32.不屈、不滅、意志不穏
ナイトコールズが持つ、不思議な力。人間たちの持つ『能力』とは異なる力。それは『異能』と呼ばれる、魂が吠え立てる渇望の声である。
ナイトコールズ調査書・ディシュヴァリエの章、序文より
炎が消えた大広間。ただ1つ燃え盛るのは、怒る炎の怪物と化したホタルビだった。その様を恐れることもなく、3人の戦士は戦いに臨む。
「よくわからないけど、これでこっちが優位になった。ってことでいいのかな?」
「はあ……、はあ……。ここから、反撃です……!」
壊劫を担ぎ、永劫を突きつけるセレニウス。ニヤリと笑うその顔には、明らかな勝算があった。アウラも体制を立て直し、闘志を再びその身に宿す。しかし、ホタルビは更に勢いを増して燃え上がる。
「ふざけるな……! 例え転移ができなくなろうと、ボクを傷つけることなんてできるわけないだろうが!」
「やってみなきゃ、わからない!」
吼えるホタルビに対し、リトスは屈することはない。守りを、攻めを備えて、ただ戦士としてそこにあった。そこにもう怯えるだけの弱い少年はいない。半人前だろうと、彼は既に戦士であった。数刻の沈黙。炎の燃える音だけがある静寂を打ち破ったのはどちらであったか。兎にも角にも、ここに戦いの炎は再燃する。
最も速く動いたのは、またしてもセレニウスだった。床を踏み砕かんばかりの勢いで地を蹴ると、ホタルビに向かって今度は壊劫を振りかぶる。その重さに見合わない速さが、そこにあった。
「壊劫、回帰!」
「無駄に決まっているだろう! 炎を切れるかバカめ!」
しかしいかなる速さを、重さを持っていようと、炎たるホタルビを切ることは叶わなかった。そしてそのまま、反撃とばかりに炎の奔流がセレニウスを襲う。
「熱っ! だったら、これならどう!?」
即座に飛び退き、炎から逃れるセレニウス。しかしその手は再び壊劫を振りかぶっていた。ただし今回は縦ではなく、横に。
「
横薙ぎに払われた壊劫の一撃。延長線上にも斬撃を飛ばすに至るほどのその一撃は、ホタルビの炎の身体に届くが、またしてもすり抜けてしまう。そう思われた。
「だから無駄だと……、何ッ!?」
圧倒的な重量を誇る壊劫が、セレニウスの剛腕により尋常ではない速度で振るわれた。それは小規模とはいえ、まるで竜巻のような風の奔流を作り出した。それが、巨大な炎となっているホタルビに直撃する。火に風が吹きつけると、消えてしまう。しかし燃え盛る大規模な炎には、やわな風は意味を成さない。ならば、その風自体の規模を大きくしてしまえばどうだろうか。
「ボクの身体が、吹き散らされる!?」
「切れないなら、こうしてしまえばいいってこと!」
竜巻は容赦なくホタルビの身体を吹き散らし、削っていく。まるで炎の燃えるような音と悲鳴が混ざったような叫びがこだまする中で、炎はみるみるうちに小さくなっていく。やがて竜巻が治まる頃には、炎は人の拳大の大きさとなってそこに浮遊していた。しかしそれも、消えかけているように揺らめいている。
「セレニウス様! あれ……」
「炎が、残っている?」
「最後に残ったホタルビの欠片ね。大丈夫、今消して……」
再び壊劫を横薙ぎに構えるセレニウス。しかし、リトスはどこか不穏な予感がしていた。それが解決する間も無く、再び壊劫が振るわれた。
大広間に吹く、小さな竜巻。戦いの場において決定打となったその風の中心には、あり得ないものが鎮座していた。
「そんな……! どうして……」
「……これは、また厄介な……」
荒れ狂う竜巻の中に鎮座する、小さな炎。それはやがて大きくなっていったかと思えば、周囲を囲む竜巻を炎の渦へと変えていく。そして竜巻が完全に炎の渦へと変わった時、その中心に邪悪な顔が浮かび上がった。
「吹き消すだけじゃ、ダメだったんだ……!」
吹き荒れる炎は、まるで嵐のように。飛ぶ炎の雨は再び大広間を炎で溢れかえらせる。既に竜巻が治まってもいい頃合いのはずなのに、全く治まる様子がない。むしろ、勢いは増す一方である。轟くように、竜巻の中から音が聞こえ出す。
「バーカ!! ボクをただの炎だと思ったのか!? 残念だったな! ボクはナイトコールズだ! 核の魂さえ無事なら、何度だって復活できる!!」
竜巻の姿のまま、ホタルビは高らかに吼える。ここにいる3人は、よく戦った。特にリトスとアウラは、経験が浅いながらもまるで歴戦の戦士のように勇敢に戦い抜いた。しかし彼らの経験も、常識も、ナイトコールズたるホタルビには通用しない。しかし戦慄するリトスとアウラをよそに、セレニウスには新たな考えがあるようだった。
「だったら……、また炎を閉ざすまで! 勢いをずっと削いでいれば、ずっと無力なままだ!」
「何をやっても無駄だ! もう竜巻も効かないぞ! これ以上は! 何をやっても! 無意味なんだよ!!」
「……それは、どうかな!」
セレニウスは抵抗を止めようとしない。しかし彼女の手には何も握られていなかった。壊劫は背中に留められ、永劫も鞘に収められている。ただ拳を合わせるその様は、何か策があるようであった。
「……力を貸して、カマルハルブ。貴方の壁は堅牢。全てを閉ざす障壁となる。……今はアナタにしか、この状況を打破できない」
それで、物理的に何かが変わるわけでもない。しかしその場の空気感だけは、確実に変わりつつあった。そして、空間自体にも確実な変化が起こり始めていた。
「揺れている……? バカな、ここは城の中だぞ?」
「この感じは……!」
セレニウスのその気迫。それは、かねてより彼女のことを知っていたアウラには、それは過去に一度だけ見たことのあるものであった。
「隆起せよ! 無尽の高壁! 狂える炎を、閉ざしてしまえ! 『ジェイルウォール』!!」
そして、彼女は拳を床に叩きつける。床が砕けんばかりのその力は、少し離れた場所でその力を発揮することになる。
「なっ、に!? これは、能力ってやつか! 壁に、囲まれてる!?」
ホタルビを囲むように出現した、結晶のような白い壁。それが展開されると同時に、まるで天井のように上にも壁が展開された。そしてそれにより、ホタルビの身体は壁の中に閉じ込められることとなった。
「……! …………!」
「炎は酸素を断つと消えるって、何かで見たんだよね。アナタがどんな存在だろうと、炎としての特性があるなら話は簡単よ。こうして閉ざして、永遠に無力なままにしてしまえばいい!」
壁の中で、ホタルビは暴れ狂っている。それは燃え盛る炎の音が物語っていた。しかしそれもやがては弱くなっていき、遂には聞こえなくなっていった。
「……存外、あっけないものね」
「す、すごいです! 流石はセレニウス様! 一度ならず二度までも、対抗できるだなんて……!」
壁を前にして、出来ることはもはや無い。ホタルビは壁の中で閉ざされて、炎を纏うことすらままならない。リトスも、アウラも、セレニウスさえ、この状況での勝ちを確信している。
「これ以上ここにいる理由もない。……早く行こう」
セレニウスは先に進もうとする。彼女の、彼女たちの目的は、この先にあるのだ。小火に構っている暇など、初めから無かったのだ。
「あっ。セレニウス様、待ってください!」
アウラも後に続く。炎を閉じ込める白い壁など見向きもせずに、セレニウスに駆け寄った。憧れの英雄の勇姿を見て、彼女も気合十分だった。
「……?」
リトスは、前に進もうとした。しかしそれをする前に、どういうわけか立ち止まる。彼には聞こえたのかもしれない。いや、聞こえていようといまいと、彼はあることを感じ取っており、それを確信していた。確信せざるを得なかったのだ。
「アウラ!! 危ない!!」
叫び、アウラに向けて蒼護壁を飛ばす。彼女を、再び守るために。しかし、それは僅かに遅かった。僅かではあったが、その一瞬が危機となる。
「……え?」
囲われたホタルビの横を通っていたアウラは、完全に油断していた。故に、その反応は大きく遅れることとなる。
「やって、くれたな……! もう許さんぞ!!」
壁の中から現れたのは、今にも消えそうな小さな火。まるで幽霊のように現れたそれは、いつの間にかアウラのすぐ側へと近づいていた。そして彼女が気付いた頃には、既にそれは再び燃え上がった。ホタルビは、決して消えることなどなく脱してみせたのだ。
「惜しかった、とでも思っているのか? 魂のボクには実体が無いんだよ……。それで簡単にやれると思ったら大間違いだ!」
怪物と少年が混ざったような姿で、ホタルビは燃え盛っていた。その様は、噴火する火山にも等しいほどに苛烈だった。
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