アシメ教の司祭様

 アシメ教…このタージファ王国だけならず、このワロッド大陸の大部分で信仰されている宗教である。別名「救世主教」とも呼ばれ、無茶苦茶簡単に説明すると。


「この世界に住んでいる人々の犯した罪にブチ切れた恐怖の魔王がいつの日か現れこの世界を滅ぼす。しかし、その時に救世主が現れ魔王を倒して世界を救うであろう。※ただし、そのためには人民が協力してアシメ教を信仰し、その戒律を守り、善行を行わなくてはならない。だからみんな教義を守ってね! ついでにお金もくれると嬉しいな!」


 というものである。オーソドックスな終末思想に、救済されるためには教えを守れと言って人々を脅し金を取る。前世の日本でも良くあった奴だ。


 俺自身は前世も含めて宗教などみじんも信じていない人間なのであるが…この世界の大部分の人間は信じているので軽んじるわけにはいかない。


 教会と各地方領主の権力争いの歴史というのは前世でも良く見られたものである。というのもこの世界でもそうであるのだが…教会は簡易な病院と教育施設、貧民の救済施設を兼ねており、これが領主にとって非常に都合が悪い。


 教会は慈善事業と称してその教会がある土地の子供たちに簡単な読み書きそろばんを教えるのだが…その際に教会と領主の仲が悪いと領主の悪口を子供たちに吹き込む場合もある。


 当然だがこの世界にメディアリテラシーというものはない。どの情報が正しいかを判断する能力を持った人間は非常に少ないのだ。


 子供たちは教会に教えられた事をそのまま真実と信じ込んで領主を「悪」と決めつけ、そのまま大人に成長し、領地経営を邪魔する存在になる場合がある。具体的に言うと反乱を起こしたり、税金を払わなかったりする。


 また病院としてケガ人や病気の治療を施す事で彼らは領民の支持を得やすいというのも問題だ。例えば…もし教会と領主の利益が食い違い、争う事になった場合…領民は領主ではなく教会側につくこともあり、物事を教会の有利に進められる場合もある。


 それに加えて税金の問題もある。教会は教会運営のための費用といって領民から収入の10分の1もの税金を徴収しているのだ。それだけのお金を取られれば当然領民の経済活動は縮小せざるを得ないし、領主としても領民からとれる税金が少なくなる。領地を発展させたい俺としてはまさに目の上のたんこぶだ。


 そういうわけで教会というのは領主にとって非常に頭の痛い存在であった。ご丁寧にこんなクソ田舎の辺境の地にも教会を立てているのだから、信者の獲得とお金の回収には偉く御熱心のようである。


 まぁあるものは仕方ないので、できるだけ彼らとは仲良くしておかなくてはならない。力のある貴族なら教会と争っても何とかなるかもしれないが、弱小貴族に教会に逆らう力など無いのだ。


 と、これがアシメ教会の簡単な説明になる。俺は応接室の椅子に座り、アシメ教の人間が来るのを待った。


 扉をコンコンと叩く音がする。俺は「どうぞ、お入りください」と声をかけた。ドアを開けて中に入って来たのは修道服を纏った金髪で妙齢の女性だった。


 女司祭か、しかもかなり若い。あの年で司祭に任命されるという事は相当のエリートという事になるのだが…なんでそんなエリートがこんなクソ田舎にいるんだ? 普通は中央に行くだろ。


 彼女は部屋の中央付近に立つと俺に優雅にカーテンシーをして見せた。しかし俺は彼女にいくつかの違和感を抱いた。


 んん? あの修道服なんでスリットが入ってるんだ? そのおかげでカーテンシーをした彼女の肉付きの良い太ももがチラリと見えている。普通修道服にスリットなんて入ってないだろ。例えるなら前世のチャイナ服のようだ。


 後は何故カーテンシーをしたのか。カーテンシーは貴人の女性のあいさつであり、教会のあいさつではない。なんだこの司祭…? 色々変だな。俺は警戒を強める事にした。


「お初お目にかかります、ウルシュタイン卿。私は半月前よりこのウルシュタイン教会の司祭を務めさせております。【フィーヌ・ヴァイ・エスピン】と申します。以後、お見知りおきを…」


「これはご丁寧に。私は先代に代わり、新たにこのウルシュタイン領を任された【ハルト・バーロ・ウルシュタイン】と申します。どうぞ、お座りください」


「ありがとうございます」


 なるほど…彼女は貴族の出身なのか。名前の後に「ヴァイ」という貴族号が付いているから彼女はどこぞの子爵家出身なのだろう。


 今さらだが名前の後についている貴族号でどの階級の貴族家出身かを判断できる。公爵なら「クデュー」、侯爵なら「マーキン」、伯爵なら「ルーア」、子爵なら「ヴァイ」、男爵は「バーロ」である。例えば俺は男爵なので「ハルト・・ウルシュタイン」と名乗っている


 エスピン家…というと確か王国の中央部にそんな名前の貴族がいた気がする。詳しくは知らない。後でゲオルグに聞いておくか。


 彼女は椅子に座るとニコリと微笑んで言葉を続けた。うーん、顔は美人だなぁ。


「この度は新たに男爵就任の儀、真におめでとうございます」


「感謝します。私が爵位を継いだからには領民の生活とアシメ教の教えを守るために頑張ろうと思います」


「それは良い事です。救世主様もお喜びになる事でしょう。ウルシュタイン卿が爵位を継ぎ、この地方も安寧が約束されました。民の生活も豊かになる事と思います。しかし…世の中にはそれでも恵まれぬ人々がいるものです。ウルシュタイン卿、貧しい人々に喜捨するご予定はございませんか?」


 あー…理解した。彼女が訪れたのはそれが目的だったか。要するに「お前爵位継いだから金持ってるよなぁ? ほら、ジャンプしてみな」ってことね。はいはい。


「分かりました。残念ながら我が領地も厳しいので多くは差し上げられませんが…」


 俺はゲオルグに命じて500ゼニーほど包ませた。クソッ…俺の大事な経営資金が。本当は渡したくないが、教会との仲を拗らせたくないので素直に払う事にした。


「ありがとうございます♪ これで救世主様の出現にまた1歩近づくことができました。『救世主様のご出現を願って…』」


「「救世主様のご出現を願って…」」


 フィーヌ司祭はそのままアシメ教の祈りのポーズをする。アシメ教の祈りのポーズはまず目の前で円を描き、その中に六芒星を描く。そしてその空中に書いた魔法陣に両手を合わせてお辞儀するのだ。俺とゲオルグも彼女に倣い、祈りを捧げる。


 数秒後、祈りが終わった俺たちは目を開ける。ついでなので俺は世間話の体を装って彼女から情報を聞き出すことにした。この司祭、気になる事が多すぎる。


「そういえば…前任のティビー神父はどうされました? どこかの教会に移動に?」


「前任の神父様は1カ月前にお亡くなりになりました。なので私が新たにウルシュタイン教会の運営を任されたのです。若輩者ですがどうぞよろしくお願いいたします」


「なんと! ティビー神父が亡くられていたんですか? なにぶん本日領地に戻って来たばかりで知りませんでした。そうですか、ティビー神父が…幼い頃は彼の説法をよく聞いたものでした。後で祈りを捧げるとしましょう」


「神父様もお喜びになる事でしょう」


「それにしても…ティビー神父の代わりに新しく来られたのがあなたのような方だとは。あなたのような若くて優秀な方がまたどうしてこのような田舎に?」


 俺は1番聞きたかったことを聞いてみた。あくまで前任の神父の話題のついでにそれとなく…相手を褒めながら不快にならないように質問する。


「恐縮でございます。私などはそれほど優秀なものではございません」


 嘘つけ! 見たところ年は20歳前後で俺とそんなにかわらんだろ。そんな年で司祭になれるのは超エリートだけだ。司祭になるには神学校で学んで卒業し、教会の厳しい修行に耐え、試験を突破しなくてはならない。30歳前後でなるのが普通のはずである。


 そんなエリートは当然ながら教会的に重要な土地に配属される。うちのようなクソ田舎に重要な価値は全くと言っていいほど無いので、彼女のようなエリートが来ること自体がおかしいのだ。


 何が目的でこんなクソ田舎にエリート司祭が配属されたのだろうか。彼女は茶を一口飲んで口を開いた。


「どうも私の考える教義と教会のお偉方の考える教義に食い違いがあるみたいでして…。それを私の上司に指摘した所、私の次の任地はここだと言われました。あっ、でもご安心を。例えどんな土地であっても私はアシメ教の正しい教えを広め、司祭としての役割を全うしたいと思っております」


 あー…まさかの左遷でしたか。優秀であるが故に教義の矛盾を上に指摘してしまった…という所かな? 上の方々にとって彼女は都合が悪いのでクソ田舎に飛ばしてしまおうと。教会も腐敗してるねぇ…。


 とりあえず彼女がうちの領地に来た理由は分かった。…がしかし厄介な人が来たものだ。彼女は教義の矛盾を付けるぐらい優秀で正義感の強い人という事になる。軽はずみな行動をすると色々領地経営に横やりを入れられそうだな。


 なるべく教会には領主のやることに口出しせずにいてもらいたいものだが…。


「それはありがたい事です。教えは正しいものを広めてこそですからな。ここら王国の辺境は田舎ゆえまだアシメ教の教えがキチンと伝わっておらず、中には教えを曲解して邪教のような集団を形成している者もいるようです。我が領地からそのような者がでないようにフィーヌ司祭には正しい教えを民に説いてもらいたい」


「ウルシュタイン卿もお分かりになりますか!!! 正しい教えの重要さが!!!」


 領地経営する上で教会とは良好な関係を築いておきたい。なのでとりあえず彼女にとって耳障りの良い言葉をチョイスしたのだが…彼女にはかなりそれが刺さったようだ。興奮した様子で俺に詰め寄って来る。彼女の顔が俺の目の前にある…綺麗な顔だな。


「あっ…申し訳ございません//// 私ったらようやく理解者が得られたと思って興奮してしまいました。謝罪いたします」


「いえいえ、お気になさらず」


 彼女は恥ずかしそうに席に戻る。こんな軽いリップサービスで喜ぶとは…よほど今まで自分の主義主張が通らなかったんだろうな。優秀だが、案外チョロい人なのかもしれない。


 となると彼女は適当におだてておいて領民の布教活動に専念させ、政治には口出しさせないように誘導するか。政治と宗教は別れていた方が良い。


 俺が彼女をどういう風に扱おうか悩んでいると、フィーヌ司祭は思い出したように口を開いた。


「あっ、それともう一つ。ウルシュタイン卿とシフャット男爵令嬢の婚約破棄の件ですが…教会に正式に受理されました」



○○〇


美人司祭登場、話が長くなるので一旦切ります。


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