第9話 カルツの遺物と職人街

「ズバリ『糞尿集め』だ」

「エリ、今すっごい嫌そうな顔したな!」


 だって、糞尿って……


「ちなみに糞尿を集めて何するの」

「薬や魔法具の材料だよ。探索の依頼主はヨーン市の医療部と魔導士協会だ」

「えぇ……」

「何を変な顔してんだよ、前にも一緒に行ったことあるし、お前の命があるのはその糞尿のお陰だぞ」

「えーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」




 その後、抵抗したものの3人に荷車に載せられて、近くの禁足地へと向かった。


 荷車には桶とかホースとか……それっぽい道具が一緒に乗っていた。


「糞尿っつったって、化石だから大丈夫だって」

「僕たちだっては嫌だヨォ」

「……化石って書いてくれたらいいのに」

「本当にエリは記憶が無くなっちゃってるんだな」


 グランがまた不憫な子を見るような目になった。


「でも、新鮮なエリが見れて俺は楽しいぜ?」

「僕も!」

「俺もだ!」

「……そ、そう」


 今日の禁足地では地下深くに降りるという。それぞれのランタンにキージェが指先に出した青白い炎で灯をつける。


 魔法って便利だけど、難しいんだろうな……。


 階段の手前には重装備の守衛が何人もいて、少し物々しい気配。依頼書を見せると、門のカギを開けて通してくれた。


「重要な資源で、しかも需要が高い。乱獲や反ヨーン政府の侵入防止のためにしっかり警備されてるんだよ」

「なるほど……」


 糞尿を奪い合う人間たちというのも少し滑稽ではあるけれど、かなり酷い怪我を負ったエリムレアを短時間にここまで回復させるほどだし、効果は絶大なのかな。


「それと、深部には大型の肉食獣がいるから気を付けてね」

「簡単なのに報酬が良いものは、危険度が高いからなあ」


 えぇ……。


「ま、俺達がいりゃ大丈夫だ」


 少しほっとした。絶対にはぐれないようにしよう。




 階段を下りてしばらく歩いていくと、少し広い空洞に出た。


「ここが目的地。俺とアイリスは液体、エリとグランは固体の方だ」

「ふふっ、エリがそんな顔するの本当面白い」

「エリ、俺たちはこっちだ」


 グランに手招きされて行くと、足元にたくさん落ちていたのはキラキラと光る透明な石。一粒拾い上げると手の上で虹が映った。


「……綺麗、何これ」

「ウンコだ。これが今日の俺たちの目的」

「えー、これがウンコ?!」


 話してると、上からパラパラとウンコが落ちて足元に転がった。


「……天井を見てみな」

「え?」


 見上げると、ランタンに照らされた青い天井に、銀色の線で大きな壁画が描かれていた。


「あれ、猫……?」

「ネコ?」


 あ、いけない……。


「えっと、ネコは夢でみた動物……」

「こいつはカルツっていって、伝説上の生き物であり古ヨーンの末裔たちが神聖だとする生き物だ。あの絵の尻の部分に空いた穴からこれが落ちてくるんだ。だからウンコって呼ばれてるだけでウンコの化石じゃない」

「へぇ……あの壁画の向こうはどうなってるの?」

「さあ。天井を崩してみたらどうなってるのか解るかもしれないけど、貴重な遺跡の保存と資源の回収を優先にしていて、ここは糞尿集め以外の探索を許可していないんだ」

「神秘的な絵から出てくる貴重な資源なのに、探索組合は本当にセンスのない呼び名をつけたんだね」

「いや……大昔、カルツに食われた人がこうなって排泄されてるって言う学者もいるんだぜ?」

「え? そうなの……?」

「……ウ・ソ」

「なーんだ」


 思わず笑ってしまった。


「いや、実際よくわからないんだよな。この奥に最大の謎があるってのは事実らしい」

「ふーん……」


 もしかして、ここに出る大型の肉食獣がカルツだったりするのだろうか。


「エリ、まだ何も思い出せてないんだろうが、良く喋って、笑ってるお前も悪くないな」


 ここにもエリムレアを気遣う人がいた。




「昨日は骨拾いって聞いて行ってみたら、綺麗な青い結晶でびっくりしたばっかり」

「綺麗?」

「うん、綺麗だったよ。このウンコも風景も綺麗。この世界の物は綺麗なものが多いと思う」

「……そうか」


 キージェとアイリスの方は、少し離れたところの岩の天井に取り付けられた仕掛けに、汲み上げるための管を設置していた。


 上にあるポンプを使って汲み上げて、持って来た樽に入れるという。


 キージェとアイリスは交互に上へ行って、ポンプの操作を分担しているようだった。

 



 目的を達成した私たちは、収集したものを荷車に積み、来た道を戻った。


 まだまだこれからも知らないことに出会う度に、驚いたりするのだろう。 


 納品を終わらせ報酬を受け取ると、ようやく念願の職人街。ここからはアイリスと二人での行動だった。


「エリが欲しがってた物は、大体は雑貨屋で手に入るよ」

「そうなんだ」

「でも、普段は装備は工房で買ってるのにどうして?」


 それは……


「……私じゃないと作れないものだから、かな」


 そしてそれは、とても作りたいもの。それを作り続けるために私はこの世界に来た。あなたたちの大切なエリムレアと入れ替わって。


「少し秘密主義が復活したから、その方がエリらしいなぁ」


 大きな雑貨屋は、ドンキみたいに色々なものが無尽蔵に陳列されていて、端から端までを自分で探すより店の人に出してもらう方が早そうだった。


 ところが。


「針は、これが一番短くて細いものさ。職人たちも、うちの店のものしか使ってないさね」


 私が日本で使っていた物より太い。


「そうですか。じゃあ、これとこれと、これもください」


 布を縫うための針と、刺繡をするための針、そして重要な長い針は、球状の頭のパーツに目を取り付ける時に貫通させるために使う。


 刺繍糸は、縫い糸を何本か組み合わせて自分で作るしかなさそうだったので、何色なんしょくかの糸をまとめて用意してもらった。


 ペンチを何種類かと、鉗子かんしも手に入った。


「あ、あとは綿わたを」

「ワタ?」

「ええ。綿はありますか?」

「なんだいそりゃ?」

「えっと、布団とかに入れてあるふわふわした……」


 もしかして、この世界には綿花、もしくはポリエステルみたいな代用品は無いのだろうか。


「あぁ、ふわふわしてるって言われたらそうだけど……ちょっと待ってておくれ」


 おかみさんが一度どこかへ行って持って来たものは、木を薄く細長く切り刻んだ木毛もくめんだった。


「これしかないんです?」

「エリムレアさんが言ってるのが何なのかわからないけど、うちではそれしかないね」


 ……そっか、やっぱり柔らかいふわふわの綿は無いんだ。


 でも、世界で初めて動物のぬいぐるみを作ったシュタイフ社では木毛を入れている。敬愛するシュタイフの創業者であるマルガレーテ女史も、きっとこれが原点だったんだと思えば、頑張れそうだ。


 あと、行く先々でみた動物をスケッチする筆記具。それと型紙を作るための厚紙も。


 エリムレアの貯蓄を使わなくても今日の探索の賃金だけで十分足りた。カルツのウンコよありがとう。


「布は、雑貨屋じゃなくて織り物工房ね」

「工房ってことは、色んな布がありそうだね」

「そうね~。大体の装備品は作れるんじゃないかな」


 果たして、ふさふさの毛が生えたモヘア生地に相当する布はあるだろうか。

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