第21話 クラちゃんとデートしよう!①
善は急げという言葉がある。
良いと思ったことは躊躇せずにやれ、との意味があるけどもその『良い』が自分にとって良くても相手にとっても『良い』とは限らないのだ。
つまり、直球で本題に入ることは善じゃない。
そもそも出会ってそこまで経っていない私がクラちゃんの心を解きほぐせるなんて過剰な自負は持ち合わせていない。
全智さんとツナちゃんは明確な弱点があったから即堕ちさせられたケド。ちょっと例外だよね~、あの二人は。
「まあ、うだうだ言ってないで行動するのは間違ってないよね。ってわけでクラちゃんと親交を深めることにしよう」
いつものように独り言をブツブツ呟きながらスマホを操作する私。配信者としての癖か独り言が多くなるんだよなぁ……喋りのコツを掴めるようになるし悪いことじゃないんだけど、傍から見たら危ないやつに見えるからね。
ーーー
クラシー『えぇ……?』
花依『簡潔に言えば案内するだけだよ。地理的に疎いと危険そうだし』
クラシー『そう言われると弱いわね……。分かったわ』
花依『おぉ、じゃあパチ公前で明日の9時にどう?』
クラシー『了解。そこなら迷わずに着けるわ』
ーーー
自信満々に言ってるけど渋谷駅から秒で着くからね?
クラちゃんが住んでいるのは渋谷らしいし、ちょうどいい。私は駅を跨ぐ必要があるけど、別に方向音痴じゃないしなぁ。
「よしよし。忠猫パチ公なら迷わない、と。変な知識覚えちゃった」
有名所は人が多いだろうし、そこに行っても多分楽しめないから一般的な場所に行こうかな。
あとは計画を上手く進められるかが問題だけど……こればっかりはやらなきゃ分からない。
「よぉし、精一杯お洒落するぞ」
☆☆☆
私は現在、パチ公前でクラちゃんを待っていた。
チラリと時計を見ると、約束の十分前程度。
待ち合わせするとナンパされるんだけど、恋する乙女の表情で待っていると大概察せられてナンパされない。演技派の役立つテクニックだよ。
……とはいえ、本気で誘ってくる人もたまーにいるから、少しばかり断ると良心が痛む。すまんな、男にはときめかないんだよ……。女になって出直してきて。
「そろそろかなぁ」
今日の服装は黒×白の王道モノトーンコーデ。
素材が良いとシンプルな装いでも似合うから助かる。
センタースリットの入った白のデニム。ソフトでゆったりと履けるタイプで、ハイウエストを強調している。
トップスはふんわりとした黒のブラウス。
季節は秋で、寒いには寒いけど充分我慢できる範囲なので問題なし!
ミニスカ履いてる人だって沢山いるしね。冬でも関係ないよ、あれは。お洒落のためなら温度は気にしない。覚悟決まりすぎでしょ、と前世の頃は思っていたけど、今となっては『まあ、分かる』の精神でやってる。
「ごめんなさい、待ったかしら」
「今来たとこ──フッ」
「謎のドヤ顔はなんなのかしら」
「テンプレ的返しを言えたドヤ顔だよ」
若干駆け足で私と合流したクラちゃんは、一連の流れに首を傾げた。どうもラブコメ的テンプレはご存知ないらしい。
そんな会話はさておき、私はクラちゃんを上から下までじっと見た。
遠目からまたドレスかと思ったが、今度は体の線が浮き出ないタイプの赤色のワンピースだった。刺繍の入った細かな装飾は、やはり高級品としか思えない。
いいとこの出身なのかな? それともVtuber以外でめっちゃ稼いでいたり。
「何か変なものでもついてる?」
「いや、何でもないよ。今日も可愛いね」
「あなたこそ。その服装よく似合ってるわ」
「うん。でしょ」
過度な謙遜は嫌味になるとの過去経験があるから、私は事実を事実としてしか見ないことにしている。場合にもよるけど、特に自分のことに関しては言われたら認める。
隙あらば自語りはしないよ。
特にクラちゃんも気にしていないようで、挨拶もそこそこに私たちは歩き出した。
「やっぱりここ、人多いわね……」
「まあ、待ち合わせの聖地みたいなものだしね。ちょっとは経験値積めたんじゃない?」
「吐きそうよ」
「ダメじゃん」
おえっぷ、と口に出しながら青い顔をするクラちゃんは本当に吐きそうだった。無理やり慣れさせるのは性に合ってないみたいだね。次からはやめておこう。
「今日はどこに行くのかしら? あんまり人の多いところは勘弁よ」
「大丈夫! 確かに人は多いけど飲食店だから」
「飲食店?」
「うん。この前美味しいって話題のカフェ見つけたんだ。ぶらぶらショッピングしながら昼になったらそこ行こ」
「分かったわ。前に花依さんの勧めで喫茶店に行った時もコーヒー美味しかったから、店選びはあなたに任せるわ」
「うん、任せて〜。情報収集は欠かせないからねぇ」
微笑を携えて言ったクラちゃんは、凄味を感じる吊り目と優しげな笑顔のギャップがあった。これもクラちゃんの一つの魅力だと思う。
少なくとも私はぐっときた。
「そういえば高校生だったかしら。それは流行に目敏いわけね」
「高校生全員が流行に詳しいわけじゃないケド」
「そうね。あたしのようにね」
「自虐が反応し難いんだけど!」
「冗談よ」
一瞬真顔になったクラちゃんの表情は真に迫っていた。
……多分事実だよね。うん、まあ……色々と苦労してそうではあるけどさ。
私は微妙な空気を打破すべく、にっこり笑ってクラちゃんの手を取る。
「さ、行こ! はぐれないように手、握ってあげる」
「……っ、そんな歳じゃないのだけれど……悪くないわね」
微かに頬を赤らめるクラちゃんは間違いなく照れていた。効果ありか。
デレたクラちゃんも間違いなく可愛いです、うむ。
「おっと、クラちゃんのデレ期かな……?」
「余計なこと言うとこの手離すわよ」
「その手を離されて困るのはクラちゃんじゃない?」
「……」
不承不承といった様子で閉口したクラちゃんは、私に手を引かれて歩き出す。不機嫌というわけでなく、単純に恥ずかしそうにしているようだ。
「ふんふふーん♪」
適当に鼻歌を歌いながら歩いていると、クラちゃんが隣でぼそっと呟いた。
「あたしといて楽しいのかしら」
不安。懐疑。少なくとも良い感情ではない。
私はクラちゃんの手をギュッと握って、耳元で囁く。
「楽しいよ。不安がらないで私についてきて」
「……っ、わ、分かったから耳元で話すのはやめてちょうだい。心臓に悪いわ」
久しぶりのボイスチェンジ、inゆらぎ。
落ち着かせるにはこれが一番いい。何を不安がっているのか、クラちゃんの抱えてることは知る由もない。
でも、私といる間だけでも安心してほしい。
紛れもなくそれは、演技でもない私の本音だ。
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