ウルシュタイン領の現状

 執務室に移動した俺はアイーダの入れてくれた茶を飲みながらウルシュタイン領の現状を把握するべくゲオルグから説明を受けていた。まずは村の主要産業である農業からである。


「…ここ数年の農業生産高は下がり気味です」


「考えられる原因は? 最近は魔物の襲撃も無く、そちらの方の被害はないと聞いているが?」


「おそらくここ数年続いている冷夏と暖冬のせいかと。これでは作物は十分に育ちません」


「成程…」


 天候の影響かぁ…。こればかりはどうしようもない。前世の日本でも科学の力である程度はカバーできていたが、それでも天候がどうなるかで作物の出来が良くなったり、悪くなったりしたからな。


 さて、農作物の収穫量を上げるにはどうするべきか…。


 この世界では現在三圃式農業が行われているのであるが、その理由は畑を休ませることで土に必要な栄養素を回復させ、また前とは違う作物を育てる事でその作物を好む病原菌や虫を寄せ付けないようにするためである。要するに連作障害をできるだけ起こさないようにするためにやっているのだ。


 …前世の日本の農業では連作障害回避のために畑に肥料を撒いて土に栄養素を補充し、作物をローテーションする事で連作障害を回避していたが…この世界でも同じ事をやろうとするとまず肥料が必要だな。


 当然だが畑に適切な栄養素を補充できる科学的肥料などこの世界には無い。たい肥などはすでに使っている様ではあるが。


 えーっと…思い出せ。農作物を育てるのに必要な肥料の栄養素は…カリウム、窒素、リン、それにカルシウムとマグネシウムも必要だったかな。


 確か18世紀に肥料に関する研究が発展して…当時の人はそれぞれカリウムをたい肥、窒素を硝石、リンを骨粉から、カルシウムとマグネシウムは石灰を土にまくことで土に栄養を補給していたらしい。


 となると農業生産を上げてやるにはそれら物を手に入れてやる必要があるわけか…。幸いにも前世の世界にあったものは名前こそ違うが大抵この世界にもある。たい肥は今も作っているからいいとして、骨粉は家畜を肉にした時に出た骨や魔獣を殺した時に出る骨で生産すればよい。


 問題は硝石と石灰だな。硝石と石灰は鉱山からとれるものだ。うちの領地内に鉱山は無いのでここらは他の領地から輸入するしかない。もちろんそれにはお金がかかる。


 …お金か。ウチの領地は物凄く貧乏なんだよなぁ。農業を発展させるためもお金、軍隊を作るにもお金。何をするにしてもお金である。


 当面は農業方面はたい肥と骨粉を撒くことにしておいて…別に金を稼ぐ手段を考えるか。


「農業に関しては俺に考えがある。しかし、そのためにはまず金を稼がないと話にならない。次にうちの村の財政収支について聞きたいのだが…」


「承知しました。こちらになります」


 ゲオルグは領地の財政収支が書かれた帳簿を俺の前に置いた。


「昨年の我が領地の税収は9万4700ゼニーになります。そして支出が8万8500ゼニー」


 ゼニーとはこの世界の通貨である。正直赤字を覚悟していたのだが一応プラスなんだな。俺が今自由に使える金は約5000ゼニー程か。


 ちなみに…この世界の平民が1年で稼ぐ額が約2400ゼニー程と言われる。平民の年収の約2倍…前世で言うと5000ゼニーは500万円ぐらいかな。使おうと思えばすぐに無くなる額である。


「先代は質素倹約に努めておりましたので、先々代がやっていた無駄な出費を全て廃止し、領地の収入は黒字になっております」


 ありがとう親父! 少ないけど少しでも使えるお金があるだけでもありがたい。何はともあれまずは金稼ぎだ。お金を稼ぐというとまずは商業が思い浮かぶが…うちの領地には売れる物は何かあるだろうか?


「我が領地の領民は7割が農民、残りの3割が大工、畜産家、鍛冶屋、商人、肉屋、粉ひき屋、狩人、皮なめし職人、服飾職人、門番となっております。なので主な産業は農業ですな。しかし…昨今の農業生産の低下によりあまり他の領地に輸出する余裕はございません」


「他に我が領地で生産できるのもは何か無いのか?」


「そうですな…『魔の森』が近いのでそこの魔獣を狩って取れる獣肉や毛皮の生産は他の領地に比べると比較的多くはあります。あとは…獣からとれる油脂ですかな」


「肉と毛皮か…」


 この国の主な肉の使用方法は新鮮なものは焼いて食べる。そして残りは塩をまぶして干し肉したり燻製にしたりする。なにせ長く保存するには基本的にそうするしかないのだ。


 氷魔法を使って保存する…という手もあるが、その氷魔法の使い手自体がまずほとんどいない。


 この世界では平民でも誰でも魔法は使えるのであるが…基本的に1人につき1つの属性の魔法しか使えない。更には9割の人間は基本4属性と呼ばれる火、水、風、土の4つの属性のうちのどれかにしか扱えず、氷属性や雷属性、光属性や闇属性は希少属性と呼ばれ、使い手は貴重である。かくゆう俺も火属性の魔法しか使えない。


 2属性、3属性と使える者はそれだけで魔法使いとしての出世が見込まれる程である。


 また、魔法が使えても魔力量が少なくて氷漬けの状態を維持できないという場合もある。当然だが氷魔法を1回使って終わりではない。氷漬けの状態を維持するためにそれだけ多くの魔力を注ぎ込む必要がある。平民の平均的な魔力量は初級魔法を日に4~5回も使えば空になるほどしかない。


 それ故に強力な氷魔法を使える人間というのは貴重な上とても重宝されており、王宮や有力貴族、大商人の屋敷にしかおらず、こんなクソ田舎の領地にはいないのである。ほとんどの平民は食物を保存するには乾燥させたり発酵させたりするしかないのだ


「とりあえず干し肉は輸出するとして…あとは毛皮を服なんかに加工して売るか」


 物を加工して売る…というのは商業発展の王道の方法である。前世の中世ヨーロッパだと毛織物産業で一躍経済的に先進地域になったフランドル地方が有名だろう。かの地域は毛織物をヨーロッパ中に輸出し、大儲けをしたのだ。


「毛織物産業ならぬ毛皮産業かぁ…」


 毛皮を服などに加工して売るのは悪くないとは思うが、問題は毛皮の安定供給が出来ない点である。魔獣は自然の物なのでそう頻繁に出現するものではない。領民を守るためにも頻繁に出没されても困るが。


 狩人に「魔の森」に狩りに行かせる…といっても我が領地に狩人は1人しかいない。1人では大量に毛皮を狩るのは無理だろう。それに危険だしな。


「あとは職人の数の問題もありますな。現在我が領地には皮なめし職人が2人、服飾職人に至っては1人しかいません」


 物を大量生産するにはそれだけの人と道具が必要なわけだが…我が領地にはどちらもなかった。人を雇うにも道具を買うにもまずは金、金、金である。


 あれぇ…? これ結構詰んでない? お金がないとお金が儲けられないという話になっている。


 俺がどうするか悩んでいるとドアをノックする音が聞こえた。俺はそれに「入れ」と答える。ドアを開け一礼し、ポーラが中に入って来た。礼儀作法は一応身についているらしい。


「失礼します。ハルト様、アシメ教会の方が新領主様にご挨拶がしたいと謁見を申し出ています。どうしますか?」


「アシメ教会が…?」


 考える事が色々あるのにまためんどくさい連中がやってきたなと俺はこめかみを押さえた。


「断るわけにもいくまい。通せ」


「わかりました」


 客の接待も貴族の重要な仕事である。俺は一旦領地経営の事は頭の隅においやり、教会から来たという人物に会ってみる事にした。



○○〇


詰んでいる状況のように思われますが、大丈夫です。後に主人公の機転により事態は好転します。


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