第20話 ところ変われば

「はい?」

「いや、何でもない。俺達も帰ろう」

「はい!」


 今日は思いがけずの戦闘訓練だったけど、ほんの少し自信が付いたかもしれない。キージェ達が帰ってくるまでにちょっとでも強くなれるだろうか。


 それにアーリンにも会えたし、笑顔にすることができた。また見かけたらネコチャンで挨拶をしよう。


 お風呂に入って、それから続きの作業だ。


 ヘアピンを少しペンチで加工して軸にして、家財道具を組み立てる時に使う部品ワッシャーは、思惑通りにジョイントの代用品になった。


 硬いヘアピンは、エリムレアの握力と腕力があれば楽に曲げることができた。


 そして背中から木毛を詰めて縫い合わせる。


「できた……!」


 高さは20cmくらい。中型の猫のぬいぐるみが完成した!


 そして、刀身にぬいぐるみを抱えた姿を映してみる。


『はぁ。良い眺めですなぁ』


 イケメンは癒しだし、勇気をくれる。スマホがあれば自撮りが捗ったのになあ。




 完成した猫のぬいぐるみを、今度は部屋の窓辺に置いて遠くから眺めてみる。


「アイリスが帰ってきたら喜ぶかな?」


 とりあえず、今日は訓練で疲れたし、もう休もう……。

 



 それからの3日間、キュストさんとの手合わせ。根気よく戦闘の基礎を教えてくれた。


 4日目の訓練の後に、職人街の工房で鎧を見てもらったら、やっぱり脇のベルトは取り換えた方が良いと言われ、すぐに直しに出した。


 直してもらっている間に、キュストさんと衣類を買いに出かけたのだけど……驚いたのは、普通の衣類がめちゃくちゃ高額だったこと。それもマネキンが着ている色褪いろあせたものが……。


「なんで戦闘用の装備のほうが安いんですか?」

「そりゃ、オシャレ着はこの町の人間は着ないから」

「え?」


 戦闘用の装備じゃなくて、普通の街着みたいなもので特にオシャレ着じゃないのに。


「ヨーン市の住人は、学者以外は全て正規軍と自警団、それに探索業務を援護する職人と商人ばかりだ。着飾る必要があるか?」


 たしかに需要があれば材料も仕入れるだろうし、その分たくさん生産される……。


「だから、みんな戦闘装備の下に着るものと同じものを街着にしてるんですね」

「非常時に備えてるんだよ。すぐに戦闘用の防具がつけられるように」

「どうりでみんな地味だと思った!」

「……というかエリ、お前なんか変だぞ?」

「え……?」

「記憶を失うって言っても、こんな常識的なこと……忘れるか?」


 やばい……。


「ええっと、あの……最近変な夢をみて……こう、なんか綺麗な服を着てる人がいて、良いなって思って」

「……アイリスが帰ってきたら何か頭に効くいい薬とか魔法がないか聞いてみると良い」

「え、えぇ、そうします」


 やっぱり、エリムレアの記憶が戻ることを願ってるんだ。




 思いがけないところで、ヨーン市のオシャレ事情を知ってしまったけど……。


 ぬいぐるみ……オシャレをする人がいない街で、果たして需要があるのだろうか。作り続けて良いのだろうか。……ぬいぐるみは、生活必需品ではないから。




 5日目は、負傷から復帰した正規軍と自警団員を交えて、団体戦の訓練も実施してくれた。


 訓練とはいえ、一人で2人の相手となると、足がすくむ。


「エリ! 落ち着け!」


 この日はキュストさんは味方で援護の役回り。背後からアドバイスをくれる。


 落ち着いて……。


 相手はグランのように盾を持った剣士だ。ただ……盾を攻撃を受けるだけではなく、その面積を使って武器のように叩きつけてくる。


 闇雲に切り込めば、盾で受け流されるか、盾で受け止めると見せかけて剣で受け止めて、内側から盾で打ち払われる。


 その横には槍術士。攻撃範囲は広いし、うっかりしていると横っ腹から突かれてしまう。


 ……やはり負傷から復帰したばかりと言っても、さすが正規軍。とても強い。


「一人で複数を相手にしたり、お前のように武器を複数持っていたり自分より機動力がある場合は落ち着いて良く動きを見て、敵の戦力を削いで行け」


 手練れの戦士ともなれば、その装備や一瞬の動きでどんな相手か、ある程度は判断できるのだろうか。


「まあ、体はもう元通りなんだ。あとは日々の訓練で思い出すだろう」

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