34.対峙、大敵、意志不退

 あるところに、ひとりのおうじがいました。おうじはとても強く聡明で、そして何よりも賢い少年でした。故に、その知識欲はとどまるところを知りませんでした。


 大広間から玉座の間までは、それほど離れているわけではない。ただ何もない暗い廊下1つと、その先にある扉。それを超えてしまえば、最後にして最大の激戦の火蓋が切って落とされるのだ。そんな廊下を歩む者が2人いる。


「……いよいよ、これが最後」


セレニウスの壊劫を担ぐ手に、力が入る。つい最近この戦いに参戦したリトスには実感が薄かったが、セレニウス達ペリュトナイの民たちはこの戦いを3年続けている。長き時を生きるセレニウスと言えど、自身の故郷が長く危機に晒されては、とてもではないが気が気ではないだろう。彼女がこの廊下を歩ききり、扉を開け放った瞬間にすべてが変わるのだ。彼女が勝とうと負けようと、ペリュトナイには大きな変化が訪れる。それほどのこと背負い、気付けばセレニウスは扉の前だ。その後ろに、リトスも付いていた。


「……大丈夫、だよね」


リトスは不安げであった。彼自身日が浅いとはいえ、これまでそれなりに獣とは戦ってきた。彼でも、獣たちを倒すことが出来てはいたが、そんな中で彼はあることを思うようになった。それは、獣たちの底知れなさだった。いくら倒しても、獣たちは無尽蔵に現れる。更には通常とは違う異質な獣や、ナイトコールズという存在まで現れた。それらを従えている『エリュプス』とは、いかなる存在なのだろうかと。リトスの呼吸が荒くなる。無意識に抱いていた恐怖が、表面に現れ始めたのだ。


「リトス。今ならまだ間に合うよ」

「……何を、今更」


セレニウスはリトスに声をかける。しかしそれを言い終わる前に、リトスは言葉を遮った。恐怖は、瞬時に振り切っていた。


「僕は自分の意思でここにいる。あの頃の、意志の無い僕はもういない」


毅然とした態度でリトスは言い放つ。明確な意思と共に言い放たれた言葉を、セレニウスは振り返るでもなく受け止める。その言葉の中の覚悟を、彼女は受け止めたのだ。


「……ごめんね。貴方のことを侮って。なら、これから踏み込むよ」

「……うん」


セレニウスは壊劫を構える。そして一瞬の間を置いた後で、勢いよく扉へ一撃を叩き込んだ。


 重い音と共に扉が外れて倒れ、2人は玉座の間に足を踏み入れる。辺りのよく見えない暗い空間では、たった1人が侵入者を待ち構えていた。


「……エリュプス」

「……久しいが、嬉しくはないな」


セレニウスの声に、空間の奥から青年の声が返ってくる。暗闇で微かに見える青年が手を掲げると、玉座の背後にあった幕が取り払われる。そこから現れた巨大な窓から、淡い月光が差し込んだ。月光に照らされる玉座に君臨するエリュプスは、侵入者2人に視線を飛ばしている。


「……ああ、その小僧が例の。何ともまあ、貧弱な姿だな」


視線がリトスに移ったかと思えば、出てきたのは軽んじるような嗤いだった。その直後、エリュプスへと蒼い塊が飛んでいく。砲弾のように飛んで行ったそれは、しかしあっさりとエリュプスの手で受け止められる。それが軽く握られたかと思えば、即座に砕けて霧散した。


「戦闘もこの体たらくか。よくもまあここに来ようと思ったものだ」

「……そう」


即座に、セレニウスが飛んだ。構えられた壊劫と共に飛んだ彼女は、真っすぐにエリュプスへと狙いを定めていた。飛んでから一瞬で、玉座にて激突音が鳴り響いた。しかし、その音と共に倒れた者はいなかった。


「それが……、貴方の……!」

「おお、怖い怖い。やはり最大の敵となるのはセレニウス。お前だったのだな……!」


横薙ぎに胴体を狙って振るわれていた壊劫。それを両手で掴んで受け止めていたのは、暗い黄金のたてがみをなびかせる細身の獣だった。その見た目に似合わないほどの力が、その獣にはあった。


「これではイミティオも歯が立たんわけだ……! ならば我が、散った者たちの分まで戦わんとなあ!!」


これまでの獣以上の勢いで、エリュプスは吼える。そして掴んでいた壊劫ごとセレニウスを放り投げた。こうして、最後の戦いが始まるのだった。


 月光だけが照らす玉座の間で、破壊を交えた激闘が繰り広げられている。相対するはセレニウスとエリュプス。共に、互いの陣営の最高戦力同士だ。爪牙と剣がぶつかり合って火花が散る。それが、息もつかせないほどの勢いで繰り返され続ける。まさにその様子は、息の合った舞踏のようでもあった。だが互いに抱く感情は、敵意と殺意だった。


「貴方を討って、この戦争を終わらせる!!」

「お前を屠って、我が支配を完全にする!!」


振りぬかれた壊劫の重い一撃と、鉄すら裂かんばかりの鋭さで振るわれた鉤爪の一撃がぶつかり、一段と大きな音と共に火花を散らした。


「お前と戦うのは、随分と手間になる……! 鬱陶しいことこの上ないっ!!」

「負けさえ認めれば、その鬱陶しさから解放される!!」


互いに一撃を入れようと、ぶつかり合ったまま力を加える。しかし力は、セレニウスの方が上だった。エリュプスは少しずつ押されつつあった。ここでどういうわけか、エリュプスが口角を吊り上げた。


「いいや。それ以外にも鬱陶しさから解放される方法がある……!」


エリュプスが言い放ったその直後、突如として壊劫が空を切って床に叩き込まれる。広範囲にヒビが広がるが、そのヒビの範囲にエリュプスの姿は無かった。


「憂さ晴らしだ!! 死ねぇ! 小僧!!」


最大加速時のアウラもかくやという凄まじい速さと勢いで、エリュプスはリトスへと突撃する。その鉤爪を鈍く月光に輝かせ、エリュプスは止まらない。その後、一瞬の間を置いた後、激突音と崩落音が響いた。


 崩落した瓦礫を前にして、エリュプスは立っている。その視線は冷たく、瓦礫に向けられていた。憂さ晴らしと言っていた彼の態度は、しかし憂さ晴らしがされたものとは程遠いものであった。


「手応えが鈍いな……。小僧、生きているのだろう」


エリュプスは瓦礫へと問いかける。しかしその問いに対する返事は無かった。しかし代わりと言わんばかりに、瓦礫の隙間から蒼い光が漏れだした。直後、瓦礫を吹き飛ばして何かが飛んだ。


「……小僧。いい度胸をしているな」


飛んできた蒼い結晶槍を、エリュプスは易々と避けてみせる。標的を失った槍は、後方にあった窓に突き刺さると霧散した。窓全体に、亀裂が走る。


「……ちょっと、暗すぎると思わない? 少し明るくするよ……」


窓に走った亀裂から、淡く蒼白い光が漏れだす。しかしそれは、エリュプスには無意味なことだった。立ち上がったリトスの頭を、エリュプスは掴み上げる。


「訳のわからん小僧だ……。それにこの硬さ。セレニウス以上か……? であれば、こうする他ないな!」


リトスの頭を掴んだまま、エリュプスは思い切り壁に叩きつける。壁の一部が砕けたかと思えば、その勢いのまま思い切り床にリトスを投げて叩きつける。そして倒れたリトスの頭を、エリュプスは勢いよく踏みつけた。その一撃は、床に大きな亀裂を走らせることになった。


 玉座の間は、一瞬にして破壊に塗り替えられた。そして差し込む光も、どこか強くなったかのように空間中を照らしていた。それはまるで、夜なのに昼間であるかのように明るいものだった。


「小僧……。まだ終わりではないぞ。お前が潰れるまで、何度でも繰り返そう……!」

「リトス! クッソ……、なんてことを……!」


セレニウスは再び壊劫を構えて突撃する。しかしエリュプスは、飛んできたセレニウスを思い切り殴りつける。その勢いを逸らされて、彼女は横方向へ吹き飛ばされる。


「猪突猛進も、飽き飽きだ! もう少し頭を使ったらどうなんだ!!」

「く、そ……! 痛いなあ、もう……!」

「お前はそこで見ているといい! この小僧を屠った後で、再開しよう!」


倒れているリトスを拾い上げるように、エリュプスは首を掴んで持ち上げた。リトスの意識はまだ残っている。その目は、エリュプスを睨み付けていた。


「一思いに屠ってやれなくてすまないなあ……。ノコギリのように、じっくりと首を切り離してやる……!」


鉤爪が、リトスの首へと迫る。しかしリトスの顔には微塵の恐怖も無い。まるで彼の意志に呼応するかのように、彼の手に持つ杖も光を放っていた。空間も、次第に明るくなっていく。


「……鬱陶しい光だ。これも、お前を屠れば全て消える……!」

「……!」


リトスの手にある杖が、次第に光を増していく。窓から差し込む光も同様だ。そして、光は限界まで輝いた。


「待て……! この光は……!」

「遅、かったな……! 気付くのが!」


首を絞められ声がくぐもりつつも、リトスはそう言い放つと杖を掲げる。その直後、部屋に満ちていたすべての光が窓へと集まると、そこから一条の光がエリュプスへと放たれる。まるで流星のようなその光は、無防備になっているエリュプスの背中に直撃することになった。


「ゴアアアアアア!! 何だと……! お前のような小僧が、これほどの魔術を……!?」

「さあ……。どういうことなんだろうね……。僕もびっくりだよ……」


その一撃は、明確なダメージとなってエリュプスに直撃していた。解き放たれたリトスは、出来る限りの距離を取ってセレニウスの元へ駆け寄った。


「大丈夫、だよね」

「……ええ。リトス、強くなったわね」


差し出されたリトスの手を借りるでもなく、セレニウスは立ち上がる。ほんの少しの間に、状況は大きく動いた。戦いは、まだ始まったばかりである。

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