死にかけ女と猫のぬいぐるみ
明星 志
第1章 異世界へ
第1話 嫉妬はもうたくさん!
「っ……」
床に横たわる私のお腹には、ナイフが刺さっている。
痛い、というよりナイフの周りが熱い……。
「ねぇエリさん、もう二度とぬいぐるみ作らないって約束したら、救急車を呼んであげる」
「え……」
「もちろん、私が刺したってことも秘密にしてくれるなら、だけど」
……恭子の嫉妬には薄々気づいていた。
ひどく歪んでいやらしい笑顔でしれっと恐ろしいことを言うけれど、あなたは作家としての地位は既に確立されてるじゃない。
私は、私にしか作れない物を作って行きたいだけ。
「誰が……そんな約束っ……ん……」
作品が作れなくなるくらいなら、死んだ方がマシだ。
「恭子さ……ん、これで……有名人だね……おめでと……」
承認欲求オバケの恭子への精いっぱいの皮肉だ。どうせ私はここで死ぬだろう。
「ふ、ふざけないでよ!」
震える声で恭子が叫び、ギャラリーの展示室から出て行った。
あぁ、明日はネットやテレビでも話題になるんだろうな。
『ぬいぐるみ作家
私の死を告げるニュースが、こんな風に読み上げられるんだろうな。
子供の頃から、もの作りが大好きで続けてきただけなのに。
恭子からグループ展に誘われた時は本当に嬉しかったのだけど……ただの人数合わせのため……ううん、私を陥れるためだったって知ってたら辞退したのに。
私以外のぬいぐるみ作家さんは、恭子をはじめみんな年上で、長く活動していて根強いファンがたくさんいるような大御所だ。それぞれ個展を開くこともある実力者。子供の頃から好きで作り続けていた私でも、遠く足元にも及ばない。
だから、主催の恭子から声がかかった時はとっても嬉しかったのに。
グループ展の2週間前、新作のぬいぐるみの写真がたまたまバズって、初日の今日はたくさんの人が見に来てくれて、作品の予約をしていった。最終日にはそれぞれ新しいお家へと旅立っていく予定だったのに……。
あーあ。もう嫌……。
『eriのあの作品、どこかで見たことあるよね』
『私もそう思ってた!』
って、恭子やグループ展の一部のメンバーたちが以前から散々ツイッターで話していたけど、私の作品は、各地の動物園まで本物を見に行ってスケッチして、デフォルメのイラストからデザインして作り上げた私のオリジナル。誰かの真似なんかじゃない。
『私たちがたくさんのファンに囲まれて、ギャラリーの片隅でeriの作品だけが見向きもされず、eriが沈んでいく様を見届ける予定w』というツイートを恭子が誤爆していた。
すぐ消されたけど……あれは誤爆を装った嫌がらせだったんだと思う。
フォロワー100人程度の弱小新人若手作家がバズるなんて計算外で、余程面白くなかったのだろう。
作品は作りたいけど……嫉妬や嫌がらせはもうたくさん。どこか知らない世界で、好きなようにのびのびとぬいぐるみを作りたいな。
あぁ……イケメンだったら女性からは嫉妬どころか羨望の眼差しで見られるかもしれないし、来世はイケメンに生まれて思いっきりぬいぐるみを作りたい。それも周りにものを言わせないほどの強いイケメンで。……自分がイケメンなら鏡を見ただけで癒されるかもしれないし。
それに強いイケメンが可愛いものを作るなんて、絵面的に最高だと思うけどなあ……私は。
そんな馬鹿なことを考えていたのは、お腹の痛みから気を逸らすためだったけど、意識が遠くに行きそう……きっとそろそろ死が近い。
私はそっと目を閉じた。
「マッチングおめでとう! 大丈夫だ、あんたは死なないよ」
甲高い鐘の音と共に響いた声に目を開けると、ハンドベルを持った黒ずくめの男がしゃがんでいた。
「死神……?」
いよいよお迎えが来たか。
「いやいやいや、あんなのと一緒にするな。俺は生き神、生かすための神さ。お嬢ちゃん、あんたの願いを叶えてあげよう」
「え……?」
「言っただろ、マッチングおめでとうって。お嬢ちゃんのご希望通り、死にかけのイケメンがいるんだが、肉体を入れ替えてお互いが残りの人生を生きるってどうだい? 悪い話じゃないだろ?」
「でも、私の体はもう……」
「さすがに殺人事件は不味いと思ったんだろなあ。さっきの女は慌てふためいて外の公衆電話から救急車を呼んでるよ。まあ、日本の警察は優秀だから逃げたとしてもあの女は社会的に死亡だがな! ハハハハハッ」
「じゃあ……私は助かるの?」
「まぁ、そうなるかな……。で、どうだい? さっきの話。死んで転生だと記憶や知識は全てリセット。今ならその頭ン中のものは持って行ける。なかなかないぜ、こんないい話」
「……ほんとは悪魔とかじゃないでしょうね」
「この期に及んでツレないねえ。俺は生き神。まだ死ぬべきじゃないのに夢を諦めようとしている奴らを導いている」
どうせ助かっても、この騒動でまためんどくさいことになるかもしれない。匿名掲示板でも「刺される方も悪い」とか、あることないことも書かれるだろう。……何かを作り続けられる気力も減るだろう。
「……じゃあ、お願いします。私を――」
「強いイケメンで作家活動ができるように、だな」
その途端、目の前の視界がぐにゃっと回り、私は自分が横たわる姿を見下ろしていた。
「おっと、これは別世界とのマッチングの補助品だ。言葉の壁を取り去ってやる」
そう言って、赤い石を私の口に押し込んだ。
意識が遠のき、生き神の声が遠のいていく。
「チャンスは1回きりだ! 上手くやれ! 頑張れよ!」
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