第27話 音楽対決コラボ!②

「みなさん、こんにちばんわ! 二期生の花依琥珀とぉ……?」

「同じく二期生のクラシーよ」

「はい! というわけで、今日はツナちゃんを仲間外れにして二期生コラボだよ!」

「言い方が酷すぎると思うの」


 収録が始まった。

 始まり出しは順調だね。一期生は知らないけど、二期生はツナちゃんも含めてスペックが高いから、台本無しのぶっつけ本番でも進めやすい。

 流れは決めないと流石に難しいけど、ある程度なら各々の判断でアドリブを打ってくれる。


「さぁ、今日は私とクラちゃんで音楽対決コラボだよ。音楽系Vtuberに音楽で挑むなんて分が悪いけど……負けるつもりはないよ」


 私は万感の思いを全てクラちゃんにぶつける。

 歯をむき出して睨みつける私に驚いてビクッ、と震えたクラちゃんだが配信のための演技だと断定したようで、すぐに元の調子へ戻った。


「そう……私も負けられないわ」


 それは私のセリフなんだよなぁ。

 絶対負けられない。負けたくないからここにいるんだし。

 決意の灯った瞳で私たちは相対する。

 

 ……とりあえずはコラボを優先しなきゃね。


「気合も十分なことだし、最初の対決は……これ!」

「ギター……かしら?」

「そう! アコースティックギター!」

「花依さんは経験あるのかしら?」

「そうだねぇ、一応習ってたことはあるよ。2ヶ月で辞めたケド」

「合わなかったの?」

「いや? 先生より上手くなったから」

「サラッととんでもないこと言うのね……」


 若干引いてるクラちゃんだけど、教えに来た人もアマチュアだったし手先が器用な私はあっという間に基礎を固めることができた。応用は漏れなく盗んだ。

 そこまでギターに時間をかけるわけにもいかなかったから短期で辞めたけど……私に追い越された先生は大いに燃えて有名ギタリストになってるし結果オーライって感じ。


「クラちゃんはどう? 経験ある?」

「ええ、楽器の類は粗方触ったわね。新しいことを覚えるのは楽しいわよ」

「だよね。分かる」


 できなかったことをできるようになるのは楽しい。 

 それはどんなことでも当てはまることなんじゃないかと思うけど、私にとって新しいことを取り組むことは日常であり必要なことだった。だからこそ、その日常に楽しさを見出す。

 音楽もその一つかなぁ。



 私はギターを抱えて椅子に座る。

 そのまま、自分の想いごとギターを掻き鳴らした。




☆☆☆


 私たちは様々な対決をした。

 ギターに始まり、ピアノ、トランペット、ヴァイオリン、ドラムなどなど。

 どれも高水準でこなす私と、全てをプロ級に仕上げているクラちゃん。どう足掻いても勝ち目はないはずだけど、音楽というのはパフォーマンスが全てじゃない。

 演者の籠めた想いだとか、言葉で表せないモノが勝敗を分けることがある。


 その点を鑑みれば、恐らく今の勝敗はイーブン。

 

「はぁはぁ……なかなかやるね、クラちゃん」

「……はぁ、花依さんこそ。正直驚いたわ」

「私もだよ。クラちゃん守備範囲広すぎ。ドラムまで完璧とか自信なくすよ」

「しっかりついてきたのに良く言うわ」


 予想以上に手強かった。

 オーケストラ楽器が専門だと思っていたから、勝手の違うギターとかドラムならいけるかなぁって思ったんだけど……全然そんなことなかったね。



 収録開始から一時間半。

 表面上は良好に見えるだろう関係も、実際はそんなことない。

 なにせ目を合わせると逸らすから。笑みを浮かべながらも、その笑顔が無理をしているのは一目瞭然だ。


 私にとってはここからが本番だ。

 どう切り出すか。


 もうそれは何度も何度も考えて決めた。

 シンプルイズベスト。


 変に言葉をてらうことは正しくない。


「ねえ、クラちゃん。ここから先はオフレコなんだけどさ。クラちゃんに選んでほしいんだ」

「何を……?」


 クラちゃんは怪訝な顔で私を見た。

 笑みも浮かべず強い決意でクラちゃんを見つめる私に、何かを感じたのか唇をキュッと噛む。


「最後の対決しよっか。

「──っ、いや! いやよ!」


 拒絶するクラちゃんの表情は悲痛に満ちていた。

 決意が揺らぐ私は拳をギュッと握って耐える。


「いいの、クラちゃんが選んでほしい」

「そんなの決まって──」

「でも! その前に私の歌を聴いてほしい。人の歌を聴くなら大丈夫でしょ?」


 カラオケでは至る所から歌が聴こえていた。

 防音っちゃ防音だけど完全に遮ってるわけじゃないし、その時のクラちゃんは少なくとも表面上では平然としていたから、他人の歌を聴くだけなら平気であると予測した。


 それはあっていたようで、クラちゃんは頭を抱えて体を震わせながら微かな沈黙を呼んでから……「分かったわ」と言った。


 第二関門突破。


「決まりだね」

「どうして花依さんはあたしにそこまで……」

「決まってるでしょ」


 ピン、とニヤリと笑いながらクラちゃんに向かって指を指した私は言う。




「堕とすためだよ」






☆☆☆


Side クラシー


 ……なんて花依さんらしい答えなんだ、と状況が状況じゃなければ笑ってしまいそうな言葉だった。

 

 手を差し伸べた時の優しい笑顔じゃない。   

 歯をむき出した挑戦的な瞳だ。それだけ本気なんだって、ようやくあたしは花依さんの強い決意に気づくことができた。


 どうしてそんなに強くいられるの?  

 どうしてそんなに自分を、相手を信じられるの?


 

 花依さんは準備をしながら、時折あたしを気にかけるようにチラチラこっちを見る。

 

「選んでもいい……。これまで逃げ続けてきたあたしが」


 あぁ、残酷だ。 

 きっとあたしがまた逃げようと、花依さんは絶対にあたしを見捨てない。そんな予感がする。

 希望じゃない。きっと花依さんは見捨てることを知らない。


 ……それでも、あたしは歌えない。

 どんなに花依さんの歌が上手くたって、それがあたしの歌う理由にはならないから。

 

「クラちゃん。今は余計なことを考えなくていいからさ。私だけを見て。私の歌だけを聴いて。


 ──私は君だけを見るから」


 ……っ、なんでそんなに強いの……っ。

 あたしは今まで見られたことなんかない。全て両親の肩書で見られてきた。


 花依さんはズルいわ。

 ずるい。ずるい。


 黙っていると、花依さんはスピーカーから音楽を流し始める。


 

 続いて聴こえた歌声は──


 ──私のすべてを吹き飛ばした。



 

 【お待たせ、どうか手助けを】作詞作曲『恋狸』



『素直じゃない君は

 いつだって悟って欲しくて

 言葉に出せないケド

 私を見つめて欲しくて』

 

 ──これはあたしだ。

 まるであたしの心を看破されているかのような歌詞に、思わず心を揺さぶられる。


『過去と現在いまの境界線

 繋ぐ絆と想い信じたいの

 喜びあった思い出は

 きっと嘘なんかじゃないから』


 花依さんと、ツナマヨさんとあたし。

 確かに交流を深めた時間は少なかった。

 それでも、楽しかった。テンポよく弾む会話に喜びの感情が芽生えたのも記憶に新しい。


 思い出がフラッシュバックしていく。  


 花依さんの激情とともに直に心を揺さぶられている。


『不安でも言えない

 想いの錯誤に

 口をついて出た言葉

 たすけて』


 

『お待たせ、どうか手助けを

 待ち焦がれたあの温もりは

 消えない思い出をまた  

 作り直せるんだ

 お待たせ、どうか手助けを

 待ち望んだあの言葉には 

 消せない思い出を今

 作り上げるんだ』


 助けを、求めていた。

 助けてって。現れるはずもない誰かに縋っていた。そんな独りよがりで傲慢な考えで救われるわけもない。

 暗い今を自嘲して、ただただ未来を悲観していた。


 あたしはただ一言言えばよかったのかしら。


「たすけて」


 一層、歌に籠められた想いが強くなる。

 ぎゅうぎゅう締め付けられる心は、今にも軋みあげて壊れそうで。

 可愛さも格好良さもかなぐり捨てて、流した黒髪を振り乱して必死に歌う花依さんに、一筋の雫が溢れ落ちるのを感じながら……どうかこれ以上あたしを泣かせないで、って祈った。


 『やり直せないことはない 

 過去を忘れることは必要ない

 今を見てくれる君を

 抱きしめていたいから』


「──あ」


 今までの歌詞があたしの心を代弁しているとすれば、最後の歌詞だけは花依さんの言葉のように聴こえた。

 まだ間に合うって。許すことも忘れることも必要ない。


 ただ今を……違うを見ろって。


 そこでようやく、あたしと花依さんの視線が重なり合った。


 どこまでも信頼している目だった。

 宣言通り、その瞳にはあたし以外映っていない。



「あたしは……まだ間に合うの……? っ、あ、あたしは花依さんに嫌われたくないっ。歌ったらきっとあなたは──」


 蘇るテレビ収録のあの日。

 シーンと凍えきった会場の空気と、苦々しげにあたしを睨むプロデューサーの姿。

 あの日のようにもう逃げたくないから。

 花依さんに嫌われたくないから。


 嗚咽をこらえて、あたしはぐっと涙をこらえて。

 叫んだ言葉は花依さんに遮られた。



「誰がなんて言おうと関係ない。私はクラちゃん──音楽系Vtuber、クラシーの歌を聴きたい。君だから、誰よりも強くて優しい君の歌を聴きたいよ」


 綺麗な黒色の瞳があたしを射抜いた。

 澄み切った瞳には一切の嘘は感じ取れない。そこには両親のしがらみも期待もなかった。


 純粋に私の歌声が聴きたいんだって分かった。



 

 だからあたしは────









☆☆☆



 その日の配信は後に《覚醒配信》と呼ばれるに至った。

 音楽系Vtuber、クラシーが真に羽ばたいた日であり、二期生最後の砦が崩れちた日でもある。

 

 後のインタビューで彼女はこう語った。


Q.どうしてあの日歌を解禁したのでしょう


A.クラシー「たった一人でもあたしを見てくれる人がいる。それだけであたしは満足だったって気づけたの。過去に囚われてばかりいて、見たいものも見れなくなって。そんな私の目を覚ましてくれた恩人のお陰」


──その恩人というのは?


クラシー「言わなくても分かるでしょう(笑)」


──一人しか該当しませんね(笑)



 きっと彼女がいる限り二期生は安泰なのでしょう。

 

 【百一合雑誌より抜粋】




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次回で終了です。

番外編その他もろもろで伏線は回収します。


歌詞って著作権引っ掛かりますよね?

自分で書けば解決ですよね(震え声)

 

 

 

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