第23話 意地っ張りで自分に自信が持てないから
Side クラシー
あたしには誇れるモノが何もない。
過去から現在まで、全ての事象は両親から受け継いだ才能に裏付けられた虚構でしかない。
「なんで……あんな言い方しかできないのかしら」
花依さんはどこまでも純粋で真っ直ぐで、心が痛くなるほどに優しい。演技じゃないってそれだけは分かってる。
笑顔で手を引く花依さんも、あちち、とグラタンを頬張る花依さんも。
全ては彼女のアイデンティティだ。彼女にしかないもので、彼女にしかできないこと。
歌と聞くと体が強ばる。
花依さんにカラオケへ行こうと誘われた時は、呼吸がままならなくなって、あわや醜態を晒すところだった。
人をよく見る花依さんのことだから、きっとあたしの様子がおかしいことは気づいていたのだろう。
「あたしが……あたしでいるため」
力なく呟いた声は虚空へ溶けた。
自分の証明は、どうも上手く行きそうにない。
☆☆☆
あたしは自分が幸せだと思っていた。
裕福な家に産まれ、父はスコットランド人の天才作曲家兼天才オーケストラ奏者。
母は天才歌手兼天才女優。
所謂あたしは二世という分類にあった。
物心ついた時から不自由なく育って、3歳になる頃には子役として数多の撮影をこなした。
幼心ながらに両親の期待に添いたかったのもある。一番は、いつも忙しい彼らと少しでも接する時間を長く取りたかった。
順風満帆な日々で、バラエティにも数多く出演した。
褒められて持ち上げられて、世界はあたしを中心に回っているんだって錯覚もした。
……けれど、歳が経つにつれて、あたしのメッキは剥がれていった。戻ることのない錆びついた日々に陥った。
8歳にもなれば仕事はなくなった。
二世の時効だそうだ。
限られた子役の時間内に自分を発揮できなかった子役は見切りをつけられ姿を消す。
私には才能があった。
そう、勘違いしていた。
どれも中途半端で器用貧乏。
劣るものがないことがあたしの強みなら、秀でたものがないことが弱みなんだろう。常に上がいた。
『さすが◯◯のお子さんだ』
『◯◯の子どもならこれくらいできるに違いない』
『◯◯の名を汚すな』
漫画とかでよくあるだろう。
才ある両親に比べられ、自分を見失う哀れな娘が。
常に付き纏った両親の名は重い鎖になって私を縛る。
ある時、歌番組に出演することになった。
ラストチャンスだ、って私は思った。
ここで結果を残して両親に認めてもらう。
すでに立派な業界人だと思ってもいないくせに、自分の忙しさを免罪符に家に帰宅しなくなった両親。
寂しかった。悔しかった。
そして出演した歌番組で──
──あたしはあたしの限界を知った。
『〜〜♪』
──誰も拍手をしなかった。
誰もが呆然としていた。
一拍置いて番組プロデューサーは途轍もない苦々しげな顔で私を睨んだのだ。
その表情であたしは自分の失敗を悟って逃げ出した。
その場から涙と嗚咽を堪えながら逃げ出した。
タレントとして絶対にしてはいけなかったことだと思う。
けれども、8歳のあたしには全てが耐え難いことだ。
──その後、番組は私の出番をカットし放送した。
引きこもったあたしは流れるように引退。全てを放り捨て、両親の期待を裏切り、応援してくれたファンを蔑ろにしてしまった。……そもそも応援してくれたファンがいたのかも分からない。
それから歌を聴くと過呼吸になるようになった。
何年も経って、他人の歌なら平気になった。
けれども、自分が歌うことは当然不可能。もしくは、あたしが歌うことを他者から示唆されるだけでも気分が悪くなった。
これが私の歌えない理由だ。
☆☆☆
「何を語っても、どれを選んでも言い訳にしかならないわ。花依さんの差し伸べた手を叩き落としたのはあたし」
意地っ張りで自分に自信が持てない。
それ以前にあたしは、8歳から時が止まったまま過ごしている。
両親との繋がりを捨てきれなくて惰性で続けた楽器。
結局誇ることはできなかった。全てが上位互換の両親がいるから。
「Vtuberとして昔のあたしを捨て去れば、あたしがあたしでいることの存在証明ができる。そう思ったのにね」
結局変わることはない。
自己中心的で我儘で、花依さんにもツナマヨさんにも迷惑をかけてしまった。
あたしが信頼できると素で思えた花依さんの手を自分で拒絶してしまった。
「……どんな顔をして会えば……いえ、会う資格もないのかしら」
彼女は人たらしだ。
恵まれた容姿もそうだが、基本的な話し方だとか滲み出る性格だとか。一貫性のある内面と素の優しさが、どうしても警戒心を一段階も二段階も下げる。
彼女と繋いだ体温の温かさを思い出したあたしは、熱くなる顔を冷ますように手で扇いだ。
「踏み入られるなら。暴かれるならあなたがいい」
もう一度だけでも手を差し伸べてくれたのなら。
あたしは素直になれるのかな。
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