35.蒼星、銀星、獣王轟声
おうじはとても熱心でした。勉学に励み、武術を学び、そして誰にでもよき人であり続けました。そんな彼を、誰もが愛しました。
セレニウスとリトスは、一切怯むことも無くエリュプスに立ち向かう。その手に握る各々の得物に入る力が強まり、戦いの新たな展開を予感させていた。そんな彼らの前で、エリュプスが体勢を持ち直した。
「魔術師とは頭の固い者ばかりだと思っていたが……。スクラの教えを受けたな。いいだろう……。小僧、お前を敵と認めてやる! ここからは本気で戦ってやろう……!」
纏っていた上衣を脱ぎ捨てると、エリュプスは牙を剥き爪を立てる。その姿はまさしく獣。しかし先ほどと決定的に違うのは、その身から漏れ出る異常な凶暴さだった。今ここにいる獣は、先ほどの獣とはまるで違う。そのように、2人は感じたのだ。しかしその凶暴さを存分に発揮しながらも、エリュプスはどこか落ち着いていた。ゆっくりと辺りを見渡し、全体を確認している。
「……狭いな」
ぽつりと呟くと、エリュプスは拳を握りしめる。そしておもむろに、床へと強烈な一撃を叩き込んだのだ。玉座の間全体が、それどころか城全体が大きく揺れるほどの衝撃が発生し、破壊が全体に生じる。すでに伝播していた亀裂へと、新たに発生した亀裂が合流して更に広がっていく。そしてそれは、一撃では終わらない。
「戦いの舞台を用意しよう! それまでに生き残れん程の弱者ではなかろう!!」
壁へと、更に床へと一撃が叩き込まれていく。その攻撃たちの果て、遂に城は限界を迎える。
「まずい……! リトス! 自分の身を守ることに……!」
セレニウスが最後まで言い終わる前に、その時は訪れた。幾度目かの衝撃が走った後、玉座の間が崩壊を始めた。柱が崩れ、天井が崩落していく。そして落ちてきた瓦礫によって、床さえも崩れていく。その崩落と共に、リトスたちは落下していくのだった。
瓦礫と共に落ちていく中で、リトスは冷静だった。杖を手にして天素を励起させ、生じる奔流によって勢いを殺そうとしている。そして万が一のことも考え、能力で自身を硬化させていた。これが、今のリトスにできることだ。そして、それは間違いではない。むしろ模範解答と言っても差し支えないだろう。しかし、それは決して満点ではない。何故ならば……。
「敵と認める、と言ったぞ! この隙を見逃すわけがないだろう!」
「何だって……! この状況で……!?」
落ちていく瓦礫。それをまるで地面であるかのように、エリュプスは渡って移動していたからである。その動きに一切の躊躇もなく、狙いはリトスに定まっていた。そして今のリトスに、迎撃するほどの余裕はない。その距離は、瞬く間に詰められていく。いかに頑丈な硬化ができるリトスとて、流石に限界はある。エリュプスの本気。これに容赦なく蹂躙されれば無事では済まないだろう。しかし、この場でそれが出来るのは1人ではなかった。
「それは私も、同じこと!!」
「むううう! セレニウス、貴様……!」
エリュプスの爪がリトスに届くその直前、リトスの背後から躍り出たのはセレニウスだった。上へと振るわれた壊劫は、エリュプスの攻撃の軌道を大きくずらすことに成功した。
「セレニウス……! ありがとう……!」
「着地の準備、出来てるよね!?」
「当然! ところで、セレニウスは?」
「私は……、こうする!」
策があるかのような口振りのセレニウスだが、彼女は既に加速して落下している。エリュプスを弾き飛ばしたその一撃は、何もリトスを守るためのものではなかったのだ。勢いよく落下していくセレニウスが、地面へと迫る。それを察知して、彼女は壊劫を地面に突き立てんとするように構えた。
「ふんっ!!」
その構えの通り、壊劫が地面に突き刺さり、それと共にセレニウスが着地する。地面に突き刺さった壊劫は、その周りに地割れを発生させるほどの力を発散していた。一方、着地したセレニウスは何ともなさそうに壊劫を引き抜く。そんな彼女の様子を確認しながら、リトスは天素の奔流と共に体勢を立て直しながら着地した。
「おとと……。セレニウス、どうやったの?」
「着地の衝撃を全部壊劫に肩代わりしてもらったわ。流石、レキ君の剣ね。普通のじゃこうはいかない」
若干ふらつきながらも着地したリトス。そんな彼に少し遅れる形で、またひとつの落下があった。それは着地したかと思えば、舞い上がった土煙から殺意と共に躍り出た。
「セレニウス……!! 貴様……! 貴様!!」
「恨みは無しでしょう! さあ、始めるわよ!!」
爪と刃。交差するその武力越しにぶつかるのは互いの信念。舞台を地上に移し、戦いは第2ラウンドへと移行していく。
崩落し、天井から僅かな月明かりが差すこの場所は、王城の1階部分に当たる箇所である。もはや何に使われていたのかさえ定かではないここは、長い時を経て明確な役割を持つに至った。薄く儚い灯りの下で、火花と結晶が飛び交って、刹那の煌めきを放っている。
「これを喰らえ!」
「そんなもの効くか! その完成度でよくもここに立とうと思えたな!」
次々と放たれる結晶の槍が、当たる前に砕かれて散っていく。結晶片が月明かりを反射して輝く様は、まるで星空のようであった。だが、それに見惚れる者は誰もいない。
「今度はこっち!」
「もう当たるかそんなもの! すでにそれは見切ったぞ!」
魔術の合間を縫うように放たれる壊劫の連撃は、しかしエリュプスに当たることはない。寸前で避けられて空を切る。そこでセレニウスが、思わぬ行動に出る。
「……これはもう通用しない、か」
「……ほう、何のつもりだ?」
セレニウスが壊劫を収める。代わりと言わんばかりに、彼女は腰に差されたものに手をかけた。その瞬間に、セレニウスの纏う雰囲気も変わる。
「私も戦い方を変えることにするわ」
「……それが、どうしたというのだ!」
それを目にして、エリュプスは警戒の色を見せる。しかしそれに飲まれることもなく、果敢に飛びかかっていった。これまでで最速の踏み込み。リトスや、先程までのセレニウスでは対応できないほどの速度であった。それに対してセレニウスは動じない。ただ、柄に手をかけたまま、動かずに待ち構えている。
「……動かないとは、どういうつもりだ!!」
エリュプスが狙うのはセレニウスの首筋。噛みちぎるための牙を。切り裂くための爪を。彼はそれらを構えて、狙い澄まして、確実に迫っていく。
「……終わるのは一瞬だよ」
「ッ!?」
狙いは完璧だった。確実に当たる一撃だった。しかしそれらは全て、唐突に放たれた強力な一手に阻まれて止まる。刹那の輝きが如く銀の閃光が走ったかと思えば、まるで雷撃のように強く放たれる。周囲の結晶と相まって、まさにそれは一段と大きな星の輝きだった。それが、突き出されたエリュプスの腕へと吸い込まれていく。避ける手立てなど、あるはずもなかった。
「……これが私の、『
「ぐ、おおお……! き、さま……!!」
セレニウスの後方で、どさりと何かが落ちる音がした。それをしっかりと見ていたのはリトスだった。彼の目に映っていたのは、鋭い鉤爪を備えた暗い金の毛並みを持つ荒々しい獣の腕。まごう事なき、エリュプスの腕だった。
「セレニウス……!」
「まだ、終わっていない」
抜き放たれた永劫。しかし、それはまだ帰るべき場所に帰っていない。かつて彼女が獣に放ったように、それは翻って戻る。
「これも含めて、永劫断!!」
放たれた時と同じような速度で戻されたそれは、しかし今度は確実に何かを断つことはなかった。咄嗟に下へと避けたエリュプスのたてがみが、一部裂かれて散らばった。咄嗟に体勢を低くしたエリュプスの顔には、明らかな焦りが見てとれた。右腕だけで器用に体勢をコントロールして、エリュプスは隙を見て後ろへと飛び退いた。
左肩からドス黒い血を流しながらも、エリュプスは立ち続ける。決して諦めることもなく、決して膝をつくこともなく。いつの間にか月が天高く昇り、エリュプスを明るく照らしている。それを浴びて、エリュプスは天を仰いだ。そして、ニヤリと笑う。
「そうだ……。我は、まだ終わっていない!!」
その言葉の後、介入する間も無く突如としてエリュプスが遠吠えを上げる。月へと届かんばかりに響くその咆哮は次第にその数を増していき、少し経つ頃にはまるで大合唱のようにこだましていた。その異様な状況に、セレニウスとリトスは動けずにいた。そして、その頃にはもう遅かった。
「いつの間に…-!」
「これは、何をするつもりなの……?」
遠吠えと共に、多くの獣がこの場に集まっていた。その数は数えることすら不可能なほど。今いるこの場所を埋め尽くさんばかりに集まっていた。それらを背後に従えて、エリュプスは高らかに吠えている。すると、1頭の獣がエリュプスに近づいていく。それが彼に触れて、牙を立てる。すると、それはまるで同化するかのようにエリュプスと融合していった。それを皮切りに、背後の獣たちも続いた。融合が進むたびに、エリュプスは肥大化していく。
「まずい……!」
先に動いたのはリトスだった。彼は杖を構えて結晶槍を放ち、少しでも獣を止めようとする。槍を喰らい、倒れる何頭かの獣。しかしそれはほとんど意味をなしていない。それほどまでに、獣の数と勢いは凄まじいものだった。エリュプスの肥大化は止まらない。その形を獣から程遠いものに変えながら、なおも獣らしい咆哮を上げ続けている。そして残った獣が少なくなってきた頃に、その塊の姿が再び変化を始める。
「な……! これは……!」
「エリュプス……。貴方は、どこまで……!」
無数の獣が混ざったように、それは多くの頭を持っていた。吠え立てていた月すらも食らわんばかりに、それは大きく裂けた口と爛々と輝く金と真紅の6つの眼を持っていた。そして根源から這い出たように、それはドス黒い毛並みを持っていた。大地を蹴り砕いて走らんとするその四つ脚。なびかせる風さえ支配せんばかりのたてがみと尾。そして、城すらも凌ぐ巨躯は、まるで君臨する王の如き風格を併せ持っていた。
「平伏し、被食を乞え! 獣の王たる我が前に!! これぞ我が能力、『フェリオンの
天を衝く程に巨大な獣となったエリュプスは、ペリュトナイの全てを睥睨していた。
場所は移り、ここは王都へ向かう道。
「……何? そうか。……誰か、付き添ってやれ」
「……すみません。私も、戦えればよかったのですが……」
「構わん。……ここでお前を死なせたら、カルコス殿に申し訳が立たんからな」
「……! ……そうですか。……悲しむのは、後ですよね」
男たちと少女。向かう者たちと去る者。向かい風1つと無数の追い風。その交差は、天高い月を境に背を向けていったのだった。
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