第3話 エリムレアの手記

 ん……、そういえば。

 言葉が通じるけど……文字は読めるだろうか。


 何か、文字が書かれたものはないかな……。

 エリムレアの鞄を漁ってみると、革の手帳がでてきた。

 他人の手帳を覗き見するのはあまり気分は良くないけれど……。


「ごめんなさい」


 謝ってから手帳を開くと明らかに日本語ではない言語が並んでいた。


「これは……日記、なのかな?」


 パラパラとページをめくると、日付らしき数字とその日の行動、受け取った報酬金額が書かれていた。


「読める……」


 とりあえず、話したり読んだりができるなら一安心だ。


 エリムレアの手帳によると、腹を切られたという3日前は「ヨーン市外西部草原の禁足地制圧」と予定だけが書かれて終わっている。彼はそこで負傷して、意識が無いままここに担ぎ込まれていて、そのまま入れ替わったのだろう。

 



 今頃、ナズナの体で目を覚ましたエリムレアも、病院で混乱のさなかにいるだろう。きっとお母さんもびっくりしながら説明をしている頃だろうか。


「お母さん……」


 何も考えずに勢いだけでここにきちゃったな。何か一言くらい伝えておけばよかった……。


 そう思ったとたん涙があふれてきた。寂しくて悲しくて……悔しくて。


 こんなことになるくらいだったら、恭子の顔を一発でも殴ってくればよかった!

 作品が新しいお家に旅立っていくところと、お客さんの笑顔、見たかったな。

 あー! 悔しい!


 でも、泣いていても仕方がない。きっと後戻りはできないのだから。


『よし、型紙くらいなら作れるかな』


 大きな紙とペンが無いかとクローゼットを漁る。


 一番下にあった箱の中から、エリムレアの過去数年分の手帳が出てきた。内容は全て〝行動の記録〟というシンプルなものだった。


 手帳の前後にはカレンダーがついているのは万国共通だと感心したのも束の間、暦が全く違う。


 1週間は7日だけど、1か月はたったの3週間。その代わり1年は17か月もある。慣れるのに少し時間がかかりそう。そしてつまり、ここは地球ではないということ?

 エリムレアの記録は、5年前に隣国のカザンからヨーン市に到着したところから始まっていた。


「エリムレアは元々別の国の人なのかな……」


 派遣先が、何度もキージェと同じになっている。きっとその縁で今の関係になったんだろうか。


 アイリスちゃんが登場するのは4年前。


『キージェが噛まれた。アイリスに助けられた』


 それから数日後、アイリスちゃんも行動を共にするようになっている。


「キージェは一体何に噛まれて、どうやってアイリスちゃんに助けてもらったの? 一緒に行動するきっかけは誘ったから? 何があったの?!」


 シンプル過ぎるエリムレアの手記は、私を悶えさせるのには十分だった。


「そういえば、明日、北ヨーンがどうとか言ってたけれど……」


 エリムレアの私生活の覗き見は適当に切り上げ、ランプを消して眠りについた。




 こんなにぐっすり寝たのはいつ以来だろうか。


 やば! 今何時だろ……スマホ! スマホどこいった!――って、あれ? あれ?


 あ……そうだ……私は今違う世界にいるんだった。


 今まで平日は普通に会社員として仕事してたし、家に帰ればぬいぐるみ制作をしていてずっと寝不足だったからなぁ……。本当にゆっくりできた朝だった。


 アイリスちゃんが手当してくれたという傷は不思議と痛みは全くない。昨日は少し残っていた違和感もすっかりなくなってしまった。


 ぺちぺちと両頬を叩いて気合を入れる。


「よし!」


 わー、一晩経ったくらいじゃ慣れないなこの声……。でも……イケボだ。




 そういえば、確かアイリスちゃんが「あとで迎えに行く」って言ってたような。

 でも、窓の外はまだ真っ暗……。


「すごいたくさん眠ったと思ったんだけど朝は……?」


 もしかして、1日の時間も違うの?


 そこはあとで教えてもらうとして……とりあえず、出かけるなら顔を洗ったりシャワー入りたいな。


 クローゼットの隣の細長いドアを開けると、衣類とは別の私物……武器類が収められていた。どうやらトイレもお風呂も別の場所にあるようだ。


 ふわふわのタオルは見当たらず、手ぬぐいと思しきものを持って外にでると、ずらりと並んだドア。


 ここは寮……? 寄宿舎だろうか?


 廊下をどっちに歩いて良いかも分からないけど、とりあえず部屋の番号を覚えて左手に進んでみた。


 途中で右手にT字に分岐している先を見れば、共同の水場があった。

 コックを90度に回転すると出てきたのはお湯。……あったかい。


「よう、エリ。調子はどうだ?」


 振り返ると、背後にはキージェがいた。


「おはようございます。もうだいぶ――」

「不愛想なエリがそんな挨拶するわ、俺が背後に立っても気づいてないわ、まだまだ記憶が戻ってないな」


 こつんと額を小突こづかれた。

 エリムレアは一体どんだけ不愛想だったのか。


「後でアイリスと行くから、支度して待っててくれ」

「なんの支度? どうすればいいの?」

「お前、もしかして綺麗さっぱり全部忘れてるのか?」

「……う、うん」


 キージェが一緒に部屋まで来て、エリムレアのクローゼットを漁る。


「これと、これと、これに着替えろ」

「今?」

「今に決まってんだろ」


 えー……男の人の前で脱ぐの……

 キージェが怪訝な顔で見ている。記憶が無くなっただけにしておかないと、変な方に怪しまれても困るし、しょうがないか。今はエリムレアの体だし……


「それを着たら足の防具から。腹が曲がらなくなって足まで手が届かなくなるからな」

「……なるほど」

「初めて聞いた風な反応だと、なんだか少し悲しくなるなあ」


 ごめんね、初めて聞いたんだよ。


 スウェードに似た風合いの厚地の服に着替え、硬い革製の靴に履き替えて金属製の脛当てを装備する。金属なのにとても軽い。ぴょんぴょんと跳ねると、カシャカシャという乾いた音が鳴った。


「よし、次は腰」


 てきぱきとキージェが着替えを手伝ってくれる。意外と面倒見が良いオカンタイプのイケメンだ。


「後は胴当てを付けたら、腕の装備で終わり。その赤い腕章は味方の目印な。あと、頭は現地到着の時に被りゃいい」

「ありがとう」

「なんだかなあ、エリにお礼とか言われると本当調子狂う」

「そ、そんなに」

「お前は不愛想だし多くを語らなかった。それでも俺たちと一緒に行動していたから嫌がられていたわけじゃないと思ってるよ」

「そっか……」

「んじゃ、俺は自分の支度してくる。武器はそこに立てかけてある剣だ」


 剣は2本立てかけられている。


「えっと、どっち?」

「どっちも。お前は二刀流だよ」


 え、やだなんかかっこいい。


「また後でな!」

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