第14話 かけだし

 少し脱線してしまったけど、私は再び毛皮を縫い合わせていく。


 毛皮だし、布と違って力もいるかな? と思ってたけど、さすが男性だ……。力のいるはずの作業が捗る!


『大きいものを作るときは、糸を引っ張るのも結構大変だったなあ』


 私は、もう二度と戻らない時間を振り返り、泣いてしまって針が進まなくなった。


 哀しい気持ちの時は作品の顔が曇るので、今日の作業はやめることにした。




 翌日、探索組合の掲示板を見ていると、昨日の双子の姉弟、ジョンナとフェンナもやってきた。


「エリムレアさん、おはようございます! 今日もご一緒しませんか?」

「おはようございます。ぜひ!」

「姉ちゃんやったな!」


 掲示板に「スモノチ狩り 30匹」があった。


『お肉屋さんの依頼か……』


 商店街のお使いみたいなことも探索組合で請け負うのね。


「あ、スモノチ? 美味しいですよね」

「そうですね」

「じゃあ、これにしようぜ! 姉ちゃんもスモノチ大好物だしな」


 依頼は肉だけだし、毛皮は私が引き取ればパペットや他のぬいぐるみを作る材料にもなる。貯めておいて損はないはず。


「じゃあ、スモノチで!」




 先日、アイリスと一緒に出掛けたのはヨーン市街の西側。今回の依頼では南側の指定になっていた。


 ノイ車で南側の門から外にでて少し行くと、スモノチの巣の入り口の穴が空いていた。


「増えすぎたスモノチの駆除目的も兼ねてるのか。へぇ……」

「穴……いっぱい空いてるね」

「スモノチは、このあたりの禁足地の石柱で牙を研いで傷つけるんだって」


 そうなんだ……。確かに牙は長いものね。


 星空の下で目をこらすと、ところどころに石柱が突き出しているのが見えた。




「あ、あそこ! 顔を出してるのがいる」


 ジョンナの指差した方をみると、2匹がこちらを伺っている。やっぱり顔は可愛いなあ。


「よーし……動くなよ……」


 フェンナが荷台の上から弓を構えている。


 狙いが定まったところで、矢を放った。短い風を切る音。


「キューン……」と鳴き声が響く。


「やったぜ!」

「一発で仕留めた! フェンナすごいね!」


 この調子で仕留めていければ、依頼書にある30匹はあっという間かもしれない。


 って……あれ? 何か違和感が……なんだろう。


 矢が刺さったスモノチの元へ走っていくフェンナ。その後に私とジョンナも続く。


 スモノチの後ろ足を掴んで誇らしげに掲げる姿に、思わず「獲ったど~!」という言葉が浮かぶ。……あの番組好きだったな。


「キューン……」


 スモノチがもうひと鳴き。矢が刺さったままだし、痛そうだ……。


「あの……早く楽にしてあげよう」

「おっと、そうだ」


 フェンナは腰のナイフをスモノチの喉に当てると、横にすっぱり切る。


「ギュアァアアア!」


 スモノチの断末魔が草原に響き、大量の血が滴る。……って……さっきから何だろうこの違和感。


いてっ!」


 うん?


「うわ、何だこれ! くっそ」


 フェンナの足に巣穴から顔を出していたもう一匹が嚙みついている!


「まって、今殺す!」


 ジョンナが腰から短剣を抜いて上からひと突きすると、もう一匹の断末魔が響く。


「ああ、びっくりした……」


 落ち着く暇もなく、近くの草原がザワザワと音を立て、何かが集まってくる――


「ちょっ、何だこれ!」


 あちこちの巣穴からゾロゾロと出てきたスモノチが私たちを取り囲んだ。


 少しずつ距離を詰めながら威嚇と思われる唸り声をあげているが……


「危ない!」


 私に飛び掛かったスモノチをフェンナが斬り捨てる。その様子でスモノチたちはますます興奮してしまった。


 どうしよう……。エリムレア、貴方ならどうする? 教えて……


 ううん……答えは一つだ。


 左の腰に下げている剣を引き抜く。私は、エリムレアの名誉のためにも、いや、ジョンナとフェンナを守るために戦わなきゃ。


「スモノチは……たぶん仲間の声に反応する!」


 これは、アイリスが教えてくれたスモノチを狩る方法を、きちんと心に留めておかなかった私の責任だ。


「え?」


 剣を構え、刀身に映るエリムレアに祈る。


『お願い……力を貸して……!』


 彼に恥じぬよう戦わなきゃ。こんなイケメンが無様な姿をさらすなんてあってはならない! 大丈夫、敵は小さな動物だ。手ごわい相手じゃない!


 右の腰の剣も抜き、二刀流の構え。体は戦い方を覚えている。


「ギュー-!」


 スモノチが一斉に飛び掛かってくる。


 行け、ナズナ!


「やあっ!」


 アライグマほどの大きさなのに、顔の目の前まで飛んでくる。スモノチは跳躍力があるのか……。


 一匹、一匹、左右の剣で的確に急所を突いてとどめをさす。


 大丈夫、やれる。体は動く!


 覚悟を決めた私の頭は、とても冷静だった。




「エリムレアさん、すっげーっす」

「この辺り一帯のスモノチを狩りきっちゃったんじゃない?」 


 なんとか……なった。電源が切れたようにへたり込む。


「はぁ……良かった、倒せて」

「いや、凄かったですよ! まるで踊ってるかのようだった!」

「さすが白銀の双剣士!」


 ……私は、エリムレアの名誉も守ることができた。


 けど、現場は血の海にスモノチが浮かぶような凄惨な状況。


「そうだフェンナ、足の傷を見せて」

「ああ、こんなの平気だって!」


 まだヨーン市に来たばかりの駆け出しには、十分な装備が足りていなかった。粗末ともいえる薄い革の靴には穴が空いていて、血が付いている。


 フェンナのケガも私の責任だ。


「ひとまず、急いで撤収しよう」


 ベルトのポーチからロープを取り出して、止血のためにフェンナの脛を縛った。

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