宝物が壊されたようだ
エルエイジュ連邦国は世界最大の国である。
首都であり観光資源が豊富なルファロン・大規模農耕が行われるドリネ・港と商いのクレーヌ・工芸や機械生産のナズスなど、多くの州や島から成り立っている。
また国民の9割が完全なヒト型をしており、うち4割が純血のヒト族である。天候が移ろいやすく災害もよく発生するものの、海も山も鉱山資源も一通り揃っているため好んで暮らす国民が多い。
・ ・ ・
首都ルファロン西部、市場を抜けた先の閑静な住宅街をふたりは歩いていた。
あれから市場をざっと見たところ、日用品の相場変動はあまりないように思えたが、食料品が大きく値上がりしていた。色々聞き込んだところ、ここ数年の不作によるものらしい。
「あの市場の多くってドリネからの仕入れが主だよね。……行く?」
「なに急に。行く先も決めてないから別にいいけど。ルファロンから何日かかると思ってるの?」
「えっ、メアは歩いてくつもりなの?」
ウースはにたり、と笑ってメアを見やる。
「あたしは5日かけるとか無理だな〜。よし、行こうドリネ! ってことでバイバイ! また後で!」
「は?ちょっと」
閑静とはいえ住宅街。様々な人が行き交う。
ウースは周りを見渡すことなく、風のように突き動かされるように、その長いスカートをひるがえす。腰までの緑の三つ編みをうねらせたその先から、輪郭を融かしていく。
「待ちなさい! ――っあ」
メアは叫び、ウースの手を掴もうとするが間に合わない。
ウースの腕から胴体へと、どんどんと暗い霧のようなものへと形を変え、霧散する。
メアの伸ばした手は宙をかき、そのままバランスを崩してへたり込んでしまう。
街の住人たちが、自分を中心として困り顔で見つめているのがメアには見えた。小声で、あれが神様か、何の神なのか、化け物ではないのか、と囁いているのが耳に入る。
顔を上げた頃にはもうウースの姿はなかった。
「馬鹿……」
考えるのを放棄したメアは、それ以上何も言わなかった。かっくんと頭を垂らして、同じように身体を光の霧へと変えて霧散させた。
・ ・ ・
たどる、辿る。
目的の場所に到着するやいなや、全ての物質の根幹――マナをその場所からかき集める。暗い霧と明るい霧がそれぞれでまとまりを持ち、自分を形作っていく。
マナでかたどった入れ物に、魂を注入する。髪を、四肢を、睫毛からつま先までをも作り終え、目をひらく。
そこには、荒れ地が一帯に広まっていた。
「や、メア。遅いじゃん」
「誰のせいで」
ウースは軽口を叩いているが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。メアは表情ひとつ変えていない。
「ここって農地だったよね。緑がたくさんあって、人の手が入ってた。……こんな枯れ草まみれ、雑草まみれ、痩せ土まみれなんて、流石に退廃的な気分になるよ」
「ふうん。様変わりしたとしか思えないけど」
「ショックだし、宝物をぶち壊されたみたいな気持ちだね」
「20年以上も経てばこんなことくらいあるんじゃないの」
人形のように相槌を打つメアに対して、ウースは特段なじることも怒ることもしなかった。ただただ目の前の光景に胸を痛めていた。
もちろんメアの口調からも、馬鹿にする様子はひとつも見受けられない。淡々と読み取った情報を吐き出しているだけ、そんな口調だった。
先程までの住宅街のような人々の息遣いはもうない。半刻も経っていないのに、同じ時間帯とは思えないほど静まりかえっていた。
荒れた農耕の地・ドリネに二人は立ち尽くしていた。
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