妙に元気な患者

 薬の時間だと言って老夫は歩き出した。

 老夫だけではない、ほぼすべての住人が鐘の音で足を止め、その音の下へと向き直り、ふらふらと歩いていく。

「メア、これって」

「行くしかないわね」

「どうやって?」

「……手荒だけど」


 そう言って、横を通り過ぎようとした若い男をメアは裏路地へと引っ張り込んだ。

「っおい! 何をする!」

「悪いわね。黙ってて」

「あちゃー、メアってばホントに手荒」

 勢いのまま男を地面に投げ飛ばし、馬乗りになって口内に手を突っ込み、こじ開ける。その瞬間、メアの身体は一瞬にしてマナの霧となり、男の口に吸い込まれていった。

「……これでよし」

 メアはその男の意識を完全に乗っ取っていた。

 それを見たウースも、いいイタズラを見つけたと言わんばかりの顔で、中年の恰幅のいい女性を見つけては同じように乗っ取った。さっきまで虚ろな顔だった女性の顔はにししと笑っていた。

「これで鐘のほうへ歩けばいいんだね? ここから北にいくらかってところかな?」

「ええ。すぐ近くだと思うわ」

 二人は人波に乗って、道をゆうゆうと歩き始めた。


「列ができてい……いるな。先にあるのは診療所か」

「薬って言ってたしねえ」

 流石に無視して乗り込むわけにもいかないので、数十人の行列に加わって待つ。メアは怪しまれないため、容姿と話し方を合致させるように男性口調で会話をする。

 やがてガラガラと診療所の扉が開けられ、先頭の2、3人を飲み込んでいった。数分おきに診療所から人が出ていき、また入っていく。ウースが退屈になって雲の数を数え始めたところで、自分たちの番まであと少しになっていた。

 診療所から出ていく人たちの表情が、この距離になるとはっきりうかがえる。ウースはそれに気づき、雲から人の表情へと視線を移した。


「ん〜、なんかみんな元気そう? 安心……安堵のほうが近いかな」

「表情を読んでるのか?」

「うん。でしょ? ええと他には……恍惚? かな。快に溺れている、わずかに。自覚しないくらいに」

「安堵と快楽……」

「……それ以外は、まあ目立つものはないぽいね。あ、あたしたちの番だよ。行こ」

「あ、ああ」

 なんとなく察してはいたが、ウースの言葉で確信に大きく近づいていた。


 診療所の戸を抜けて、診察室脇の廊下の椅子に座る。診察室から人が出てくると、次の方、と中から声が掛けられた。

「入るよ」

 小声でウースは呟き、青年とおばさんの姿をした二人が同時に入っていった。


「なんだ、ひとりひとり入りなさい」

 薬包紙を折りながら、医師と思われる初老の男はそう言った。

 二人は黙ったまま、やけに尊大な態度をしていた。メアは腕を組み足を肩幅に開いて、ウースは腰に手を当てながら足首を回している。

「……? 早くしなさい」

 明らかに先程まで見ていた人とは違って見えたのだろう、医師の男はなんだこいつら、訳がわからない、といった顔をしていた。

 今まで薬を貰いに来ていた人間が突然こんなにピンピンするものかと。

 その時、メアが口を開く。


「この身体はもう用済み?」


 ウースは黙って頷くと、二人は揃って口からマナを這い出させて、さっきまで使っていた身体をどちゃりと床ヘと転がした。

「!? ……な、なんだ、なんだコイツらはっ!」

 理解不可能な現象を見せられ、うわずった声で医師が叫ぶ。ガタッと椅子からずり落ちかけた前で、人間から這い出たマナは二人の緑髪の少女の姿をかたどって、医師の目の前に現れた。


「ヒッ、人が、人が口からっ!」

「……っと、初めまして。創神が一柱、12代目の光の神よ」

「どうも〜、おなじく闇の神です! びっくりした? あっ、騒がないでよね」


 メアは眉一つ動かさず会釈をし、ウースは再びにたりと笑った。

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