33.凍結、焦血、意志豪傑
オブリヴィジョン人物録vol.5
ホタルビ
種族:ナイトコールズ
位列:ディシュヴァリエ
異能:
好き:よく燃えるもの、混乱
嫌い:自身の邪魔をする者、影のようなディシュヴァリエ
ペリュトナイ支配派の王であるエリュプスに与する、少年の姿をしたディシュヴァリエ。全身が炎でできており、物理的な肉体を持っていない。本来はちゃんとした肉体を持っていたが、過去にあるディシュヴァリエによる実験を受けた結果、肉体を喪失するに至った。
悲鳴を上げるでもなく。あるいは、悲鳴以上の苦しみが彼女にあるのだろうか。全身を炎に焼かれたアウラは、力なく倒れる。セレニウスの策も通用せず、攻撃を通す手段も無い。この状況は、まさに絶望的であった。さすがのセレニウスも、これには動揺を隠しきれない。
「……流石に、これはまずい……!」
「ああ……。オマエたちはもう終わりだ。ボクの仕込みにだって、ここまで気付かないままなんだからな」
「……? どういう……?」
今なお勢いを増すホタルビは、歪んだ嗤いを見せる。その様子に怪訝そうなリトスだったが、彼の姿勢はどこか不安定だ。
「息が、出来ない……!? これは、なんで……」
「そこの女が、さっきやろうとしたことと同じことだよ」
リトス膝を付く。息を切らせるその様子は、明らかに何か異常をきたしているものだった。そしてそれは、リトスだけではなかった。
「私が、やろうとしたこと……。まさか……!」
「酸素を断たれるって辛いよなぁ? ……同じ目に合っとけよ」
セレニウスさえも、この状況には膝を付いて苦しんでいる。今のこの状況で、リトスは意識を保つのがやっと、という状況だった。
「う、えええええっ!!」
「汚いなぁ……! ボクは汚いのが嫌いなんだよ!」
嘔吐するリトス。その顔色は悪く、明らかに体調が悪くなっていた。忌々しそうに、ホタルビは炎の塊をリトスに投げつけた。避けることもままならず、守る魔術すら行使できない。あっけなく、リトスは炎に包まれるのであった。
全身が酷く痛む。呼吸さえも苦しい。僕の目の前に広がるこの景色は、いつか見た赤い光の差し込む空間だった。ただしそこはあの時とは違って、一部が燃えていた。痛みを端に置いて辺りを見渡してみると、奥で僕を見つめる少女がいた。
「メガロ、ネオス……?」
「相当まずいことになってるようだね。大丈夫そう?」
メガロネオスは僕の姿を見て、心配そうに語りかける。あまりにも見てくるから、僕も自分の身体の様子が気になってしまう。
「これは……、酷いもんだね」
一部が焦げた服。火傷を負ってしまった身体。ついでに思い出す先ほどの炎。僕は思い切り炎に焼かれていたはずだ。逆にここまで抑えられているだけ幸運なのかもしれない。とは言え、痛いものは痛い。僕の身を縛る重い鎖も、あの時よりも重く苦しく感じる。
「今すぐ戻らないと……。アウラとセレニウスが……!」
「待って。そのまま戻ってもどうしようもないんじゃない? 冷静になりなよ……」
動こうとする僕の肩を、メガロネオスが掴む。ジャラリと音を立てる鎖は、無常に僕を押さえつけている。しかし彼女は、僕の目をじっと見つめている。
「いい? 貴方ではあの炎の怪物を倒すことはできない。……さっきまでの貴方なら、ね」
彼女は静かに笑う。まだ希望があるのだと、その目は物語っていた。しかしいまいちピンと来ない。そんな僕の様子を見てか、彼女は困ったように笑うと僕の額に人差し指を当てた。
「私のことを思い出してよ。私の力を。……貴方自身の力を、ね」
「僕自身の、力? それって、どういう……」
僕が聞き返そうとしたその瞬間、空間に赤い光が満ち始める。それに伴って、僕の意識もだんだん薄れていった。
「さて、そろそろ戻らないとまずそうよね。頑張っていってらっしゃい。大丈夫。勝てるよ、貴方は」
手を振る彼女の姿が、朧げになっていく視界に入る。そして、僕の意識は現実へと戻っていく。その刹那、本能的に僕は理解が出来た、ような気がした。
大広間には、惨憺たる光景が広がっていた。倒れるリトスとアウラ。それに、動けずにいるセレニウス。そしてそれらを睥睨する、燃え盛るホタルビ。セレニウスすら動けずにいるこの状況は、考え得る限りでは最悪に近いものだった。
「フフ、ハハハハハ……! ボクが、英雄セレニウスにとどめを刺すんだ……! 伝説に終止符を打つんだ……! 見てるかよ! イカれ影野郎が……! 不用品と罵ったこのボクの方が、オマエなんかよりもすごいんだよ……!」
その叫びは何に向けられたものか。それを気にする者はここにはいない。ただホタルビのみが、目の前の勝利に歓喜している。そして、その目は最後の標的であるセレニウスに向けられる。
「……最後だから、何か言いたいなら聞くよ?」
余裕の表れか、ホタルビはセレニウスに言葉を投げかける。動けずにいる彼女も、まだ意識は消えずにいた。しかし、意識と共に失われていないものがあった。
「はあ……。こんなに苦しいのはいつぶりかな……。でも、負けてないよ」
「何?」
セレニウスの言葉は、ホタルビの想定していたものとは違っていた。セレニウスはまだ希望を抱いていたのだ。ホタルビはそれを認めたくないのか、再び炎を燃やす。
「これ以上何ができるっていうんだ! オマエは動けていないのに、これ以上誰が何をするっていうんだ!」
「今にわかるよ……。そして、貴方の負けはもう決まっている……!!」
セレニウスは言葉を絞り出す。そしてその背後で、何かが動く音がした。それにホタルビが気付いた時にはもう遅かった。
「嘘だろ……。なんで、アイツが……!」
「行け!! リトス!!!」
既に勢いを失った炎の中から飛び出したのは、天素の奔流を纏ったリトスだった。彼は杖に刃を展開し、凄まじい速さでホタルビに突撃していく。その姿から、魔術で力を底上げしているのは明らかだった。
「力を借りるよ……。メガロネオス! うあああああああ!!」
その足取りは不確かながらも、確かな速さでホタルビへと向かっていった。その速さに、ホタルビは反応しきれないでいた。しかし、やっていることはただの特攻でしかなかった。
「バカが!! それは効かないってわからないのか!!」
「それが、どうした!! 行け! メガロネオス!!」
リトスは槍のように杖を構えると、それをホタルビの胴体へと勢いよく突き出す。自身の身体を炎に投じながらも、その刺突はぶれることなく真っすぐ突き刺さり、刃がホタルビの胴体を貫通したところでそれは砕けて霧散した。そして何もなくなった杖を構えたまま、リトスはホタルビの目の前で崩れ落ちた。
「う、あ……」
「驚かせやがって……! でもこれで終わりだ! 今度は、灰になるまで……!」
目の前で倒れる無力なリトスを、ホタルビは燃やすべく動こうとする。しかし、そこで異変が起こった。
「……なんだ。ボクの、身体が……」
ホタルビの炎は、変わらずに燃え盛っている。しかしその揺らめきは次第に鈍くなっていくと、やがて炎の形のままで動かなくなった。そしてそれは、ホタルビの全身に伝播する。
「テメェ何しやがった……! ボクの身体が、固まっている……!?」
「これが、僕のメガロネオスだ……。揺れるんなら、固めればいい……。今のお前は、ただの灯りだ!」
動けずに、その場で立ち尽くすだけのホタルビは驚愕する。あれだけ自由に動けていたはずの身体は、既にうんともすんとも言わない石のような塊になっていた。
「だがこれではボクを倒せない! 動けなくても、周りの炎で焼くことはできるんだよ!」
「そうなる前に、終わらせるんだよ! ……そうだよね!」
リトスの叫びと共に、また何かが動く音がする。この場において、奇跡の復活を遂げることが出来るのは1人だけだ。
「今だ! アウラ!!」
「……ありがとうございます。私は、また戦えます!」
再び吹き始めた風は、周囲の炎をかき消す。そして、その風は奇跡を呼び戻すことになった。
「クソ、アマがァ!! またそのくだらない風か! ふざけやがって!!」
炎すら残らず、ただ灯りが1つ残るのみとなった大広間に、叫びが虚しくこだまする。しかしそれも、風にかき消されて聞こえなくなってしまう。だが、ホタルビはまだ叫ぶ。
「ふざけんじゃねえ! ボクはもっと混沌を見るんだ! こんなところで……!」
「イタズラはここまでです。……今の貴方は、まさに風前の灯なんですよ……!」
叫ぶホタルビに、アウラは対峙する。ただ刺剣を構え、その身の周囲に風を纏う。それに、ホタルビは戦慄する。
「ちくしょおおおお!! 嫌だ! ボクはまだ消えたくない!! 固めやがって! クソが! クソが! 解けよおおおおおお!!」
「……さようなら。次は人を暖かく照らす、穏やかな火になってください」
そして、アウラは前方に跳躍した。まるで風に乗るかのように、或いは風と一体化するように、ホタルビ目掛けて向かっていった。
「灯を消す、風はここに……。私は一時、暴風となる……!」
アウラの言葉は、勢いを増した風にさらわれてかき消される。だがそれは、確かに彼女の中で力となっていた。
「『
アウラの叫びと共に放たれるのは、まるで暴風雨のような斬撃の雨。それは固まったホタルビの身体を少しずつ削っていき、やがてホタルビの中にあったひときわ輝く塊に傷をつけた。そしてその塊に、アウラの剣先が突き通る。直後ガラスが割れるような軽い音と共に、ホタルビの身体から輝きが薄れていった。
「……さようなら」
ホタルビから引き抜いた剣を鞘に納めるアウラの目の前で、色を失った灰色の塊が崩れ落ち、それは灰のようになると風に吹き散らされて消えてしまった。今の大広間には、ただ風の音だけが響いていた。
風も止んだ大広間では、3人が傷を癒していた。一時動けなくなっただけで、外傷自体は軽微だったセレニウスは、自身が持っていた治療薬を、リトスの身体にある火傷に振りかけていた。
「痛っ! いたたたた……」
「我慢してリトス。まったく。無茶しちゃって……」
振りかけたそばから、リトスの傷は癒えていく。スクラの作った治療薬の効き目は、相変わらずだった。
「あ、無くなっちゃった」
「……大丈夫だよ。これぐらいなら、もう動ける。ありがとう。でも、大丈夫なの? セレニウスの分……」
「ああ、いいのいいの。私は大したことにはならなかったからね。それよりも……。アウラ、そっちも治療をすませちゃって!」
治療薬の瓶を手にしているアウラ。中にある蒼白い液体は、アウラの外傷を治すのには十分な量だった。しかし彼女はリトスに近づくと、その瓶の中身をリトスの残っていた火傷に振りかけた。
「え……。アウラ……?」
「ちょっと、一体何を……!」
中身のなくなった瓶を懐にしまうと、アウラは静かに微笑む。
「私は、ここまでです。リトス、セレニウス様。この先には、2人で行ってください。私は街に戻って、スクラさんから治療を受けます」
「でも、この先の戦いではアウラの力が……!」
リトスの言葉に、アウラは静かに首を横に振る。
「あの規模の火傷。絶対に後に響きますよ。あのまま行けば確実に良くないことが起こる。そう思ったんです。……それに」
言葉を詰まらせるアウラ。その言葉の端は、僅かながら震えていた。
「私は、恐怖してしまいました。この先に行っても、戦える気がしません。……情けない話ですけど、力を全部使ってしまいました」
アウラは足を引きずりながら、大広間の入り口に向かって歩いていく。それを止める者は、この場には誰もいなかった。
「……戦士よ、勇猛たれ。しかしその命、失うことなかれ。……よく戦ったわねアウラ。貴方は立派なペリュトナイの戦士よ。だから……」
セレニウスは背中の壊劫を抜き放ち、肩に担ぐ。リトスも蒼護壁を展開し、自身のそばに浮遊させる。2人とも、準備は万全といった様子だった。
「「後は任せて」」
リトスとセレニウスの言葉がシンクロする。長き戦いは、いよいよ終わりへと向かっているのであった。
暗く広い空間。その中で微かに揺らめいていた小さな炎が消える。
「……ホタルビ。そうか、お前までもが……」
玉座に座るエリュプスは、静かに前に目線を向ける。その先にあるのは、固く閉ざされた大扉。その先に迫っている強者に、彼は冷たい視線を向け続けている。
「……最後までお前なのか、セレニウス」
そしてその目には、溶岩のような激情が煮えたぎっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます