第19話 剣の中の君

 剣を拾い、もう一度構える。


「お願いします。教えてください」

「そうこなくっちゃ!」

「あ、ちょっと待ってください!」


 相手はスモノチじゃない。ガイダよりも強い手練れの剣士だ……。刀身にエリムレアの姿を映す。あの時と同じように勇気をください!


「大丈夫か?」

「準備できました」

「よし、お前からかかってこい!」

「行きます!」


 何度も、何度も、キュストさんに打ち払われても諦めない。闘技場に響いている剣のぶつかり合う音が徐々に冷静にさせていく。


「踏み込め! 怖がるな!」

「はい……!」


 大丈夫、エリムレアの体は戦い方を覚えてるんだ。頑張れナズナ! 今のままでは、ナズナに入れ替わってることが悟られてしまうかもしれない。それは絶対にあってはならない。エリムレアを慕っているキージェとアイリスを悲しませたくない!


 キュストさんの攻撃はすべてが重い。幸い、エリムレアの体は耐えうる力と持久力を持っている。


 あとはキュストさんの一撃をいかに見切るか……。避けるべき一撃、受け流す一撃、フェイントと組み合わせた不意打ち、そして避けようのないほど早くて重い攻撃の受け方。


 防具に当たってもその衝撃はすさまじい。


 負傷しているのにこれほどまで強い。何度も剣を飛ばされ、時に、頬にかすり傷も負った。


『この貴重な顔イケメンが、傷を負うのは絶対に許されないことだ!』




 また落とした剣を拾い、立ち上がる。


「はぁ、はぁ……」

「少しまともになってきたんじゃないか?」


 え?


「もちろん全盛期のお前には程遠いが、剣筋に気が乗ってきた」

「ありがとうございます!」


 もう一度剣を構える。


「待て、さすがに俺が疲れた。何時間やってると思ってるんだよ。年寄りの負傷兵を大事にしてくれよ」


 え……?


 壁の時計を見ると、16時。


「もうメシの時間だ。帰ろう」


 体感では、まだ2時間くらいかと思ってたのに。


「良い訓練になった。良かったら明日も付き合ってくれるか」

「……喜んで!」


 ナズナは運動が苦手だったのだけど、エリムレアの体はさすが評判の剣士というだけあって良く動いた。


 ……ちょっとだけ、体を動かすのが楽しいと感じてしまった。




 寄宿舎への道を歩いている時だった。


「へいたいさん! もうかえってきたの? おとうさんは?」


 振り返ると、あの時の女の子だ……!


「おとうさん、まだかえってきてないの。なんで?」


 私たちを帰還兵だと思っているのかな。


「お嬢ちゃん、俺たちは留守番なんだ。他の兵隊さんはまだ帰って来てない」

「おとうさん、いつかえってくる?」


 大粒の涙をポロポロとこぼしている。あの時も一人で泣いていた……。


「お母さんはどうしたの? お家は?」

「おかあさんいない。おばちゃんちにすんでる」


 なるほど……。それはとても心細いね……。


 私はカバンに手を入れ、パペットに手を通して女の子に跪いた。通勤電車でたまに小さな子供が泣いているときによくやってたあやし方。


「お嬢ちゃん、泣かないで」


 猫のパペットを操りながら話しかける。……で。


「エリ……?」


「お嬢ちゃん、お名前は?」

「あたし、アーリン! あなたは?」

「ボクはネコチャン!」

「ネコチャン!」


 パペットで他愛ない会話をしているうち、アーリンの涙が乾いていく。


「お父さん、早く帰ってくるように、ボクもお祈りするよ!」

「ネコチャン、ありがとう!」

「おばさんが心配するから、もうおかえり」

「うん! またね!」


 アーリンは少し笑顔になって帰って行った。


「エリ、お前……」

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