第22話 クラちゃんとデートしよう!②

 手を繋ぎながら私たちはデートを楽しんだ。

 最初は手を繋ぐことに抵抗を覚えていたクラちゃんも、時間が経つにつれて慣れたのか、それとも諦めたのか気にしないで楽しんでいた。

 

 クラちゃんはどうやらワンピースかドレスしか持っていないらしく、それを知った私が服屋へ直行。クラちゃんのファッションショー後に何点かお買い上げした。ちなみにカード一括。

 

 その後は目的地のカフェに辿り着き、今に至る。


「なかなかお洒落ね」

 

 店内を見渡したクラちゃんが感心したように言った。


「でしょ。それにピークの時間外してるからそんなに人いないし落ち着くよねぇ」

「確かパンケーキが有名だったかしら。確かに昼前じゃそこまで混まないわけね」

「ノンノン。甘いよ、クラちゃん。パンケーキは立派に昼ごはんになるんだよ。この店は3時からしかパンケーキを提供してないから混んでないだけ」

「えぇ……あんな糖分の塊をご飯にできるの……?」


 若干引いたクラちゃんは今の時代についていけていない。私も昼からはちょっとキツイ。絶対胸焼けするし、視覚的にも甘すぎる。

 まあ、パンケーキって言っても全部フルーツのアイスとクリームが乗ったやつじゃないんだけどね。普通にご飯として食べれるのも多い。


「パンケーキも美味しいけど、ここのオススメはグラタンだよ。カフェっていうか喫茶店なんだけどね、ここ。ただ店長がどうしてもカフェをやりたくてカフェって言ってるらしい」

「わざわざそのために飲食店許可営業を受けたのかしら……なかなかの執念ね」

「だよね〜。そのお陰で美味しいメニューもいっぱいあるから良いんだケド」

「そうね。店長のこだわりをとやかく言う筋合いはないわ」


 そんな話をしながらグラタンを頼む。

 店長はヒゲの似合うナイスダンディである。

 

 ギャップで萌える。



☆☆☆



「美味しかったぁ〜」

「予想以上だったわ。……次から一人で来れるかしら」

「あはは、気に入ってもらえて良かったよ。迷ったらまた誘ってくれてもいいし、電話くれたら道案内はするよ」

「そうね……頼むわ」

「了解〜」


 頼ることを渋っていたクラちゃんが素直に頼むとは。私を信頼……したわけじゃなくて、これは純粋に店を気に入っただけだね。残念。

 ちょっと入り組んだところに位置してるし、案内の出番はきっと来るだろう。こうして接点を増やすのが私の狙い……!

 あれ? 天才なのでは???

 いや、これは自惚れ。


 二人して満腹になったお腹を擦りながら、クラちゃんが私を横目でチラリと見る。

 次はどうするのか、と問いかけるような目線だ。



 ……私は微かに息を飲んで、ついに今日の目的を達するべく怪しまれないように笑顔で声をかけた。


「次は……遠出する時間もないしカラオケ行こう?」


 瞬間、反応は劇的だった。


 クラちゃんは顔をサァと青くして俯く。

 微かに震えた肩は拒絶反応の証。どう考えてもまともではない。

 

 悟った私は慌てて付け足す。


「そうそう、実は楽器持ってきてて、教えてほしかったんだよね」

「楽器……?」


 ピクリと肩を震わせ、クラちゃんは私の取り出したピッコロを見た。

 息を吐いて震えを収めたクラちゃんは、力ない声で言った。


「分かったわ。楽器なら私の得意分野よ」

「ふふ、知ってる。じゃなきゃ頼まないよ」


 表面上では笑いながら、私は思ったより歌に対するクラちゃんの拒絶に疑問を覚えながら、強ばる表情を誤魔化して歩を進めた。



 そう簡単にはいかないよね……。 




☆☆☆


 

「そういえばカラオケに入ったの初めてかもしれない」

「あら、そうなの? 手慣れてる感じがしたのだけれど」

「私の歌声って結構素が出ちゃうから身バレリスクがあるんだよね」

「あぁ、そういうこと」


 前世はそれこそ何百回と行ったくらい歌うのが好きだったけど、今世ではVtuberになるなら全てを気をつける必要があるから出来るだけカラオケは避けた。

 ボイストレーニングと専門の方に歌い方を習ったけど、一番上手い歌い方が素で出す歌声らしい。すでに形として完成しているから、細かなところを直せばいけると。


 私としては疑問だらけなんだけどね。

 プロに言われちゃ仕方ないし、実際に録音した声を聞いたら言っていることが理解できた。

 ボイチェンして歌うこともできるケド。


「私もある程度の楽器なら弾けるんだけど、ピッコロが吹けないんだよね」

「笛が苦手なのかしら?」

「そうかも。……でも、コンサートフルート吹けるしなぁ」

「なぜ……いえ、サイズかしらね。とりあえず演奏してみせなさい」


 とりあえず私はトルコ行進曲を演奏してみた。

 ……うーん、表現が苦手だなぁ……吹くので精一杯だ。


 ある程度吹くと、クラちゃんはじっと考え込んでいた。


「……そうね。十分吹けるじゃない、という感想はこの際置いておくわ。……単純に慣れ、だわ。あまり経験ないでしょう。フルートは種類それぞれで勝手が違うから、コンサートフルートの感触で吹くとミスるわ」

「あー、確かに……これが吹けるならこれも吹ける、みたいなイメージでやってたかも」


 それは楽器舐めんな、って感じだよねぇ……。

 至る所に手を伸ばすと、どれかが欠けてしまう。完璧なオールラウンダーを目指したいけどまだ遠そう。


「……あたしがお手本見せようかしら?」

「いいの? お願いしようかな」


 私は予備で持ってきたマウスピースを手渡す。

 インフルエンザも流行ってきてるし、こういう対策はしっかりしないとね。


 クラちゃんはマウスピースをはめて、ピッコロを構える。

 その姿はやはり様になっていて、どこか幻想的な雰囲気すら感じるほどだ。これが本物。音楽に関しては叶いそうにない。


「〜〜♪」


 吹き始めたトルコ行進曲は、私とは別格、としか表現できなかった。

 ただただ圧倒される。

 高音がカラオケ室内に響く中、私は楽しそうに演奏するクラちゃんを見る。


 笑顔で、すべてを魅了する表情でクラちゃんは演奏する。音楽が好きです、と全身で表現してるみたいだ、と私は思った。



「すごい。すごいよ、クラちゃん!」

  

 私の称賛にくすぐったそうに笑うクラちゃん。


「日々の積み重ねよ。音楽しか能がないのだから人並み以上に練習しなきゃ置いてかれるの。あなただってすぐに上手くなるわ」

「うーん、勝てる気がしないけどなぁ……」

「いいのよ。勝負しているわけじゃないのだから」

「まあ、それもそっか。でも、私って本番に強いから案外クラちゃんに勝ったりして」

「あたしは負けないわ」


 いつにもまして自信にあふれるクラちゃんを見るのは心地いい。基本的に卑屈だから、自慢するくらいに自信満々でいてほしい。

 私を見習えってことかな!! ……違うか。




「こんなに楽器が上手いならさ。クラちゃん、歌も──」


 私はその一言で自身の失言を悟った。

 

「……っ、花依さん。あなた、私の何を知っているの?」


 あぁ、きっと急ぎすぎた。

 ……違う、深入りしすぎたんだ。


 朗らかに笑みを浮かべていたクラちゃんはもういない。


 微かな怒りと恐怖を浮かべるクラちゃんに、私は何も言えなかった。私が悪いと分かっているから。

 

 黙る私に痺れを切らしたクラちゃんは、徐ろに荷物をまとめて席を立つ。


「今日は楽しかったわ。──でも、私の事情に立ち入らないで。……これからは同じVtuberよろしく頼むわ」

「──っ、待ってクラちゃ……」


 静止の一言は無惨に閉じられた扉に阻まれた。


 きっとあれは拒絶だ。

 同じVtuberとして。裏を返せば、それ以上の関係になるつもりはない、という意思表示。

 最後の最後……ううん、最初から事情を聞き出そうとした私が間違っていた。やっていることは自己満足に過ぎなかったんだ。


「あぁ、クソ……。推しだからって、同じVtuberだからって、自分全てが解決できるって……傲慢すぎたのか……?」


 私は前世の口調が出てしまうほどに後悔と動揺をしていた。

 自分の揺るぎないアイデンティティが崩れ落ちるような。絶対的な夢と目標の意味を見失いそうになる。


「……ネガティブになるな、私。今日はとりあえず帰って寝る……ツナちゃんとコラボする約束だっけ」


 忘れていた。

 今日は夜中からツナちゃんとコラボする約束をしていたっけ。


 正直そんな気分じゃないけど、自分の都合でツナちゃんに迷惑をかけるわけにはいかないし、すでにリスナーには告知済みだ。



「帰ろ」

 

 行きとは打って変わって沈み込んだ感情に自嘲しながら、私は悔しさを飲み込んで歩いた。

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