38.共鳴、救命、黎明時代

オブリヴィジョン人物録vol.6


エリュプス

性別:男

出身:ペリュトナイ

年齢:21歳

肩書:ペリュトナイ次代王

能力:フェリオンの咆轟ほうごう(自身の獣化、眷属であるインフェリオンの感染増殖、インフェリオンを取り込んでの巨大化)

好き:救済

嫌い:自身を見つめなおすこと


平和だったころのペリュトナイの第一王子にして、現ペリュトナイの頂点に君臨する絶対的な獣の王。強力な能力と圧倒的な力によって、瞬く間にペリュトナイの大部分を掌握するに至った。能力に目覚めて日が浅いにも関わらず、その身体能力は歴戦の猛者たるセレニウスにも匹敵する。


彼の道は、まだ続く


 熱気と活気に包まれた闘技場。そこにあったその景色は、かつての繁栄を誇ったペリュトナイにあったものだった。そして、その熱気の中心にいたのは、ペリュトナイにとって偉大な者たちだった。散る火花は刹那の輝きを魅せ、古き神聖な闘いをここに再現していた。それに加えて、蒼く輝く礫が闘いを彩っている。何よりも美しく咲くのは、闘いの主役たる2人の剣士だった。連続で振るわれる壊劫に合わせるように、エリュプスの大剣『コロッサル・メサイア』が迎え撃つ。そしてその連撃を一蹴するかのような重い一撃が、大きく振るわれてセレニウスへ襲い掛かった。防御するも、その勢いは抑えるに至らない。大きく吹き飛ばされて、彼女は壁面に叩きつけられることになった。それと同時に、歓声がまた上がる。


「ぐ、うう……。まだ能力覚醒から間もないのに、この強さ……!」

「私の覚悟の力だ! 能力者としての経験の差など、私の前では意味などないのだ!!」


エリュプスの勢いは止まらない。叩きつけられ一瞬動けずにいたセレニウスの隙を突き、再び大剣を構えて飛び掛かる。だが追撃を許すほど、セレニウスは甘くはない。


「はあああああああッ!!」


思い切り壁を蹴ると、そのまま壊劫を構えてエリュプスへ飛ぶ。そして下へ振るわれた壊劫の一撃は、エリュプスを容赦なく地面に叩きつける。


「流石は英雄か……! だがこの程度で私は止められんぞ!!」


落下した場所と大剣が砕けるほどの一撃を受けてもなお、エリュプスは屈しない。しかしそれを見越していたセレニウスは、エリュプスから距離を取りながら叫んだ。


「リトス、攻撃を! 全力で撃って!!」


闘技場全体に響くその声は、そこにいる有象無象ではなくたった1人に向けられる。そしてその声への返事は無く、その代わりに返されたのは、美しい蒼の弾幕だった。それはまるで横薙ぎの豪雨のように、エリュプスへと向かって降り注ぐ。


「言われた通りに……、全力で!」

「……! 小細工が通用すると思うなッ! 全て落としてくれる!」


迫る弾幕に対して、エリュプスは空いた両拳を握りしめる。そしてその拳を、弾幕へと高速で放つ。


「うおおおおお!! ここで負けるわけ、ないだろうが!!」

「負けるわけにいかないのは、こっちだ!!」


リトスが放ち、エリュプスが砕く。その攻防に終わりはなく、誰もそれに介入することもない。と、この時まで思われていた。地面を蹴り抜く音と共に、セレニウスがエリュプスの背後に迫る。


「隙ありッ!!」

「何っ! これは……、こっちが正解だッ!!」


壊劫を振り抜いて迫るセレニウス。この状況にて脅威度が高いのはどちらか。それが明確であるが故に、エリュプスは即座に背後に向き直る。背中に弾幕を浴び、彼の背中に血が滲む。しかし迫るセレニウスに対しての対策は取れている。黒い淀みを集中させ、大剣を再び形成したエリュプスは背中へのダメージなど意に介さず、振るわれた壊劫に対してコロッサル・メサイアを振るった。


「驚いた……! まさか受けるなんて……!」

「この程度で止まるか!!」


2つの大剣がぶつかって火花を散らす。拮抗状態の中、先ほどのセレニウスに倣ってリトスが刃と共に特攻を仕掛ける。当たれば、脅威となる一撃だ。しかし、エリュプスも圧倒的な戦闘の勘を持つ者だ。戦いにおいてはまだ未熟なリトスの不意打ちなど、通用するはずもなかった。


「お前など妨害にもならん!! 始まりの姿よろしく、這いつくばっているがいい!!」

「な、に……!?」


鍔迫り合いの中、黒い淀みがリトスに集まっていく。それは大剣を形成する時以上に早く出来上がっていき、そしてそれはぼろ布の衣服と身を縛る鎖という形で、リトスの身に纏われることになった。しかしこの一瞬の隙を突かれ鍔迫り合いの拮抗状態は崩れることになる。しかし、これさえもエリュプスの想定の内だった。押される勢いを逸らしながら上体を下げ、下段に構える。そして空いたセレニウスの胴体に、最大級の一撃が叩き込まれた。


「が、はぁッ!!?」

「砕けろ!! そしてそのまま、地に臥せるがいいッ!!」


それはセレニウスの攻撃の勢いを利用して、更に威力を増していた。この一撃は、セレニウスにさえ通用するものだった。その一撃が直撃し、水切りの石のように飛んで行ったセレニウス。倒れた彼女の胴体からは、赤い血が流れていた。


 重傷を負いながらも、何とか立ち上がるセレニウス。咳込むたびに、彼女の口からは血が吹き出していた。胴体を押さえ、壊劫で身体を支える彼女の姿は酷く痛々しい。


(肋骨が、やられたか……。それに、内臓も……。これ以上戦闘を長引かせると、まずい……。だったら……)

「……この一撃で、終わらせる!!」


構えた壊劫と、空いた片方。その片方で、彼女は腰の永劫を抜き放ち、どうにか立ち上がろうとする。彼女が二刀を構える時。それは、彼女の絶技が放たれることを意味していた。こうでもしないと、彼女の敗北が確定してしまう。壊劫を、永劫を握る手に力が入る。それに対して、エリュプスはダメージこそ負っているものの、まだ倒れる気配すらない。


「終わらせる、だと? 馬鹿を言うな! 終わるのはお前だセレニウス!!」


エリュプスは大剣をセレニウスへ突きつける。そして彼女が動き出すその前に、その首を切り落とさんと踏み込んだ。狙いは正確。今のセレニウスにはそれを受けきる余力などない。巨大な凶刃が彼女に振るわれんとするその刹那、突如としてその動きが止まる。その瞬間に小さく立つのは、鎖がすれるような音。エリュプスを食い止めているのは、蒼と黒が混ざり紺色となった半結晶の鎖だった。そしてそれを放っていたのは、黒い淀みと蒼い奔流を纏ったリトスだった。その目は半ば蒼に染まりかけており、呼気にも蒼が混ざっていた。


「させない……! ペリュトナイのために……!」

「何だ、その姿は……! お前如きに、そんな力が出せるはず……!」


リトスのその姿は、はっきり言って異常だった。制御しきれていない天素がその身からも漏れだし、肌の一部も結晶化している。本来であれば、天素が暴発して死んでもおかしくない状態だ。しかし現状はどうであろうか。そんな姿を保ちながらリトスは天素を制御し、エリュプスが砕けないほどの鎖を以て彼を食い止めている。しかしリトスはそれに構っている場合ではない。エリュプスを拘束したその目的、それはただ1つだった。


「セレニウス! やれるよね!!」

「リトス……! ……ええ! ありがとう!」


リトスの目的は、大きな隙を作ること。今の彼では、この戦いの主役にはなれない。だからこそ、今の彼にできることは、『今の主役』たるセレニウスのサポートに徹することだった。彼が主役となるのは、これからの話だ。


「ぐ……! 解けん……! ここは私の空間だ……! そこで何故、私以上の力が……!」

「そんなもの、決まってる……」

「そんなこと、決まってるでしょう……!」


『覚悟と気合なら、僕/私の方が上だッ!!』


2人の言葉が重なる。2人の想いも、ここで重なっていた。エリュプスを囲むように、無数の壁が乱立する。それは、絶技の始まり。英雄たるセレニウスを英雄たらしめる、彼女の絶技の始まりだった。どうにか逃れようとするエリュプス。しかしどれだけもがこうと、鎖は音を立てるだけだった。そして、壊劫と永劫を翼のように構えたセレニウスが猛禽のように飛んだ。


「これで終わりだッ! エリュプス!!」


動けないエリュプスの脇腹に、壊劫の一撃が命中する。彼を吹き飛ばすのも容易な一撃は、しかし拘束のために彼をその場に留め、吹き飛ぶことで相殺できたはずのダメージを全て与える。セレニウスが飛んだ先、そこにあった壁を、体勢を大きく変えた彼女が蹴り崩して飛ぶ。翻った彼女が次に繰り出すのは、永く彼女と共にある永劫の一撃だった。吹き飛ばすほどの力と重さを持たないそれには、あらゆるものを裂くほどの鋭さがあった。銀の閃光が走るたび、赤黒い血が火花のように散る。壁が蹴り砕かれ、重い一撃が叩き込まれ、また壁が蹴り砕かれ、銀の閃光が走る。しかしそれらの一撃を食らい続けても、エリュプスの目から光は消えない。彼の抱く覚悟の力は、それほどまでに強いというのか。ここで悪いことに、アクシデントが起こる。


「どうしたセレニウス……! もう壁が少なくなってきたではないか……!」


セレニウスが蹴り砕いてきた壁。彼女の絶技の中継地点となるその壁の数が、徐々に減ってきていたのだ。普段の彼女であれば、追加での生成も容易であっただろう。しかし今の彼女にそのような余裕はない。故に、今ある壁だけでエリュプスを仕留めきるしかないのだ。だが今ある壁の数は5つ。それだけではエリュプスを仕留めることが出来ないことは、攻撃を受ける本人はもちろん、攻撃を仕掛けている本人でも容易に想像がついた。壁を蹴り崩し、壊劫の一撃を叩き込む。残り4つ。


「ゴフッ……。どうした、まだ足りんなぁ!」


血を吹きながらも、笑ってみせるエリュプス。それに言葉ではなく、壁を蹴る音と共に永劫の一撃で返し、腕を切り裂くセレニウス。残り3つ。


「ハハハ……! 英雄も形無しだな! その程度……」


エリュプスはもう血まみれだ。立っているのも、彼の執念の成せるものだろう。もう一度、重い壊劫の一撃を叩き込む。残り2つ。


「倒れろ……! どうしてそこまで立っていられる……!」

「私の救世の道は、ここで終わらない……! お前なんぞに断たれるものではないのだ!!」


それでもエリュプスは叫び続ける。その言葉に一切の悪意はなく、ただ純粋で力強い決意に満ちていた。それでもセレニウスは、その言葉を否定するかのように斬撃を繰り出す。残り1つ。


「これで、決まれッ……!」


セレニウスは最後の壁を蹴り砕き、飛ぶ。この一撃に、すべてが懸かる。彼女の絶技の最後は、壊劫と永劫の二刀による同時攻撃だ。それが、エリュプスに叩き込まれる。彼女が、今出せる最大限の一撃だった。


「グ……! フ、ハハハ!! どうだ、私の勝ちだ!! 私は倒れなかったぞ!!」


一撃を叩き込んだセレニウスの背後で、エリュプスは高らかに叫び、勝利を宣言する。決死の一撃は耐え凌がれ、幾多もの攻撃によってエリュプスを縛りつけていた鎖は砕けつつあった。セレニウスは攻撃の勢いのまま前方へ飛んでいく。しかし、ここで終わらない。


「セレニウス……! そのまま、体勢を変えて!!」


突如として、リトスが走り出す。彼の手には短刀が1つ。それは、少し前にセレニウスが彼に手渡した、ある『まじない』の込められたものだった。彼はそれを、あれ以来ずっと持っていたのだ。そんな彼が走り寄るのはセレニウスの着地地点。しかしそれは到底届く速度ではなかった。そこで、彼の取った行動は急ぐことではなかった。


「これを……、使って!!」


彼は手にあった短刀を、勢いよく投げつける。それはまるで彼女が張っていた壁の1つのように、地面に突き刺さる。その瞬間刺さった短刀が鈍く光り、そこに立派な壁が1つ現れた。それは、セレニウスが能力により生成する壁と同等の物であり、同時にそれは彼女の攻撃の手を1つ増やすことと同義であった。


「これは……! ええ、使わせてもらうわ、ねッ!!」


セレニウスは本能的に体勢を変え、壁を蹴ろうとする姿勢になっていた。本来ならそこにないはずの壁ができることを、彼女は予見していたのだ。壁に足がかかる。そしてそれを蹴り砕くと同時に、彼女は再び飛翔する。猛禽は何度も飛ぶ。その意志の尽きない限り、勇猛な飛翔は止まることは無いのだ。その再翔の一撃は、油断していたエリュプスに深く突き刺さった。


「グアアアアッ!? バカなッ!! それを、使うだとッ……!? だが……、一歩及ばなかったようだなァ!!」


その一撃は、油断していたエリュプスには重い一撃となった。それでも、彼はまだ倒れない。彼をそこまでさせるほどに、その覚悟は強いのか。


「どうしよう……! 何か、手は……!」


リトスはこのことまで想定していなかった。セレニウスであれば、必ず討ち果たすと思っていたからである。しかし現状は、先ほどと同じだ。正確に言えば、壁を張る手がなくなってしまったという点を加味すれば、先ほどよりも悪いと言える。どうすればいいのか。彼は考える。しかしその時間は無いに等しい。故に、彼は衝動的にある行動に出る。


「うわあああ! 飛んでいけ! 蒼護壁!!」


もう何もわからずに、彼は自身のもう1つの武器ともいえる蒼護壁をセレニウスの軌道上に飛ばした。考え無しの、まさに捨て身の行動。エリュプスの鎖も砕けかけ、今にも脱しようとしていたこの時に取るべき行動では、とてもない。


「血迷ったか! これで終わりだ! 何もかも!!」


だが、この行動は意外な形となって状況を覆すことになる。飛んで行った蒼護壁。それは小さなものではあったが、十分に両足が乗るほどの大きさがあった。そして、セレニウスはまたも無意識に身体を翻していた。まるで、これですら予見していたかのように。結果として何が起こったのか。答えは至極単純。蒼護壁を思い切り蹴り、セレニウスは最大限の飛翔を見せた。二刀を十字に構え、その絶技は新たな形となってそこにあった。


「____『エコー・エゴ・レゾナンス』!!」


最後に突き刺さったのは、鈍色と銀色の交差する十字の閃光。その一撃が入ったその瞬間、セレニウスはすでに攻撃を終えて、大地に立っていた。


「どう、して……。私の、覚悟は……」


そして二刀を収めると同時にエリュプスは倒れ、起き上がることは無かった。


「勝っ……た?」


リトスの問いかけにセレニウスは言葉を返さず、ただ拳を天に突きあげて答える。それは、英雄なりの勝利の証明。ここにまた、英雄セレニウスの新たな武勇が刻まれたことを示していた。


 長き闘いのその最果て。そこにあったのは覚悟に憑りつかれた狂王の敗北と、英雄たちの勝利だった。


 どうなっている。私の身体は何故動かない。まさか負けたとでもいうのか。ふざけるな。あり得ない。どうしてここで止まらなければならない。ああ、だが現実は無常だ。立ち上がろうにも腕はおろか、指すらも動かない。辛うじて動くのは、私の口だけだ。


「わ、たし、は……、何故、ここ、で……」


辛うじて紡ぐその言葉。それは掬いようもない問いだった。だが、何かが聞こえる。


「……貴方は、まだ何も知らない。だから、ここでその思いを通させるわけにはいかない。でも、私はその覚悟を、決して忘れはしない」


セレニウスの声。それは明確に、私の問いを掬い上げたものだった。


「では……、私は、なにを、すれば……」


一抹の希望にすがるように、私は再び問う。すくわれると、私は、しんじた。


「……私がしたように、多くを知る旅に出ればよかったのかもね。そうすれば、何をすればいいのかわかった、かもしれない」


かえってくる。だがそれは、なにもかもが遅い。ああ、もっと早くそれをしっていれば。そうすれば、なにもかもがもっと……。いしきがうすれる。私もここまでか。だが、なにもかもが消えるそのまえに。どうしてもわからない『あのことば』について、しっておきたかった。だがそれはかなわない。なら、それを、あたえてしまおう。私の全部を、ここで出し尽くすように。


「過酷な『セカイ』へ、立ち向かえ……! 捨てられた『底』で、救いよあれ……!!」


まだしたいことは、多い。だが、一旦はここまでだ……。せめて、つぎ、は……。


 エリュプスは動かない。もう、動くことはない。セレニウスは黙ってエリュプスの瞼を閉じさせる。その所作はまるで弔いのように。いかに憎むべき敵であろうと、彼女にとっては見てきた王族の1人だったのだ。一方でその亡骸はいつまでも残ることは無く、やがて黒い淀みに包まれると、空に溶けて無くなってしまった。それと同時に、この空間自体にも異変が生じる。


「全部が、崩れていく……。急いで脱出しなきゃ!」

「……ええ、そうね。……光は、目の前ね」


2人の目の前に、光の柱が現れる。それは、ここに来るために彼らが通った光と同じ輝きだった。リトスは真っ先に光に飛び込んでいく。セレニウスもそれに続こうとするが、光へと入っていくその直前にふと背後を振り返る。崩れだしているものの、そこにあるのは在りし日の風景だ。そこにあった熱狂も、当時のものだ。こだまする歓声は、まるで勝者を讃えているかのようにそこにある。だが闘技場が黒く淀んで崩れていくにつれて、その歓声はくぐもっていった。


「もう戻れない、のね」


名残惜しそうに、彼女は呟いた。しかしいつまでもここにはいられない。前へ向き直ると、彼女は光の中に入っていった。


 外の戦場は、うって変わって静寂に包まれていた。戦士たちが相手にしていた黒い獣の群れと巨獣の頭は、ある瞬間を境に全て消え去っていた。その状況に戦士たちは困惑するしかなかった。


「……セレニウス様だ」


シデロスがそう呟く。彼が手にしている魔剣は、いつも以上に黒く染まっていた。そしてその言葉を期に、戦士たちの視線が巨獣の胴体に向く。その中にあるものを、待ち望むように。そうしてしばらく経った頃。首の断面から何かが出てきた。すっかりボロボロになったローブを引きずり、杖を手にしたその少年は、向けられた視線を感じ取ると、ゆっくりと戦士たちに近づいた。


「リトス……!」


力のない足取りで歩くリトスに、シデロスは駆け寄る。そして倒れそうになった彼を、そっと受け止めた。


「大丈夫か!? こんなになるまで、よく頑張ったな……!」


シデロスの目から涙がこぼれる。彼にとってリトスは、大切な仲間ともいえる存在になっていたのだ。そんな彼らをよそに、戦士の1人が口を開いた。


「もう1人出てきたぞ……! あれは……!」


首の断面からもう1人が出てくる。背のバンドに壊劫を収め、腰には代名詞たる永劫が収まっている。セレニウスはもう限界が近かった。そして彼女が出てくると同時に、巨獣の身体は黒い淀みとなり、やがて霧散して消え去った。そして彼女はゆっくりと永劫を抜くと、それを天に掲げた。


「今この時を以て、この戦いは終結した!! エリュプスの支配はここで終わり、我らのペリュトナイがここに戻ってきたのだ!! 我らの……。我らの、勝利だ!!」


高らかに宣言するセレニウス。その宣言に、戦士たちは明確な言葉を出すでもなくただ勝鬨を上げる。勝利の言葉は、これに尽きると決まっているのだ。それと共に勝鬨を上げるセレニウスは、しかし突如倒れこんでしまう。


「セレニウス様!?」


慌てて戦士たちが駆け寄り、彼女を介抱する。騒然としていた戦士たちは、しかしすぐに落ち着きを取り戻す。


「……気絶しているだけ、か?」

「……よっぽど、激しい戦いだったんだな」


戦士の1人が彼女をおぶさろうとする。しかし彼女が背負う壊劫の重さに、一瞬その姿勢がぐらついた。


「……帰ろう。俺たちの街へ。……新しい、始まりの街へ」


そして戦士たちは1人、また1人と歩いていく。その様子を見ていたシデロスも、リトスをおぶさり立ち上がる。


「さあ、俺たちも帰ろう。……アウラが待ってるぞ」


こうして、シデロスも歩き出した。激しい戦いの跡を残した王都を、朝日が照らす。それは、新たな始まりを祝福するかのように戦士たちの背を照らした。


 かくして、ペリュトナイでの戦はこうして幕を閉じた。その先にあるものは、誰にもわからない。しかし、それが希望に満ちていることだけは確かだった。そしてこの戦いは後に、ペリュトナイの古い言葉から取られ、『クティノス戦役』と呼ばれることになる。

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