包帯
三輪・キャナウェイ
包帯
貴女に包まれていると息苦しいけど心地良い。
貴女は包帯みたいな人。
私は弱い人なんだ。人の視線の下にさらされるだけでぷっつりと皮膚が破ける気がするし、心臓の弁に毒が塗られているみたいに血液の具合がいつも悪い。朝起きたら頭がくらくらするし、昼は陽に殺されそうになるし、夜は孤独に組み伏せられている。眠ることもままならない。一週間、二十四時間、常に何かに怯えている。
私はきっと不治の病だ。私はきっと傷そのものだ。
だから貴女に惹かれてしまう。
薬は嫌いなのさ。苦くて不味いし、病的だ。こんな私を救いあげようとしてくれた人はもちろん沢山いる。でもそのどれもが私にとっては不味いモノだった。差し伸ばされた手は私に平手打ちをしているように見えたし、私を照らしつける光は陽光のように私を殺そうとしていた。
私は別に、救われたいなんて思っていなかったのさ。私は私を患って苦しんでいたけれど、それが心地よかったんだ。ただ奈落に墜ちていくように生きているのが安心した。私はきっと光アレルギーなんだ。傷付いていた方が呼吸が安定するんだ。
そんな私の前に、貴女は現れた。
手首を切る私の手を痛いくらいに掴んで止めるんじゃなくて、私が切り裂いた手首に黙って包帯を巻いてくれた。
頭の芯が疼く朝には温かいお味噌汁を作ってくれた。良く晴れた昼間には日傘の中に入れてくれた。凍えそうな一人の夜にはいつも手を握ってくれた。
何も言わないで、貴女は私を助けてくれた。
「私は君の薬にはなれない。だって私は医者でもなければ、カウンセラーでもない。君の病を治すことは出来ない。だからね、治るまで一緒に居たげるよ。君の傷や病が化膿しないように、そっと包んであげるよ」
貴女は包帯みたいな人だった。
だからいつしか私も、私を勘違いした。私は私の皮膚や体内にあった傷や病を忘れてしまった。貴女が傍に居てくれると何も怖くなかったから、自分を健常な人のように思ってしまった。
貴女のおかげで、私の傷や病は私からも見えなくなった。
でもやっぱり、それらは隠れていただけなんだ。見えなくなったわけじゃなかったんだ。
貴女が居なくなったら、また私は絶望を患った。
私は貴女に依存していたんだ。私は貴女を右腕や心臓や脳のように必要としていた。
そしてそれは貴女も同じだった。貴女は私を必要としてくれていた。貴女は酸素を取り込む私の口を介して呼吸していた。貴女は私の傍に居る時によく笑っていた。
でもある時、貴女は居なくなった。
「私は君を束縛しているだけだ。私は君の傷や病が癒えるのを邪魔しているだけだ。私は君にとっての癌だ」
そうして胸に刃物を突き立てた貴女は、やっぱり包帯みたいな人だ。
汚れたらゴミ箱に飛び込んでいく。一時だけ私を包むだけ包んで、去ってしまう。私の血を吸い上げて、私の病に感染してしまう。
だから貴女のお墓は、私の涙も沢山吸い上げる。
どうして死んじゃったの。もし貴女が包帯ならば、もし貴女が汚れたならば、今度は私が何万回だって洗濯してあげるのに。指が傷だらけになってでも血を落としてあげるのに、どうして私の指から逃げ落ちてしまったの。
勝手なやつさ。私は酒におぼれて、煙草で燻って、孤独に酔っていたかっただけなのに、そんな私に近付いてきたのは貴女じゃないか。
なのに、勝手に身体に巻き付いてきて、馴染んできたと思ったら居なくなって、酷い奴さ。
私は救われたいなんて思っていないのに。
私は薬は嫌いなのに。
私はただ、貴女に傍に居て欲しかっただけなのに。
でもやっぱり私はおかしいんだ。貴女を失って胸を穿った哀しみが心地よいんだ。
この両目から垂れる涙が皮膚を潤してくれる。貴女の血に手首を浸していた時の美しい心地を忘れられない。
貴女は私に永遠に治らない傷をつけた。
その傷が愛おしくて仕方ない。
私は本当に、救われたいなんて思っていなかった。
貴女に包まれていると息苦しいけど心地良い。
包帯 三輪・キャナウェイ @MiwaCanaway
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