2-2

≪島田裕志視点≫


俺は息を呑んだ。

安城さんはどんな話をするのかと。

安城さんのことだから凄い怖い話をするんだろう。

靜枝さんは既に逃げる準備を進める。

ということは本当に怖いんだろう。

そして安城さんは話し始めた。


=====================================================


続けて3人はデパートの2階を探したものの、特にそれらしいボストンバッグは見つからない。

人気のない薄暗い廃テナントと営業するお店がポツポツとあるだけだった。


「ねえな」


「じゃあ、上か・・・・・・」


 ここで、Fくんが興奮した様子でとある案を持ちかけてきた。


 それは、ここから上の階は、1人ずつエスカレーターで最上階の6階まで上がり、道中で黒いボストンバッグを探していく、という肝試し風の提案だった。


「最初のやつが行って見つからなかったら、もうなくね?」


「余計なこと言うなよ!」


「まあ、いいや、じゃあ誰から行くの? じゃんけん?」


 じゃんけんの結果Tくん、Fくん、Kくんの順に探索することになった。


「・・・・・・じゃあ、行ってくるわ」


 Tくんは緊張した面持ちで、エスカレーターに乗り込んで3階に上がり、その姿は視界から見えなくなった。


「見つけたら電話だっけ?」


「そう、電話してから持ってくる」


「怒られないか、これ・・・・・・」


 話し相手が1人消えたことで、にわかに恐怖感が高まってきた。待つだけの時間というのは、案外恐怖が増すものなのだ。


 10分くらい経った頃、2人の後ろからTくんが突然現れた。


「わっ!」


「うおっ!」


「なんだ!?」


「あはは、めっちゃビビるじゃん!」


 どうやらエレベーターで降りてきて、2人を脅かそうとしたらしい。


「ふざけんなよ!」


「ごめんて。まあ、見つからんかったわ。全然なし」


「まあ、そんなもんだよな。行く?」


「いや、行くでしょ。見落としあるかもしれないし!」


 そう言い残し、乗り気のFくんはエスカレーターを駆け上がっていった。

・・・・・・タンタンタンダンダンダンダン!!


 5分としないうちに反対側の下りエスカレーターを駆け降りて来る音が聞こえてきた。


「ちょっと・・・・・・! ヤバイヤバイ!」


 降りて来たFくんは顔面蒼白。


「なになにどうしたん?」


「あった! バッグ! 4階にあったって!」


 Fくんは3階を探索したが何もめぼしいものは見つからなかったという。自分が言い出したとはいえ、1人でこの薄暗いデパートを探索するのは正直不気味だな。


 そんなことを考えながら4階に向かうエスカレーターに乗り込んだのだそうだ。


 その時だった。


 背後から人が上がってくるような、そんな気配がしたのだという。


 思わず体を端に寄せるが、誰も横を通り抜ける者はいなかった。


 ゆっくりと後ろを振り返ると、5段ほど下に黒いボストンバッグだけが置いてあったのだという。


「は、どういうこと?」


「だから、バッグだけ置いてあったんだって!」


「で、バッグどうしたんだよ」


 Fくんいわく、4階に着いた後、彼のあとを追うようにエスカレーターに乗った黒いボストンバッグはゆっくりと登ってきて、


 Fくんの足元、エスカレーターの終わりの部分で、カコンと引っかかったのだという。


 黒い色。革が所々はげた長い持ち手。貼り紙にあった特徴とそっくりなボストンバッグ。


「そのまま?」


「持ってこれるわけねえだろ!」


 冷風吹き付けるエスカレーターの踊り場で、額に汗を滲ませたFくんは声を荒げる。一行は4階に登っていった。


 3階からエスカレーターに乗り、4階を見上げる。


 だが、そこには何もなかった。


「・・・・・・ないじゃん」


「え!? なんで、さっきそこに・・・・・・」


 そう問答しているうちに4階に着いた。キョロキョロと辺りを見回すFくんの姿は、冗談で騙していたという様子ではない。


「えっ、あれ、おい、おい!」


 背後のKくんがエスカレーターの下を指差して青ざめている。


 指の先には、黒いボストンバッグがあった。


 3階からゆっくりとこちらに向かって登ってきていた。


 カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン、カコン・・・・・・。


「これ・・・・・・」


 足元で引っかかり続けるボストンバッグを呆然と眺める一同。背中に冷や汗がツーッと伝わるのがわかる。


 バッ!


 突然意を決したかのようにKくんがバッグの取っ手を掴んだ。


「おい、触んなって!」


「置いとくわけにもいかねえだろこれ!」


「でも――」


 そこでおかしなことが起きた。


 グニィ・・・・・・。


 持ち上げた黒いボストンバッグの底が、内側から膨らんだのだ。


「うわあっ!!」


 Kくんは慌ててバッグを手放した。 ドサッ。


 なにか、重たいものが入っているような鈍い音を立てて、バッグは床に落ち、閉じたチャックがこちらを向くように横向きで倒れた。


「入ってたよな? 見たよな?」


「感触あったって!」


「ちょっと開けてみろって!」


「ふざけんな自分でやれよ!」


「俺もう絶対触らないからな!」


「俺もやだよ!」


「もういいよ、帰ろうよ!」


――「あけないの?」――


 くぐもった女の声が頭上から聞こえた。


 ゴンゴンゴンゴンゴンゴン・・・・・・。


 エスカレーターの駆動音と、ぼんやりした有線から流れる曲だけが辺りに響く。


 誰も目線を上げられずにいた。


 ――「あけないの?」――


 気のせいじゃない。一同は目線を、声の先、上りのエスカレーターから見える5階に向けた。


 長い髪の女が立っていた。


 逆光気味なのか真っ黒でよく見えなかったが、確かに女なのはわかった。


 首にはマフラーを巻いており、夏なのにロングコートを羽織っているようだった。


 ――「あけないの?」――


 ゴンゴンゴンゴンゴンゴン・・・・・・。


「あ、あけません・・・・・・」


 Fくんがつい返事をしてしまった。


 女は黙っていた。身じろぎひとつせずに。


――「でも あけてみないと もっとひどいもの見るわよ?」――


「うわああああああ!!」


 3人は一目散にエスカレーターを駆け下りてその場を後にした。


1階に着くや、エスカレーター脇にあるサービスカウンターにいた、気の抜けた表情の受付の女性に一同は堰を切ったように話しかけた。


「カバン! あの! 今、あの!」


「4、いや5階で!」


「女がいて、貼り紙の!」


「あー・・・・・・」


 受付の女性はゆっくりと頷く。


「はい、はい。わかりました。言っておきますので、もうお帰りいただいて結構ですよ」


 受付の女性の言葉はそれだけだった。


 デパートの扉を開けると、モワッとした熱波とともに、なんだかホッとするいつもの気配が戻ってきた。


 腕を触ると、冷房のせいか先ほどの出来事のせいか、体がキンキンに冷えてしまっていた。


「あの受付の人、なんだよあの態度・・・・・・」


「絶対いたずらだと思ったんだろうな・・・・・・」


「いや」


 Kくんが、息を整えながらぽつりと呟いた。


「多分あれ、知ってたんだよ、前から、何度も何度も見てて、慣れっこなんだよ」


 だが、この話はここで終わらなかった。


 その日の夜、Tくんは家族にこの話をしたが、誰も本気で受け取ってくれなかった。


 かぁなっき氏の知人である姉のYさんも、そのときは弟の冗談だろうとしか思わなかったそうだ。


 Tくんは自問する。気のせいだったのか? 全部?


 いや、到底そうとは思えなかった。


 今日はもう寝よう。そう思い、食事と風呂を済ませ、早々に寝床についた。


 そして、Tくんはとある夢を見て飛び起きた。


 心臓がバクバクと鳴り響いている。どうしても寝付けず、そのまま朝まで過ごしたそうだ。


 翌朝、学校の教室の扉を開けると、Fくんの机のそばにKくんが立っており、教室に入ってきたTくんにやつれた表情を向ける。


 TくんがFくんの隣にある自分の席に座ると、Fくんが「見たか?」と言ってきた。


 背中に冷や汗が流れる。


「夢?」


「マジかよ・・・・・・」


 Kくんが絶望したような声を漏らす。


 全員が同じような夢を昨晩見ていたという。


 彼らはあのデパートにいた。


 人気のない、薄暗く、冷房が効きすぎているあのカビ臭いフロア。


 気がつくとエスカレーターの前で、横倒しになった黒ボストンバッグを眺めていた。


 だが、その口が開いている。


 ズルッ・・・・・・と腕が出てきた。


 グニャリ・・・・・・と不自然に曲がりながら、服を着た胴体が転げ出てきた。


 ドサリ・・・・・・と左足、右足も出てきた。


 ゴロン・・・・・・と最後に、人間の頭が転がり出てきた。


 その生首は・・・・・・ここだけ、夢の内容が三者三様だったそうだ。


 Fくんは片思いの相手、Kくんは小学校の頃の親友、そしてTくんは母親の顔だった。


 それぞれが大切にしている人間の生首が、それぞれこう言った。


 ――「なんであのとき、たしかめなかったの?」――


 ――「なんであのとき、あけてくれなかったの?」――


 ――「なんでなかみを、みなかったの?」――


 それ以来、この夢を3人が見ることはなかったそうだ。それからほどなくして、例のデパートは解体された。


 数年が経ち、彼らが大学生になった頃には、別の商業ビルが建っていた。


 だが、そのビルでは“黒いボストンバッグ”の噂は一切出ていないという。


 Tくんの姉・Yさんからこの話を聞いたかぁなっき氏が追加調査をしたところ、そのデパートがあった地域と同じ、


 九州北西部のとある県に関する心霊スポットを紹介した掲示板に、「某商業施設に変な女が出る」と書かれていることがわかったそうだ。


 かぁなっき氏は最後にこう話した。


「やっぱり転々としているんでしょうかね、彼女。誰かがバッグを開けるまで」


=====================================================


安城さんの顔は月光で照らされていた。

安城さんは言い終わると顔を上げて気付いたようだ。

俺の後ろに全員隠れていた。

いや、ビビりすぎ。

俺も怖かったけどさ。

そんなに覚悟する話ではなかったような・・・・・・気がする。

その後、みんなは電気がつくと、それが鍵となって落ち着く。

約一名(幸雄さん)を除いて。




≪To The Next Story...≫


❗注:この話は一部サイトをもとにして作成しました

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