ウルシュタイン家の使用人たち

 貴族学校を卒業し、久々に自分の屋敷に戻って来た俺を出迎えたのは3人の使用人だった。


「ハルト様ー!!!」


 その中の1人、給仕服を着た茶髪でポニーテールの若い女の子がこちらに向かって走って来る。そして俺の目の前まで来ると飛びついてきた。彼女がケガをしないように慌てて受け止める。


「うわっぷ…」


 飛びついてきた彼女の胸がちょうど俺の顔の部分にあたった。俺の顔はその大きな胸に埋まってしまう。6年前、つまりは俺が貴族学校に留学する前はつるぺただったのに、こんなに大きく成長して…。  


 彼女はそのままの体勢で俺をギュッと抱きしめる。前世で言う「だいしゅきホールド」という形だ。女の子の身体の柔らかな感触が俺を襲った。


 …ちょっと待ってくれ! 息が出来ない!


「んー! んー!」


「あっ、ごめんなさいハルト様」


 ギブアップの意味を込めて彼女の腕をポンポンと叩く。俺が苦しそうにしているのに気が付いたのか、やっとの事で彼女は離してくれた。俺は息を整えると改めて彼女に向き直った。


「ポーラ! 久しぶり! …元気だったか?」


 のっけから俺に抱き着いてきた彼女の名前はポーラ。うちの家に使える一族の娘である。身分は平民。


 俺と同い年で、本来であれば雇用主と雇用者、貴族と平民はあまり慣れなしくするものではないのだが…俺の家は爵位が低いため、そんなの事はあまり気にせず彼女と俺は友達同然として育った。いわゆる幼馴染と言っても良い関係である。彼女は快活な性格に幼いころの俺はよく励まされていた。


 ただ1つ問題があるとすれば…彼女はおつむに関しては少し難しい事を考えるのが苦手なのがたまにキズである。おそらく今だって何も考えずにとりあえず俺に会えたのが嬉しくて抱き着いてきたのだろう。


 そこが可愛くもあるのだが…たまに節度をわきまえて欲しい時もある。難しい話だ。

 

「えへへ♪ そりゃあもう元気です! ハルト様はよりカッコよくなられましたね♪ ああっ…ポーラの心は今鍛冶屋に打たれている鉄の如く熱く高揚しています!」


 彼女は少しオーバーなボディランゲージで喜びを表現する。その度に彼女の豊満な胸がユサリと揺れた。…これ給仕服のサイズ合ってんのかな?


 彼女の後ろから大柄の執事服を着た中年の黒髪の男と茶髪ショートカットのふくよかな女性が歩いてくる。そして黒髪の男はポーラの頭にゲンコツをお見舞いした。


「コラッ、ポーラ! お前はもう子供じゃないんだから節度を弁えなさいと何度も言っているだろう。申し訳ありませんハルト様、後で言って聞かせますので…」


「アダッ…。父ちゃん、何も殴ることないじゃん…。嫁入り前の娘の大事な身体だよ? 傷ついたらどうするのさ?」


「仕事中は執事長と呼べ! お前の頑丈な身体はこれくらいでは傷つかんわ」


 今ポーラを殴った黒髪で立派な髭をはやしたこの男の名はゲオルグ。ポーラの父親である。彼はこのウルシュタイン家の家令(※執事長)を務めており、去年俺の父親が死んでから1年間領の政務を彼に任せていた。


 平民の身分なのではあるが…彼は万能な能力を持った優秀な人で、執事としての仕事はもちろん、政治、財政、法律…はたまた戦闘までなんでもござれの方だ。


 俺の父親が昔彼を助けた縁があってうちの家で働いているらしいが、こんな優秀な人がうちのような田舎の男爵家にいてもいいのかと思うほどである。父親の代から安心して仕事を任せられる人だ。


「あら、傷ついたらハルト様に貰って貰えばいいのよ。ねぇハルト様? こうみえてうちの娘、結構可愛いと思うんだけど。愛人にどう? ちょうど婚約者もいなくなったことだし」


「母ちゃんナイスアイデア! ハルト様! ポーラ傷ついちゃった…。だから貰って?」


「…あはは」


 ゲオルグの隣にいる茶髪のふくよかな体型の女性はアイーダ。ゲオルグの嫁でポーラの母親である。うちの家では主に料理・洗濯・掃除などの家事を担当している肝っ玉母ちゃんだ。


 婚約破棄の件は俺が王都を発つ前に手紙で知らせておいたので彼らはすでにその事を知っている。困ったことにアイーダは昔から事あるごとに俺とポーラをくっつけようと画策してくるのだ。だから婚約破棄されて俺が傷心の今がチャンスだと思ったのだろう。


 おそらく自分の娘が貴族の愛人になる事で、彼女の一族と俺の一族の絆をより強めようと思っているのだろう。使用人の一族にはよくある話と聞く。まぁポーラが俺の事を昔から大好きというのもあるが。


 ちなみに…家の事を考えれば貴族の正室は基本的には平民ではなく貴族であることが望ましい。彼女にとっても俺が他の貴族の娘を娶ってうちの家が発展した方が良い暮らしができる。そういう理由もあって平民である彼女は娘をあくまでとして勧めて来るのだろう。


 この世界は名目上は1夫1婦制だが、ほとんどの貴族は男も女も愛人を持っている。前世は日本人だった俺には何とも慣れない価値観だが、こういう世界だと思うしかない。


「アイーダ、お前まで何を言ってるんだ!? ハルト様の気持ちを良く考えろ!   婚約者に婚約破棄されたばかりで今は心が酷く傷ついておられるはずだ。なのにすぐに愛人を迎えろなんて鬼かお前は! 申し訳ありません…。2人にはよく言って聞かせますので…」


「構わない。気にしてないよ」


 この3人がうちの家で働いている使用人である。ゲオルグの一家3人。というか貧乏なのもあってこれ以上人を雇えない…。3人でも結構ギリギリなのだ。


 常識人であるゲオルグは奔放な2人の扱いに苦労している様である。でも俺にとってはこの傍から見ると漫才をしているような使用人たちが懐かしいいつもの見慣れた光景だった。この光景を見ると安心する。…彼らも守らなくてはな。


 ゲオルゲは咳ばらいをして姿勢を正し、俺に向き直ってひざまずいた。


「ハルト様! よくぞお戻りになられました。我ら使用人一同、あなた様のお帰りをお待ちしておりました。先代はあなた様に『この領を任す』と言ってお亡くなりになられました。その遺言に従い、我らもハルト様のため、領の発展のため、粉骨砕身の気持ちで望む所存でございます!」


 ゲオルグの言葉に続いて、アイーダとポーラもひざまずく。


「みんな、ありがとう。先代が死んで1年間よく領地を守ってくれた。心より感謝する。俺も先代に引き続きこの領を発展させるために力を尽くそうと思うが、俺はまだまだ未熟だ。だから…力を貸してくれるか?」


「「「もちろんでございます!」」」


 3人は力強くそう答えた。あぁ、頼りがいのある使用人たちだ。


「では早速だが俺は領地を発展させるために動こうと思う。その前にまずは領地の現在の状況を知っておきたい。ゲオルグ、すまないが執務室で説明頼めるか? アイーダはお茶でも入れてくれ! ポーラは…魔物がいないか見回りでも頼む」


「ハッ! 畏まりました」「特上の茶を入れようね!」


「…なんかポーラだけ厄介払いされた気がするんですけど」


 さぁ、俺の異世界領地経営を始めようじゃないか!



○○〇


ポーラは主人公大好きっ娘です


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