野良草の間を風が通り抜けていく。しばらく二人は黙ったままだったが、やがてメアが沈黙を破った。


「ここにはもう誰もいないの?」

「……望みを欲するなら、"誰かいないの?"のほうが良いと思うなぁ」

「希望を持つとか、そういう感覚は忘れてしまったわ」


 ドリネの、かつての農地はひどく広かった。特殊な農具でエルエイジュの国土の約4割を耕していただけある。

 見渡す限りの荒れ地かと思われたが、メアが遠くに家々を見つけ、ウースに目配せをする。

「人が居ないということは目立たないということよね。転移しましょう」

「誰かいるといいね〜」

 歩けば日が暮れると思われる距離も、二人なら一瞬だった。

 ウースは何かの予感が微かにしたのか、わずかに憂いた表情をしていた。


 家々から少し離れたところに転移してきた二人は、物陰で身体を再構築し、ややあってから大きな道へと出る。

 人は行き交ってこそいるが、みな生気がないような雰囲気だった。身体は細り、虚ろな目で、歩行というより徘徊に近い。家々の近くには手入れされている畑が残ってはいたが、国を支えられるだけの分はどうやっても作れそうになかった。

 そのうえ、20年前に見たときよりも住人が少なく感じられる。


「ヤバいよ、ここの人間。首都ルファロンの人間はなんでほっといてるの?」

「ドリネは500年くらい前から、代々まともな家系が治めてたから信頼されてるの。恐らく今も」

「ふーん、上からのチェックが甘くなってるってことか。こんな状況なら寝てたときに起こしてくれても良かったのに」

「人間ができる自治の範囲でしょう、これくらい」

「それもそうか〜。でもここの人間が正気じゃないと後継者探しに不都合だな……」

「ウースは後継条件として、感情の発露度合いを重視するものね」


 ウースは腕を組んでむむむ、と言った。

 メアはそれを放置しつつも、離れすぎない距離まで歩いていき、近くにいた老夫に声をかける。


「あの。ご気分が優れていないようですが、お身体は大丈夫ですか?」


 メアは起きてから初めての笑みを向けた。にっこりと、微笑んで。

 見慣れない種族に戸惑っていた老夫も、その穏やかな少女の笑みを見て、幾らか警戒を解いた様子だった。


「あ……あぁ。お前さんは耳が長いしエルフか?あそこの嬢ちゃんもそうか」

「はい。彼女と一緒に友人に会いに来たのです」

「や、あたしは別に。ここに友人なんか――」


 そばまで来ていたウースの口をむんずと掴み、メアは続ける。


「……友人に会いに来たのです。が、お爺さまも他の皆さんも元気がないみたいだし、荒れた畑も多いみたいで。どうなさったんでしょうか」

「むぐ! んむーっ!」

「ええのか、そんなことして……お前さんらはここに来るときに見なかったかね。州境の検問所を」

「検、問所……? あー……。……んー?」


 転移でここまで来た二人は、行き道に検問があったことさえ知らなかった。

 適当に話を合わせたいところだが、知らないものにうまく相槌を打てるわけがない。返事に苦しんでいたら、老夫が勝手に続きを話してくれた。


「流行り病で移動を規制しておるのだよ。未知の病気だというてね。……お前さんらも出来るなら罹らんうちに帰って、またの機会に来るとええ。もっとも、流行ってからかれこれ7年位経つがな」

「ありがとうございます。でも今でないとだめだから」

「もご、もごご」

「ああごめんウース。もういいわ」


 ぱっと手を離され、ウースはぷは、と息をする。


「教えてくれてありがとね、じっちゃん!てかメアは酷いよ、急に唇つかむなんて――」

 ウースが抗議の声を上げようとしたその時。


 がらん、がらん、とどこかで鐘が鳴った。


 老夫は鐘のなる方へ向き、歩き出す。そしてこう言い残した。

「薬の時間じゃ。ほなな」

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