第26話 音楽対決コラボ!①
一週間が経ち、その間私は先生にみっちり技術や感情表現のノウハウを教わった。
完璧とは言い難いものの、私の強みは本番で発揮できる。気合いが空回りしないように気を引き締めなければならない。
なにせ、私は一人の心に土足で踏み込んで荒らす。
拒絶されても突き通す圧倒的エゴを押し付ける。
だからこそ、負けない覚悟と信念が必要だ。
「マネージャー。例の件は?」
『
「よし、ありがとうございます。今日は任せました」
『ええ。成功させましょう!』
笑顔でマネージャーと電話で話す。
マネージャーには一部の事情を省いて説明した。今回の作戦には事務所の協力が必要不可欠だからね。
マネも乗り気だったし、一週間で全ての準備を終わらせてくれた。
忙しいのに感謝しかない。今度お菓子の詰め合わせでも送るか。
「いよいよ今日か。外堀囲う感じになっちゃってるけど怒らないでよ、クラちゃん。今日は堕とすんだから」
やると決めたらやる。
堕とすと決めたら完堕ちさせる。
私の信念はちょっとやそっとのことじゃ曲がらない……ツナちゃんと話してなかったら曲がってた可能性もあったケド。
「どんなズルい手を使っても最後に大団円になれば良い。ねぇ、クラちゃん。私って思ったより悪い子なんだよ?」
ふふふ、と虚空に笑いかけた私は、覚悟を決めて家を出る。
緊張はない。
私はVtuber、
☆☆☆
Side クラシー
「あたしが悪いのだけれど気まずいわね……」
高くそびえるビル──事務所の前であたしは尻込みをしていた。
あたしから花依さんを拒絶して一週間と少し。
最早直に会うことはない、と思った矢先にマネージャーから花依さんとのオフコラボの収録依頼が来た。
出鼻を挫かれるとはまさにこのことか。
どんな顔で会えるというのだろう。
あたしが花依さんと会う資格はあるのか。
どれもこれも頭に浮かんでは消えていく考え事も、微かなVtuberとしての自負が逃げることを許さなかった。
だから今、あたしは依頼を受けてこの場にいる。
「音楽対決コラボ、ね。事務所の意向とはいえ間が悪いわ」
一週間前の出来事を思い出す。
もう花依さんはあたしを見限ったに違いない。手を差し伸べてくれることも、優しく語りかけてくれることもない。
あたしから言ったのよ。
同じVtuberとして宜しく頼むって。
この言葉の真意に気づかない花依さんではないはずだ。
淡々と。粛々にこなそう──
──と思っていたのに。
「あ、クラちゃん! 久しぶり!」
「え、えぇ……」
花依さんは変わらない純粋な笑顔で私を出迎えた。
どうして??
疑問が浮かび上がり、それを口にする直前で止める。
不確かな希望を持ったところで打ち砕かれるのは自明だ。あたしから拒絶しておいて今更それを問うことは虫が良すぎる。
「今日はよろしくね!」
「……そうね」
結局あたしは、眩しい笑顔から目を逸らすことしかできなかった。
☆☆☆
第一関門突破、と。
普段通りに接した私に対してどんな反応を取るのか。
私が確認したかったことは、あの拒絶が少なくとも不本意なものであるかだ。
希望に縋っているわけじゃないよ。ただ、あの言葉には怒りじゃなくて、恐怖と焦りが大部分を占めていたから。
恐怖からの拒絶。
それは、知られたくない。知って嫌われたくない。踏み込まれるのが怖い。
大体この3つで構成されてると思う。
さっきクラちゃんは、バツの悪い表情で視線を逸らした。つまり、私に対して負い目を感じている証拠になる。
ゆえに第一関門、完全に拒絶しているわけではない、を突破したことになる。
……ふぅ。希望的観測かなぁ、と思ってたけど案外上手くいったねぇ。
「じゃあ、収録室行こう」
「ええ」
私が声をかけると、小さな声でクラちゃんは頷く。
そこを突っ込むことなく、私たちは無言で歩き続けた。
「あたしたち以外いないのね」
「うん。スタッフさんたちの都合が悪くてね。機材の使い方なら教えてもらったし大丈夫じゃない? そこまで難しい企画じゃないし」
これは嘘だ。
準備中に無理を言って、二人きりにするように頼んだのは私だ。踏み込んだ質問をするのに、全くの他人が絡んでは本心も話せないからね。死ぬ気で使い方を学んだよ。
めっちゃ難しかった。本職の人すげぇ、って素直に感心した。
「そう。なるほどね」
幸いクラちゃんは納得したようだ。
結構無理のある言い訳なんだけど、社会に疎いクラちゃんなら何とかいくかなぁ、って感じの行き当たりばったりな作戦だ。
序盤のガバは勘弁してほしい。後で取り戻すから!
私は機材を操作しながら、収録室を見渡す。
所狭しと並べられた楽器類は、全て事務所が管理しているものだ。
ピアノに始まり、ギターもベースもドラムもある。
そのせいでかなり手狭になっちゃってるけど、演奏するスペースならあるから我慢だね。
「どういう流れで進むのかしら?」
「そうだなぁ。まあ、雑談を入れつつ楽器を交互に演奏していく形かな。それを後から全智さんとツナちゃんに聞いてもらって、勝敗を後々明かす予定〜」
「0期生の全智さん……随分大掛かりなのね」
「まあねぇ。審査員として一期生も巻き込みたかったんだけど、さすがにダメみたい」
事務所主導のコラボということを強調するため、私は二人を間接的に巻き込んだ。
まあ……純粋にリスナーに楽しんでもらいたいってのも大きいケド。
私の個人的用事のためにリスナーを利用するようなことはしたくない。かと言って、作戦のためには配信であることが必須。
ならどっちも楽しめばいいじゃない!
的な。
脳筋思考っていうツッコミは聞かないでおく。自覚はあるからね……。
流れを説明しながら話していると、ふいにクラちゃんは険しい顔で俯く。
どうしたのだろうと怪訝に思う私に、クラちゃんは何かを言いかける。
「花依さん……あなたは──いえ、なんでもないわ」
「そっか」
何となく聞きたいことは分かる。
だけど、クラちゃんが言葉に出していないなら、私が答えることは野暮だろう。私は言いたくなるまで待つか、言いたくなるように攻略するかの両極端だからね。
「じゃあ、始めようか」
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