第2話 ここはどこだ

 長いこと、暗闇くらやみを彷徨っていた気がする……


「う……ん……」

「エリ! エリ! ねぇキージェ! エリが!」


 私を作家名で呼ぶ声がする。


 ……なんだ「生き神」とか言ってたけど……あれは私の妄想で、私は結局は救急車が来て助かっただけなのだろう。


「お、本当だ。目が開きそう」


 ん? でも聞き覚えのない男の声だ。父は母と離婚してから音信不通で男兄弟もいないし、彼氏と呼べる存在もこの2年は不在だ……。


 あ……ここは病院で、話し声は医者だろうか。


「ほらエリ、起きろ」


 無理やり瞼をこじ開けられ、近すぎる位置に人の顔が見えた。


「こら、キージェ! 何やってるんだよケガ人に!」

「ケガ人って言ったって、もうアイリスの治癒魔法でほとんど治ってるじゃんか」


 魔法……? 


 私を挟んで左側に金髪碧眼の男。私の目をこじ開けた人だ。


「良かった……エリ……。気分はどう?」


 右側の藤色の髪の子がニッコリ笑う。何、この愛くるしい生き物は……


「……大丈夫かぁ?」


 腕を組んで覗き込む金髪の男も、言葉の割には真剣な顔。




「えっと」


 うわ! 声、ふとっ!!!!


 喉元を抑えると……硬い感触。これは喉仏だ……。

 ……やっぱり私は生き神の言ってた通り、体が入れ替わってここにいるのだろうか。


「ん? どうした?」

「えーと……あの……どちら様?」


「うわぁ、エリが喋った」と、金髪の男。


「キージェ、今はそれどころじゃないよ。……エリ、大丈夫? 頭打った??」


 ……二人は、エリと呼ばれるこの体の男の友達だろうか。

 なんて説明したらいいのだろう。


「……あの、ここは? あなた達は一体……」


 私の言葉で二人が顔を見合わせ、口を揃えてこう言った。


「エリ、もしかして記憶を失ってる?」




「俺はキージェだ。わかるか?」


 キージェは、金髪をきっちり整えていて銀縁メガネをかけている。目は切れ長で、碧色の瞳は透き通っていて美しい。詰襟の服を着ているのもあってインテリな印象。


「僕はアイリス」


 藤色の愛くるしい子がアイリスちゃん。大きな瞳は色を薄くしたアメジストのよう。襟足の一束をとても長くのばして三つ編みにして垂らしている。毛先は日が沈んだ後の夜空のようなグラデーション。


「お前は、三日前に腹を切られて、わきばらに矢が刺さって死にかけてたんだよ」

内臓ないぞう出てたし、本当に死ぬかと思ったんだよ」


 え、私よりも壮絶な負傷っぷり。


「ほら、ここな」


 キージェが毛布を剥いで、指差した体を見ると……何も身に着けていない。


「きゃっ!」


 慌てて毛布を引き上げる。


「おい、エリ……本当に大丈夫か?」

 



「思い出すまでこちらで教えるしかないかも。……エリの本名はエリムレア。ここヨーン市で僕たちと自警団に所属しながら探索をしているんだよ。分かる?」


 アイリスちゃんは、かゆいところに手が届く説明をしてくれる。


「エリムレア……探索?」

「そ。周りからはエリって呼ばれてる剣士だ。思い出したか?」

「剣士?」

「エリはとても強い剣士だよ」


 では、治りかけているけど、この大怪我はいったいどうしたのだろうか。


「俺はお前の相棒で魔導士だ。主に攻撃系の魔法で、いつもはお前の援護をしている」

「僕は治癒士。二人がケガをしたら僕の出番ね」


 なるほど……。


「でも、僕がいる限り、絶対に二人を死なせないから!」

「あ、あの……エリムレアはもう」

「ん?」


 ……二人に真実を打ち明けて、私は速やかに自分の当初の目的に向けて行動を起こそうと思った。……けれど、こんなに親し気に話しかけてくる二人が、もう本物のエリムレアは居ないと知ったらどう思うだろう。それに信じてくれるだろうか。


 エリムレアが何を思って私と体を入れ替えたのか……彼がここで生きるのを諦めたのは何故だろう。


 本物のエリムレアの気持ちを知るまでは、打ち明けるのは止めておこうと思った。


「エリ?」

「いえ、もう痛みはありません」

「そっか。よかった! エリ、いつも大丈夫とかそういうのも言ってくれないから」


 アイリスちゃんがニッコリ笑う。……こんなに献身的なのにエリムレアは何も言わないのか……。


「ありがとう」


 あはっ! と可愛い笑顔を見せるアイリスちゃん。


「それと、俺達に敬語は要らんからな! 他人みたいでムズムズする」


 彼らは本当に親しい間柄なのだろう。……良いな、こんな気さくな友達。


 とりあえず、自分の今後についてを話しておこう。


「あの、私はぬい――」

「エリが目を覚ましたことだし、明日の北ヨーン丘陵はエリも一緒に行こうぜ」

「え、記憶がないかもしれないのに?」

「一緒にいつも通り行動してれば、記憶もそのうち戻ってくるかもしれないだろ?」

「うーん……、そうだね! じゃエリも一緒に行こう」


 私が強引にことを進めようとすれば、二人は中身が入れ替わったことに気づいてしまうかもしれない。


「……行きます」

「そうと決まれば、そろそろ寝ようぜ。アイリスは付きっ切りでエリを看てたんだから、特にゆっくり休んだほうが良い」

「じゃ、あとで迎えに来るから、それまでゆっくり休んでて。荷物は全部そこに持って帰ってきてあるから」

「じゃあな、エリ」

「おやすみ!」

「……おやすみなさい」




 目を覚ましてから怒涛の展開だったけど……。


 改めて見回すと、黄土色の石壁に囲まれた部屋は殺風景だけど広々している。


 窓にカーテンは取り付けられていない。


 そしてナズナの部屋のシングルサイズのものより、ちょっと広いベッド。

 ベッドのわきには青白い炎が灯ったランプが置いてあって、そのすぐ下に、キージェとアイリスちゃんが運んでくれたというエリムレアの荷物。目に入るのはそれぐらいのもので、全体的に質素な部屋だ。


 鞄の横には、エリムレアの着ていたと思われる銀色の金属と革でできた鎧が置かれている。


「本物って初めて見た……」


 毛布をまとって近寄り、指ではじいてみると乾いた金属音。表面は細かい傷が付いていて、ずいぶん年季が入っている。こんなの日常的に着てるのかな。


 目の前の窓の外は……夜だろうか。


 窓を開けてみると生暖かい風。


「何? この空……」


 空には色とりどりのまばゆい星がたくさんまたたいて、まるで空に町があるかのようだ。


 星明りで照らされた庭の草花の影が、ゆらゆら動いている。生暖かい風に混じって吹いてきた少し冷たい風で、時間を忘れて眺めていた私を正気に戻す。


「そうだ、とりあえず何か服を着なきゃ……」


 二人が出て行った扉とは別の扉が2つ見える。


 左の扉を開けると衣類が何着か整然と収納されていた。一番パジャマっぽい服を手に取ると不思議な感触。


「これは……何の生地だろう」


 一応、洗い立てのようだけどゴワゴワした手触りの服を着て、私は再びベッドに横になる。


 目を覚ました私を喜ぶ二人の顔を思い出し、エリムレアが自分と同じように自分を取り巻いていた環境から逃げて行ったことに納得ができなかった。


 一体、エリムレアに何が……。

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