第16話 イケメンとぬいぐるみ

 作業を手伝ってくれていた革工房のルートンさんが、大きな布の袋を持って来た。


「エリムレアさん、申し訳ないが加工に必要な薬品がもう空っぽだ。ちょっと雑貨屋に行って仕入してきてくれねえか」

「分かりました。では行ってきます」


 日本にいた時は、既に織り上がったモヘア生地を購入して裁断して縫製するだけだったし、部分的に使うフェルトもフェイクレザーも当たり前に手芸屋さんに注文していた。


 そういえば、この世界に毛の生えた生地……モヘア生地のようなものが存在していないとなると、ぬいぐるみという文化が無いのかもしれない。


『つまり、これは私が先駆者になれるってことかも……?』


 頑張ろう。私はもう元の体には戻れないし、戦闘で役に立てる可能性は限りなく無いに等しい。今の私にできそうなことは、お父さんを戦地へ送り出したあの女の子を笑顔にすることだけ。



 

 薬品を仕入れて残りの毛皮を全て処理し終わったのは、革工房の閉店時刻をとうに過ぎた頃。


 肉屋のチカサさんが出来上がった燻製を工房まで持ってきてくれて、それをルートンさんにもお裾分けした。


「こんなに良いのかい?」

「手伝ってくださったし、当然です! というか足りないくらいです」

「いやいや、自警団や探索で世話になってたんだ。今日の手伝いは今までのお礼だと思ってくれ」


 工房の半分をスモノチの毛皮を干す場所にしてもらって申し訳ないけど……


「毛皮、明日引き取りに来ますね」

「あぁ。お疲れ様」


 これで当分は毛皮には困らなそうだ。




 寄宿舎の洗濯場でスモノチの血で汚れた装備類の手入れをして露天風呂に浸かる。

 ……キージェたち、今頃どうしてるだろう。もう現地にはついてるよね……大丈夫かな。


 夜空を眺めながら、3人の無事を祈った。


 寄宿舎は少し高台にあるので、裏庭の露天風呂からの眺めは街を照らすガス灯と明月草めいげつそうがぼんやり光っているのが見える。空にはスカイツリーから見おろした夜景のような星々の煌めき。


 生きるのは大変そうだけど、この世界には日本にはない美しさがある。


 普段なら飲食店のある区域はもっと活気があるのだろうけど、今は警備に残った正規軍が見回りをしているのが見えるだけだ。


 ヨーン市街を守るために、色々な人が色々なところで頑張っている。


「よし、私も頑張るぞ!」




 アイリスの部屋に戻って昨日の続きだ。


 雑貨屋で買ったボタンに、紡錘形に切った黒いなめし革をを貼り付け、猫の目を作る。


 昨日縫い合わせておいた猫の頭に木毛もくめんを詰めて、鼻の刺繍をして、耳と目を取り付けると、猫の頭の完成だ!


 そして親指と薬指(と小指)が左右の前足に入るように調整をして、パペットの手袋部分が完成。


 あとは、頭を残りの2本の指で支える芯を付けて、それを手袋部分で隠すように取り付けたら……


「できた……!」


 早速、左手を入れて動きを確認する。


 ピョコピョコ……可愛い。


 私の作家名のeriエリは、子供の頃飼っていたアメリカンショートヘアの名前。初めて作った時のことを思い出す。


 よし、可愛いパペットを持ったエリムレアイケメンを見てみよう。

 刀身にパペットを持ったエリムレアを写す。


『はぁん、良い男……』


 ギャップ萌え、最っっっっ高!


 これは明日、職人街に行く時に持って行こう。




 机の上の道具を片付けていると不意に聞こえた声。


「よう!」


 出窓の内側に黒づくめの服の男が立っていた。

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