31.風華、禍炎、意志苛烈

 獣は炎を恐れるもの、と昔から言われている。恐ろしい獣を防ぐものとして、昔から炎は燃え盛っていた。しかし炎を操る獣というものがいたとしたら、それは明確な脅威となるのだろう。


 石造りの螺旋階段を、3人が走る。闘技場でのイミティオとの激闘からそう時間を置かず、彼らは王城にいた。道中に何があったのか。気になるだろうが、真相はいたって単純だ。


「ねえリトス、体力的にこの階段大丈夫そう?」

「うん……。ここに来るまで、戦闘が無かったから」


彼らが戦闘を終えてから、こうして王城の内部に至るまでの間。その間に通ってきたルートには、一切の脅威は存在しなかった。


「でも、何か変じゃないですか? 中枢の守りを疎かにするなんて……」

「……この際、余計なことは考えずに行こう。都合のいい、勢いのままに全部終わらせちゃおう」

「見て、先が……」


アウラの心配が帰結せず、セレニウスの覚悟が固まっている。そんな中で、リトスは階段の終着点を目にする。そこにあったのは、いかにも重そうな金属の扉だった。それを目にしたセレニウスは眉をひそめる。


「……こんな扉、あったっけな?」

「きっとこの数年の間に作られたんじゃないですか?」

「それよりも、この先には何があるの?」


この王城について唯一知っているセレニウス。そんな彼女でさえ、この扉については知らない様子だった。しかし、ただ扉が出来ているだけならばこんなにも違和感を抱くこともないだろう。彼女が眉をひそめる理由は、別にあった。


「この先は、玉座の間の直前にある大広間に繋がっているの。でも、どうしてそんなところにこんな重そうな扉を……。前にあったのは普通の木でできた扉だったはず……」


その扉の先。重厚な金属に隔てられているその先が決して平穏であるはずがないことを、セレニウスは何となく感じていた。しかし、ここで取れる選択は1つしかない。


「リトス、アウラ。この先、絶対に何か良くないことが起こる。今ならまだ……」

「それは無いですよセレニウス様」

「僕たちも、覚悟を持ってここに来ている。だから今更、引き返すなんてあり得ないよ」


セレニウスの言葉を、その終わりが出てくる前に中断させる。セレニウスの心配は、もう完全に不要なものとなっていた。セレニウスは、驚いたような顔をした後に微笑んだ。


「……そうだね。じゃあ、行こうか!」


リトスとアウラは黙ってうなずく。そして交わす言葉もほどほどに、リトスは扉に手をかける……!


「あっつ!!!」


そしてすぐに手を引っ込めた。熱いものを冷ますかのように、手に息を吹きかけるリトスを見て、今度はアウラが扉に手をかける。


「っ! 何ですか、これ……!」

「大丈夫、だったらこうすれば!」


手をかばうように抑えるアウラの前に立ち、セレニウスは背中に留められている壊劫を手に持つと、そのまま構える。そして、扉へと跳躍した。


「『壊劫回帰えこうかいき』!!」


そして、圧倒的な破壊力を持った3度の斬撃が扉に叩きつけられた。それを受けた扉は、いとも簡単に4つに切り崩された。そして、扉の向こうの光景が3人の目に入る。


「これは……」

「どうりで、熱かったわけですね……」

「燃えてる……!?」


扉の先にあったのは、間違いなくこの王城の大広間だった。しかしそれは、燃えていた。これには思わず3人とも口元を覆った。


「でも、通れないほどじゃないよね……!」

「早く通りましょう。幸い、向こうの方は燃えてないようですし……」


燃え盛る大広間に、先行してセレニウスが足を踏み入れる。その瞬間、異変が起こった。


『ああ、やっと来た……。ボクの、新しい燃料が!』


突如響いた、正体不明の声。その声とともに、部屋中の炎が一斉に集まりだした。


「一体、何が起こって……!」

「この妙な感じ……。まさか……!」


そして部屋中の炎は1か所に集まると、次第にある姿を形作った。揺らめく炎は、確かな形を持ち始めて。不明瞭だったその真意は、悪意に満ちた笑みを浮かべた顔となって。炎の形は、1人の少年の姿となってそこに現れた。


 炎から現れた謎の少年。その正体は不明ながらも、その存在についてセレニウスは知っているようだった。


「……貴方は、ナイトコールズね。一体何者?」

「ボクは『ホタルビ』。……へえ。お姉さん、ボクの正体を理解してるんだ。どこで知ったの?」


炎は好奇心に嗤う。明らかな脅威として立っていながらも、それ自身は決してセレニウスたちを脅威とも思っていない様子だった。


「まあ、何でもいいや。それよりも、お姉さんはボクの燃料になってくれるんだよね?」

「は、はあ? 貴方、何を言っているんですか……?」


直接話しかけられたセレニウスよりも前に、アウラが思わず口を開く。それを聞いたホタルビの様子が、一瞬で変わる。


「テメェには話しかけてないんだよ!!」


少年の姿は一瞬で崩れ、凶悪な表情を浮かべる炎の怪物が代わりにそこにいた。そして変わるのと同時に、激しい炎が濁流のように押し寄せる。


「え……」

「アウラ! 危ない!!」


一瞬のことに呆然とするアウラの前に、リトスが躍り出る。そして一瞬の判断で蒼護壁を展開して防御した。炎は防がれて、リトスとアウラを焼くことはなかった。そして、炎の怪物の姿は元の少年のものに戻っていた。


「つまらないしょうもない……。ああそうだ……。『協力者』との約束を果たさないとね」


ホタルビは改めてリトス達へ向き直ると、その半身を炎の怪物に変化させると、その両方の顔に凶悪さを浮かべた。


「ボクはナイトコールズ、ディシュヴァリエのホタルビ!! ボクの目的とエリュプスの命により、ここでオマエたちを……」


熱波が大広間に広がる。その熱気に呼応するように、大広間のあちこちが燃え上がった。セレニウスは背の壊劫と腰の永劫に手をかけ、アウラは刺剣を抜き放ち、リトスは杖を構えて蒼護壁を展開する。


「燃やして燃やして! 炭にしてやるよ!!」


まるで燃え上がる大広間の、すべての炎そのものであるかのように激しく強く。ホタルビはリトス達に立ちはだかるのだった。


 燃え上がる炎の雑踏をかいくぐり、セレニウスはホタルビに近づこうとする。炎はまるで意志を持つかのようにうごめき、進行を防いで来ようとする。しかしセレニウスは壊劫を盾のように構えることで、無理矢理炎を防ぐようにして強硬突破していた。そしてその勢いのまま、セレニウスはホタルビの目の前まで近づいた。


「ええっ! はやっ……!」

「あっけない幕切れだったわね。じゃあ、さよなら」


そしてセレニウスが、速く鋭い永劫の一閃を放った。居合で放たれたその一撃。多くの脅威を屠ってきたその一撃は、炎へと吸い込まれる。


「……!」

「なんて、ね」


しかしその一撃は、炎を裂くだけで終わった。炎を裂いたセレニウスの背後から、小馬鹿にするようなホタルビの声が響いた。それに気付き、セレニウスは声の方向に振り向いた。

「ボクは炎だ! そんなもので切れると思ってるとか、お笑いだぜ!」

「そういう、ことね……!」

「そんなわけで……、まずは炭1つ!」

「させない!」


返礼とばかりに放たれるのは、大蛇のようにうねる激しい炎の渦。咄嗟にそれを壊劫で防ぐセレニウス。


「セレニウス様! 今度は私が!」

「アウラ! こいつに攻撃は通じない!」

「相手は炎なんでしょう!? だったら、こうすれば!」


アウラが剣を中段に構えると、突如として風が巻き起こる。それは剣へと集まると、彼女の手には風の剣が出来上がっていた。


「やっぱり、まだ使える……!」

「へえ……。まあ、やるだけやってみなよ」

「言われなくても……! 『暴風穿撃ぼうふうせんげき』!!」


興味深そうに風の剣を見るホタルビ。そんな彼に、風の剣が横なぎに放たれた。それは射線上にあった炎を吹き消しながら、真っすぐにホタルビへと飛んで行った。


「おお、怖い怖い……。じゃあ逃げなきゃね!」


放たれた暴風がホタルビへと至る直前、突如その姿がただの炎に変わった。炎はあっさりと吹き消されるが、異常な熱気が止むことはなかった。


「そんな……! どうして……!」

「じゃあ改めて……。炭1つ!」


そしてアウラの背後。そこにいたホタルビは至近距離から炎を放った。それを、避ける手立てなどなかった。


「ああああ!! 熱い! 熱い!!」

「よし。これでやっと1つだ!」


アウラは炎に包まれる。それは古来から多くの生物の命を無機物へと変えてきた自然の凶器であり、それは今も、ここから先でも多くを殺し続けることになる。


「アウラ! どうにか、炎を消すんだ!」

「そんなこと……、言われたって!」


炎は次第に蝕んでいく。それは結果として、1つの命を奪うことになるだろう。しかしそれを許さないものが1つだけあった。そしてそれを体現するのは、突如巻き起こった強烈な風だった。それにより、アウラの炎と大広間中の炎は吹き消された。


「はあ……、はあ……。助かった……?」

「クソ! クソが!! なんてことをしてくれたんだ!」


炎から解き放たれたアウラは、多少の火傷を負っていながらも無事なようであった。だが、突如としてホタルビが激昂した。


「な、なんだ……?」

「クソが! もう避けられないじゃないか! ボクの火種まで全部消しやがって!! これで全部だったんだぞ!!」


ホタルビの姿は、炎の怪物のものとなっていた。更にそれは怒りに歪むかのように、禍々しいものとなっていた。その怒りと共に、戦いは佳境に差し掛かっていく。

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