第17話 契機
「元気そうじゃないか。安心したぜ」
「誰?!」
片付けたばかりのハサミを手に取る。
「待て待て待て、俺だ、生き神だ」
「あぁ……どうもその節は。こんなにかけ離れた世界に送られるとは思ってませんでしたが」
「お前が願った条件に日本とは入ってなかったからな。……つーか、そこは剣を持てよ。ここはそういう世界だろ?」
生き神は、ふわりとジャンプして私の隣に着地した。
「悪いな、様子見に来るのが遅くなっちまって」
「あの時の口ぶりだと、見に来るなんて想定外ですよ」
「いつもならそうなんだ。でも、やっぱり違う世界で体を入れ替えるとなるとその後が気になっちまってな」
一応、責任は感じてたのね……。
「エリムレアは、今どうしてる?」
「……ああ、今のナズナか。まだ入院中だがまぁまぁ元気だぜ。今はスマホの取り扱いの訓練中だ。こっちの世界より覚えることが多いから俺が面倒みてたんだよ」
私の方が大変かと思っていたけど……言われてみたら、すぐ近くに頼れる友人が住んでないナズナの人生のほうが色々大変そうだ。
スマホとかパソコンとか色んな電子機器とか……扱うものはデータだし、物理的じゃないものはハードルが高そう。それに……治癒魔法がないから、まだ入院中なんだね。
「んで、お前の方は……早速これを作ったのか」
そう言って、出来上がったばかりの猫のパペットに手を通す。
「お、これは可愛いなぁ!」
生き神が幸せそうな笑みを浮かべる。
「でしょう! 材料の調達に時間がかかったけど、ちゃんと形にできたよ」
「そうかそうか、目標に向かってまずまず、といったところかな?」
満足そうな顔で、パペットを動かして遊んでいる。
「あの……エリムレアはどうして入れ替わろうと思ったの? あの大ケガは何があったの? どうして慕ってくれる仲間がいるのに――」
「それは俺からは言えない。
「そっか……。じゃあ、せめて伝言を」
「それもできない。今のナズナの様子を話すのもさっきの1回切りだ」
「そう……分かった」
生き神は、猫のパペットを付けた右手を上げ、空を泳いでいるかのように動かす。
「楽しんでますね」
「あぁ。これは悪くないな。いや、凄く良い。もっと作れよ」
「うん」
「この世界じゃお前にしかできないことだぜ?」
「うん……!」
「予想してたより元気で安心した!」
パペットから手を引き抜き、私へと手渡す。
「じゃあな。もう二度と会うことは無いから。
「あ、待って。これはあなたへのお礼。受け取って」
猫のパペットを押し戻すと生き神は、
「マジで? 俺、猫派なんだよ。めっちゃ嬉しい!」と再び手を通して笑った。
私が欲しかった笑顔を、生き神がくれた。
そして、次の瞬間にはパペットと共に生き神は忽然と姿を消していた。
「……笑顔へのお礼の言葉くらい言わせてよ。馬鹿」
突然の来客にプレゼントしてしまったから、もう1体作り直さなきゃ。
明日は探索はお休みして、一日作業だ!
キージェから教わった定食屋さんに朝食を食べに行きつつ、革工房へ毛皮を引き取りに行くと、ルートンさんが重ねておいてくれた51枚の毛皮は、ちょっとした山になっていた。
これをアイリスの部屋に置いて良いものだろうか。せめて帰って来て相談してからにしなきゃだし、それまでどうしようか……。
「うーん……」
「どうした、
「あ、ルートンさん。実は今、アイリスの部屋にお世話になってて、彼が帰って来て許可を取るまでの間、毛皮をどうしようかなって」
「あぁ、それならうちの空いてる部屋に置いとけばいいさ。遠慮は無しだ」
「ありがとうございます!」
私はひとまず、使う分の2枚だけ受け取った。
明日は職人街が休みだというので、雑貨屋で買い物をして帰ることにした。
追加でボタンと糸をカゴに入れ、あとは食品の陳列棚へ。
……自分用の小さな片手鍋も買っておくか。
それと甘いもの! 量り売りで売られていたグミみたいなお菓子も買うことにした。試食させてもらったら甘酸っぱくて美味しくて気に入ってしまった。
探索で成り立っている街だから、冒険者の探索業務のための道具や、携帯用の食品がとても多い。前に買った木毛も、本来は収集した壊れやすいものに使う緩衝材らしい。
この日は私が使うためのパペットを作り上げた。
つい集中して、飲まず食わずで作業してしまった……。日本にいた頃からの悪い癖だ。
せっかく鍛えてあるエリムレアの体もこんな生活してたら、どんどん鈍ってしまうし、体形も崩れちゃうかなぁ。でも、私は他にできることないしな……。
スープを飲んだら少し寝ようかな……。ううん、今度はパペットじゃなくて猫のぬいぐるみを1体完成させよう。
殺風景なアイリスの部屋に置いたら、少しは彩りになるんじゃないかな。アイリスがぬいぐるみを抱っこしたら、可愛いだろうなあ。
そう思うと、再び力が湧いて来た。
……いつの間にか机で寝てしまっていて、目が覚めた時には、日付が変わって数時間経っていた。あと少しで完成だったんだけどな。
食事、どうしようかな。昨日買ってきたスープとかはまだあるけど……。外に出かけて食事をとる時間が惜しい。退団している私が寄宿舎の食堂に行ったら怒られるかな。
ひとまず、顔を洗って食堂を覗きに行くと、ヨーン市街の警備に残っている小隊の人が何人か食事をしていた。ちょうど明け時……太陽が昇る時の食事だ。
「あれ? エリじゃないか」
「え?」
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