの露店だった。人酔いするかと思うぐらいに大通りに溢れる人、人、人。前世で例えるならディ〇ニーランドやU〇Jに来たみたいである。 


 王都も当然繁栄はしているのだが、この「ウィットン」は王都よりも繁栄しているのではないかと思うほどだ。甲乙つけがたいが、人口だけなら間違いなくこちらの方が多いだろう。


 そして露店、まるで大きな祭りの縁日かの如く大通りには飲食物の露店がズラリと並んでいた。この通りだけで何店舗あるのだろうか? 「食の都」と言われているだけあって、この国のあらゆる食が集まっている様だ。


「うわぁ~。凄いですねぇ」


 ポーラはまるでお上りさんのように大通りを見渡す。俺もつられて見渡しそうになった。


 おっと…「ウイットン」の繁栄ぶりに驚いてる場合ではない。この地に来た目的を果たさないと。でもその前に折角なので腹ごしらえしてからいくか。もうそろそろ時刻は昼になる。公爵との対談が何時間続くか分からない以上、何かしら食べておいた方が良いだろう。マウ車の中では黒パンと干し肉しか食べていないのだ。


 本音を言うと先ほどから露店から流れて来る食物の匂いで腹がグゥグゥ鳴って仕方が無かったからなのであるが…これは何の匂いだろう? 香ばしく、食欲をそそる匂いである。王都の貴族学校でもこのような香りは嗅いだことがない。


「ポーラ、少し腹ごしらえしよう。何が食べたい?」


 俺はポーラにどの屋台の食べ物を食べるか聞いてみた。


「ポーラは何でもいいですよ。ハルト様が食べたいものが食べたいです!」


「そうか」


 彼女はそう言うので俺は先ほどから香ばしい匂いがしてしょうがなかった1番近くの屋台に行き、自分とポーラの分を2つ注文する。


「すいません、これ2つ下さい!」


「あいよ! 2つで4ゼニーね」


 という事は1つ2ゼニー。この世界の平民の1日の平均収入は約7~8ゼニーと言われているが、公爵領は他の領地より経済的に発展しているので1日12ゼニー程稼げると言われている。1日の収入の6分の1と考えればまぁそんなもんか。


 ちなみに俺たちは今フードを被っているので貴族とはバレないはずだ。…金を持っているバレると面倒な事になるので隠している。


「これは何という食べ物ですか?」


「おや、あんた田舎の方から来たのかい? これはね『カーラマッキ』っていう西のマンチャント王国から伝わってきた料理さ。黒パンに肉と野菜を挟んでソースをかけて食べるのさ」


「ほぅ…」


 異国の料理まで露店で売っているのか…流石「食の都」。基本的に黒パンと干し肉が主食のうちの領とは大違いである。


 アグリカ公爵領のすぐ隣に西の商業大国マンチャント王国との取引一切を取り仕切るゴルディック公爵領があるというのも理由なのだろう。うちの領とは商品の流通量が違いすぎる。


 やはり領地を発展させるには商人を大量に呼び込んで経済を発展させないとダメか。しかしそれには我が領地に商人が来て「利」があると思わせなければならない。分かりやすい特産品等があればいいのだが…。うむむ…何か商人が飛びつきそうな特産品を作らないとな。


 だがその特産品を作るのもやはり金がないと何もできないのだ。どうにかして初期投資分の金を稼がないといけない。一応5000ゼニーはあるが、それだけでは不安である。


 店主が料理を作っている間、俺は露店の前から通りの様子を見てみた。でっぷりと太った裕福そうな男がその腹を揺らしながら歩いている。そして少し向こう路地ではボロボロの服を着たガリガリの男がひもじそうに空を見上げていた。


 この世界は貧富の差が激しい。なので金をとるなら金持ちからだろう。結局、金というものはある所にはあるのだ。金持ちから金を引き出す方法ねぇ…。


 俺が考えを巡らせていると、その間に注文していた料理が出来たようだ。


 俺は女将にお金を渡して「カーラマッキ」を受け取る。黒パンに干し肉と…これはオニターマ…この世界の玉ねぎを乗せ、更にその上から香ばしいソースをかけている。なるほど、このソースのおかげで黒パンがふやけて柔らかくなっているんだな。前世の食べ物でいうと「サンドイッチ」が一番近いか。


 このソースは何だろう? 俺は少し手にすくって舐めてみる。うーん、スパイシー。おそらく複数の香辛料を混ぜたものだと思われる。辛くて甘い、そして酸っぱさもある何とも不思議な味だ。


 香辛料…これもマンチャント王国の特産品だ。うちの領は貧乏であまり手が出せないのだが、ここでは平民でも手が出せるぐらい安価なのだろうか?


「これぇおいひぃですねはるちょさま…モグモグ」


「…しゃべるのか食べるのかどっちかにしろよ」


 ポーラは一口でそれを食べてしまったらしく、もう彼女の手にはカーラマッキは無かった。俺もカーラマッキを一口かじる。少し硬かったが、十分噛み切れた。


 おっ…これはおそらくペンパ…この世界の胡椒かな? 干し肉にペンパが振りかけられていたらしく、その辛さが口の中に広がる。それに加えてオニターマのシャキシャキとした歯ごたえと先ほどのソースの不思議な味が口の中でハーモニーを奏でる。今まで食べたことのない味だが…美味しい。


「うん、美味いな」


「気に入ってくれたようで何よりさね」


「店主、少し聞きたいんだが…アグリカ公爵領では香辛料の類も安いのか? カーラマッキには香辛料がふんだんに使われている様だが」


「おっ、良く気付いたねぇ。そうさねぇ…他の領地で買うよりはかなり安いんじゃないかねぇ。アグリカ公爵様が食べるのが大好きな人でね。食文化の発展のために食品類にかかる税金が他の領地に比べて安いのさ。だから領民は食品類を安く購入できるんだよ」


 やはりか…。うーん…やはり大貴族には税金を多少免除しても領地を経営できるだけの収入源が他にあるのだろう。今のうちの領ではちょっとマネできそうにないな。


 食品類が安い、だからこそ食べ物の露店がこんなにも出ているのだろう。


「ただ最近はちょっとものものしくてね。なんでも公爵様が兵を動かす準備をしているとかで流通している食料も少なめなのさ。ほら、兵隊って食料を馬鹿みたいに食うだろ? だから今日出ている露店もちょっと少な目」


「えっ? これで少な目なんですか? この長い通りにズラッと店が並んでますよ?」


 ポーラが店主の言葉に心底驚いた顔をする。まぁウチの領地の商店といえば雑貨屋1つしかないからな。これだけ店があってそれでも少ないというのは驚きだろう。経済の発展具合が全然違う。


「多い時はもっとキツキツに露店が並んでいるんだけど、今日はちょっと間があるだろ?」


 確かにそう言われて見てみると、店と店の間にいくつか隙間がある。本来はあのスペースに店が入っていたという事だろう。


 …しかしアグリカ公爵が兵を起こそうとしているとは初めて聞いたな。どこに兵を向ける気なのだろうか? まさか娘を婚約破棄された腹いせに王国に反乱を起こす気か!? 


 …流石にそれはないか。公爵も自分たちだけで反乱を起こしても王国を倒せない事ぐらいは分かっているだ。でもだとしたらどこに…?


 考え事をしている俺の横をマウに乗り武装した兵士が駆け抜けていく。反対側にも同じく武装してマウに乗った兵士が町の出口へ駆けていくのが見えた。兵たちの動きが慌ただしい。どこかに兵を向けようとしているのは間違いないようだ。


「それに最近は妙な連中も多くてね。治安も悪化気味さ」


「妙な連中?」


「なんかフードを被った怪しげな連中でね。最近この『ウィットン』周辺に良く出没するのさ。何人か人も死んでるって話だよ」


「それは物騒だな」


「公爵様が早い所何とかしてくれるといいんだけどね」


 俺は最近「ウイットン」で起こっている事を店主から聞きだした。そして店主に礼を言うと腹ごしらえが済んだのでいよいよ公爵邸へと向かう事にした。



○○〇


色々伏線を仕込んでます


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