27.紺輝、風刃、明星妖輝
天素は、活性化時の色によってその強度と魔術の効果の高さが変わってくる。それぞれ、蒼白、蒼、紺、そして黒という風に分けられる。ある程度強力な魔術師は蒼を基本としているが、それでも時折紺色を覗かせることが限界だ。紺色以上を基本として扱うこと。魔術研究の第一人者であるスクラ曰く、それは人間の身では不可能に近いものであるとのことだ。
蒼を纏う獣から、赤が噴き出す。獣の姿が露わになってから、紳士たちの勢いは徐々に増していった。彼らは奮い立てた闘志と共に、勇敢な戦いに身を投じている。そうなれば今この場において、彼らの戦いを邪魔する者は存在しえないだろう。
「さて、君の持ち込んだ秘策を潰してしまったようだが、他に何かあるかな?」
「当然! あんな玩具を潰した程度で、粋がらないことね!!」
言葉を放ちながらプリミラは魔術を多数展開し、スクラに撃ち放つ。スクラ目掛けて飛んでくる紺色の結晶の槍は、このままでは多方向から彼を串刺しにするだろう。
「直線的が過ぎるぞ。……全く成長していない」
しかしそれに怯んでいるようでは、歴戦の魔術師の名が笑うというものだ。スクラは即座に蒼い結晶の槍を同じように展開し、迎え撃つかのように撃ち出した。結晶同士がぶつかり合い、蒼と紺の欠片が辺りに散らばる。しかしその散らばった欠片はその多くが蒼いものであり、紺の欠片は蒼の半数程度だった。
「何が成長していない、ですって!?」
そして砕けなかった紺の結晶槍は、その数を減らしながらもスクラへと飛んで行った。スクラは多少の驚きをその表情に表しながらも、向かってくる結晶槍1つ1つに真剣に向き合った。
「撤回しよう……。見事な強度じゃないか! だがこれでは俺を仕留められんぞ!」
向かってくる槍は、全部で9つ。そのうち最初に飛んできた1つを、スクラは展開した結晶の刃で迎え撃ち、すれ違いざまに切り飛ばす。続いて飛来する3本を、同じように刃で流れるように受け止め、切り裂いた。しかしここで、スクラの刃は崩れて霧散してしまう。これぞ好機とばかりに、残った槍が速度を増す。しかしそれでもスクラは怯まない。スクラが即座に天素を杖先に集中させると、蒼く光る杖先に蒼い鞭のようなものが形成された。それを前方に向けて勢いよく放つと、それはまるで獲物を見つけた蛇のように槍へと向かっていき、瞬く間に4本を絡め取る。
「『
スクラはそう呟き、鞭を後方にしならせる。その勢いで後方に放られた槍たちは地面に落ちると、儚く砕けてしまった。こうして生まれた紺色の槍だった欠片たちは、彼の背後で地面に落ち、即座に色を失って霧散した。
「しかし紺色の魔術、か。それを扱うことは理論上でしか可能でなかったはずだ。一体どのようなカラクリを使ったんだ?」
「聞かれてこうだ、なんて答えると思っているの? 知りたければ考えてみなさいよ! ……得意でしょう?」
周囲に蒼と紺の靄が立ち込める。そして馬鹿にするかのような言葉と共に、プリミラの猛撃が始まった。靄から無尽蔵に、
(紺色……。どれほど天素を活性化させればああなることか……。……方法は確立していたが、あれは明確な机上の空論だったはず。何はともあれこの高火力をどうしてくれようか……)
スクラは考えを巡らせ、目の前に確かにあるはずの答えを見つけようとしている。しかし今はそれどころではなくなりつつある。襲い来る紺色の嵐は止まることを知らず、彼は一度ここを凌ぎきることにした。迫りくる槍を回避し、時には受け流す。細かく降り注ぐ刃は盾を張って防御する。しかし迫りくる紺色の刃の勢いはすさまじく、スクラの盾は少しずつ傷ついていき、防御していたはずのスクラに少しずつ傷が増えていった。そんな防戦の中で、スクラはプリミラの手元にある強い蒼白い光を見逃さなかった。
(あれは……、杖か。いやしかし、魔術を使っているにしてもあれほど強い光を放つわけが……。まさか、あれは……! しかし、それでこそ制御などできるはずが……! ……そういうことか!)
その光を確認した瞬間、スクラはある種の確信を得た。そして蒼い小さな刃を1つ展開すると、猛撃の隙間を縫うようにしてプリミラに撃ち出した。それはこれまでのどの魔術よりも速く確実に標的に向かっていき、プリミラの腕を浅く切り裂いた。
「……悪あがき? そんなもので私をどうにかできると思っているの!?」
「……ああ、やっぱりそういうことか」
傷を意に介することなく、更に猛撃は勢いを増す。しかしスクラは、付けた傷を見て揺るぎない確信を得た。浅く付けた傷から流れる血。通常のそれよりもどこか黒みがかったそれには、異質な蒼さが混ざっていた。
「……『
スクラが示した答え。それが耳に入ったプリミラは、その猛撃の勢いを少し弱めた。そして答えを導き出した賞賛と言わんばかりに、拍手を贈ったのだ。
「流石はスクラ。大正解よ。確かに私は醒励滴を静脈に打ち込んで、杖の水晶をペイルベリルに取り換えた。かつてあなたに否定された私の理論。それは、私の得たこの身体で可能になったのよ! 人間をやめてしまった、ですって? ……全然違うわね! 私は人間よりも上にいる! ……さて、もうそろそろ決着をつけようかしらね」
弱まった猛撃が元に戻ることはなく、やがてそれは完全に止んでしまった。スクラはそのことが、どうにも理解できなかった。
「何のつもりだ? まだ何かを見せるつもりか?」
「見せる、ねえ……。もうすでに見ているとは思うけど…。ああ、もしかして忘れちゃったのかしら?」
プリミラが嗤っている。猛撃は止んでいるものの、彼女の持つ杖の先端は変わらず蒼く光っている。背後に冷たく嫌な気配を感じ取ったスクラは、咄嗟に背後に盾を展開した。しかし、それは少し遅かった。
「ぐ、ああ……ッ! こ、これは……ッ!?」
背後に展開した盾を貫き、スクラの腹部へ貫通するように背中に紺色の何かが突き刺さる。赤く染まりゆく紺色の正体は、先ほどプリミラが撃ち出していた紺色の槍、その最後に残った1本だった。
「急所は外してしまったか……。でも、これでしばらくは動けないでしょう! さあ、これで終了、エリュプス様に捧げる至上の勝利としましょうか!」
スクラの背中に突き刺さる槍は、深い傷を負わせて霧散した。しかしそれを制御していた杖は、もう制御するものを失ったはずなのに、未だに蒼く輝いている。ふと、空の明るさが増す。それに気づいたのはスクラだけでなく、既に獣との戦いを殆ど終えていた戦士たちも同様だった。空が不自然に蒼く輝いている。その蒼さの正体を探ったスクラが見つけたのは、まるで太陽のように大きく存在する、巨大な蒼い結晶だった。それ自体が、まるで星であるかのように輝きを放っていたのだ。
「既にスクラは深手を負っている。最早あれを止めることはできない! さあ、ここから始まるのはこれまでの比にならない、私の、私だけの大魔術! 数多の絶滅を生んだ、崩落する星! 今から貴方たちが見るのは、神話の一幕!!」
蒼い結晶、星の輝きは次第に強くなっていき、それは辺りを見ることができないほどにすべてを照らしていた。誰も何も見ることができず、動くこともできない中で、杖の石突が地面にぶつかる音だけが小さく響いた。
「全部、滅んでしまうがいい……! 『
そしてプリミラの叫びと共に、星はひときわ強く輝いた。それと同時に輝きが一瞬だけ収束し、次の瞬間には凄まじい大爆発を起こしたのだった。爆破はマディス全体にいきわたり、周囲は蒼さを超えた純白に包まれたのだった。
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