こころもちもちぺったん

@tonari0407

ふっくら もちもち ぺったん

「おっ! こりゃいいやっ」


 うさきちはお目当てのものを発見し、嬉しそうにピョンっと飛びはねました。


「どれ? 」

 うさはうさ吉の指さすこころもちを見て、嫌そうに鼻をヒクヒクします。


「ねぇ、うさ吉。これは止めた方がいいわ」

「なーに言ってんだ、うさ代。やるからにはこれくらいカッチカチのやつじゃないと、やりがいがないだろぉが」


「あとで後悔しても知らないわよ」

 ため息をつきながらもうさ代は、深く暗い色をした固い岩こころもちをうさ吉と一緒に持ってあげました。


「よっこいせっ。よいしょ、よいしょ」

「大きさの割には重いわねぇ」


 うさ頭の大きさの程のこころもちを運ぶのも、二匹がかりでやっとです。こころもちの重さは心の悩みの大きさに比例します。


「このこころもちの持ち主はきっと根暗よ。うさ吉、ほんとにやるの? 」

「あったり前だろ! 」


 うさ吉たちは白いミミをまっすぐ立てて、『もっちり癒しの湯』の看板がかかった露天風呂にトコトコと入っていきました。



「よーし、入れるぞ」

「あー! うさ吉ちょっと待って 」

「なんだよ、うさ代」


 うさ耳元で大きな声を出されて、うさ吉は顔をしかめます。


「このこころもち、【呪い】がついてる! 」

「えっ? どこに? 」

「ほら、ここ! こんなにわかりにくく貼るなんて、こいつ本当に性格悪いわよ。改善する気がないのよっ」


 うさ代は鼻をフンスフンスさせながら、まくしたて、岩の下の方をトントン叩きました。


「うさ代って何でもハッキリ言うよな。まぁ、そこがいいんだけど……」

「んっ、なんか言った? 」


「いや、なんでもねぇよ。ホントだ。スミの方に【呪い】があるなぁ。分厚いから重なってるかも。『リラックスの湯』じゃなくて『本音の湯』に行くか」


 二匹は、ほかほかと湯気が出る桃色の温泉を通りすぎて、他の温泉へ向かいました。


 どの温泉もうさぎ二匹が入ればいっぱいになりそうな、色とりどりの小さなまるい温泉です。木の看板にそれぞれの温泉の名前が書いてあります。


『本音の湯』は底が見えるくらいに透明でした。無邪気にキラキラ輝くお湯を二匹は見つめ、声を合わせます。


「「せーのっ!」」

 ばしゃんっ


『本音の湯』に投げ入れられたこころもち。お湯の色は透き通ったものから、にごったものへ変わっていきました。


 うさ吉とうさ代は、緊張した面持ちでお湯の中をじっと見ています。


「しっかりやんのよ、うさ吉」

「わかってらい」


 緊張した面持ちの二匹の見つめる水面に、何かがゆらりとあらわれました。


【~べき】


「きたわよ! うさ吉」

「よしっ、任せとけ」


 うさ吉は口に手を当てて叫びます。


「【すべき】ばっかじゃつまんねーよぉ! 」

 その言葉に【~べき】は一瞬消えかかりましたが、元に戻りました。


「ばか、そんなんじゃ足りないわよ。もう一発! いけー」

 うさ代が右手をブンブンふりあげて応援します。


「自分で自分を苦しめるのはアホだぁぁぁ! 」

 耳を真っ赤にして叫んだうさ吉の言葉に【~べき】はゆらぎ、静かに消えていきました。真っ黒に近かったお湯の色は、少しだけその闇を薄めます。


「や、やったぁ」

「ったく、一発で仕留めなさいよ」


 安堵の笑顔を見せるうさ吉を、うさ代はジロリとにらみます。


「あっ、うさ代。次が来た」

 うさ吉の言葉にうさ代が『本音の湯』を見ると、今度は【でも……】という文字が水面にあらわれました。


「これは私に任せときなさい! 」

「がんばれ、うさ代っ」


 先程のうさ吉と同様に、うさ代は手を口に当てて叫びました。


「でもでもだって、は相手に失礼よー!! 」


 うさ吉は思わず手で耳を押さえます。うさ代の声はそれほど大きなものでした。


【でも……】の文字は三秒ほど消えていましたが、今度はより大きくなってあらわれました。


「な……やっぱこいつ陰キャよ。大抵のやつならこれで一発なのに」

「うさ代、俺がやろうか? 」


 うさ代を心配そうに見つめるうさ吉の声は、怒りにぴょんぴょんするうさ代には届きません。


「こういうやつには思い知らせてやるわ」


 うさ代はスゥーっと息を吸って


「つべこべ言う前に挑戦しろ!!! 」


 とお湯に顔を近づけてどなりました。


 その勢いに水面にさざ波がたちます。

【でも……】はうさ代の剣幕に恐れをなしたのか消えていきました。


 うさ吉はうさ代に、ぽふぽふと拍手をおくります。

「流石、うさ代だな」

「言い訳したり、ウジウジする前にやれってことよ」


『本音の湯』の色は、沈んだこころもちがうっすらと見える程度になりました。


「透明にならないわね。まだ【呪い】があるのかしら?」

「しつこいやつだなぁ」

「本音を言うまで時間がかかるのかもしれないわ。仕方がないから待ってあげましょう」


 二匹は仲良く地面に絵を描いたり、三目並べをしたりして遊びました。

 うさ吉がゲームにわざと負けてあげるのに疲れたころ、それは姿をあらわしました。


「あっ、うさ代。きたっ」

「待ちくたびれたわよ。うさ吉は相手にならないし」


 ゆらゆら、形を変えてもったいぶりながら出てきたのは――


【……のに】でした。


「つまんないことで悩んでるわね」

 うさ代の一言で【……のに】の文字の色と、お湯の色が濃くなりました。


「うさ代、優しく。優しくしてあげな。深刻な悩みだぞ」

 うさ吉が慌ててフォローします。


「中途半端な優しさは相手のためにならないのよ」

 待ちくたびれたのか、うさ代の言葉は止まりません。


「あのねぇ、世の中は非情なの! 自分がどれだけ頑張っても、心を砕いてもそれは結果にも相手にも関係ないの。救いは社会の中にはないのよ。救いがどこにあるかなんて、自分で考えなさいよ! 」


「うさ代……」


 想いをぶつけて、フゥフゥと肩で息をするうさ代をうさ吉は見つめます。うさ代の目は真っ赤でうるんでいました。


 でも【……のに】はその色も姿も変えません。それを見てうさ代は耳をしょぼんとたらし、うつむいてしまいました。


 そんなうさ代の手をうさ吉はそっと握り、彼女の頭をほふほふと撫でます。


「うさ代はわざと厳しいことを言ってるんだもんな。俺にはわかってるよ。相手のためにはキツイ言葉も必要だから、うさ代が嫌な役を引きうけてくれてるってこと」


 そう言って、うさ吉は真剣な目で【……のに】に語りかけました。


「なぁ、お前は何が大事だ? 結果か? 賞賛か? 手に入らなかったことがそんなに辛いのか? 辛いならきっとそれだけ『頑張った』んだな。お疲れさま。

 努力が報われることは少ないから仕方がない。世の中に確実に平等な救いがあれば、不合格の人も、自殺する人も、殺される人もいないんだ。現実は非情だから、救いは自分の中にしかないんだよ。苦しみを乗り越えるのも、失敗を成功に変えるのも、悔いのない選択をするのもお前自身なんだ。

 なぁ、幸せは自分で探して掴んでくれ。俺達はお前の代わりはできないし、すぐに現実を変えることもできないんだ」


 優しい口調で紡がれたうさ吉の言葉に【……のに】は、少しずつちぢみ、最後にハートを形作って消えました。


『本音の湯』は元の透き通ったものになり、こころもちがふわぁと浮かんできます。


「うさ代、見て!」

 すっかり軽くなったこころもちをヒョイと持ち、うさ吉はうさ代に見せます。


「うさ吉、ありがとう。ふふ、こころもちはこうでなくちゃっ! もちもちぺったんして地球の人の幸せな思い出を一緒に見ようね」


 まんまるなお月様のように輝くこころもちを見て、うさ代は太陽のような笑顔で笑いました。



 こころもちもち ぺったん

 もっちり ぺったん やわらかく

 もっちり ぺったん ビシバシと

 もっちり ぺったん ふわふわに


 こころをもちもち させましょう

 たのしくもちもち してみましょう


 あなたのこころはいつのひも

 やさしいうさぎに ぺったん ぺったん

 もまれて つかれて まもられる


 こころもちもち ぺったん 

 カチカチさんほどおいしくなる

 たのしいおもいで ごちそうさま

 あなたのしあわせ ごちそうさま


 またゴリゴリになっちゃったなら

 よぞらをみあげてくださいな


 やさしいうさぎにおまかせあれ

 ふっくら もちもち おまかせあれ

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