第14話 二期らじお!①

 クラちゃんを連れ立って、ツナちゃんを迎えに行く。

 メッセージによると、どうやら駅のトイレでぷるぷる震えながら打ち込んでいるらしい。存在弱すぎない?

 どうやら人混みに酔って、道に迷っているうちに限界が来たらしいけど、真っ先に私を頼ったことは偉い。


「まったく、手のかかる娘だなぁ」

「あなた本当に最年少なのかしら……」


 精神年齢はそこそこいってるからねぇ〜。

 肉体に引っ張られてる傾向があるから、そこまで年齢を意識したことはないんだけど、まあ人生二周目の強みはあるにはあるよ。


 クラちゃんと話しながら、私たちはツナちゃんが指定したトイレに到着した。

 ……初対面がトイレって。肥溜めだからなの? そこまで事務所を愛さなくてもいいのに。


 と、まあそんな冗談はさておき、珍しくトイレは一つを除いて空室だった。間違いなくその一つにはツナちゃんが入っているのだろう。

 

「ツナちゃん〜? いるー?」


 その瞬間、勢いよく扉の鍵が開き、中から飛び出してきた黒髪ロングの女性が私を抱き締めた。


「花依しゃあああん!!!!! ひぐっ、えぐっ、私もうこのトイレから一生出れないんじゃないかって……って美少女!? リアル美少女!?」

「くっつかないでよ、鬱陶しい」

「ひ゛と゛い゛」

「冗談だって」


 女性改めツナちゃんは、私より少し身長が高く、白のハイネックとグレーのカーディガンでシンプルなトップスに青のプリーツスカートを履いている。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を見ても、顔立ちは整っている。私程とはいかないまでも、十分すぎる美少女だ。思いっ切りブーメラン発言じゃん。


 あと、ここ重要なんだけど。



 すっごいおっぱい当たってる。

 しかもちょうど良いサイズ。両手に収まる感じの。


 それが私の腰辺りにむにゅん、と押し当てられている。その無自覚で無作為なボディタッチに少々クるものがあった。

 おのれツナ野郎。こんな手札を隠していたとは。


 だけど、されるがままは私のポリシーに反する。

 やられたなら何倍もやり返せねば気が済まない。

 柔らかいおっぱいは私の思考を上手く逸らしていたが、最早慣れた。


「そんなに泣いて……私が待ち遠しかったのかな?」

「だって。頼りになるの花依さんしかいませんし。地図も読めなくて、藁を掴む想いで花依さんに連絡したんです」

「ふ〜ん、頼りになるの私しかいないんだぁ」


 なかなか可愛いこと言ってくれるじゃん。

 ツナちゃんは、どうも相手をそのにさせるのが上手い。いや、多分無自覚なんだろうけど、そのピュアさが嗜虐心に火を点けるのだ。


 私はニヤリと笑いながら、私の腰にしがみつくツナちゃんを立たせる。

 やはり立ったらツナちゃんの方が身長は高い。なんだろう、よく漫画にあるクソ美少女な八尺様的な。そこまで高いわけじゃないけど……175cmはいってるかな?

 私の身長が160cmだから結構見上げる形になる。


 じー、とツナちゃんを観察する私を首を傾げながら見ていたツナちゃん。その長躯をトンッと軽く押して、壁際にまで後退させる。


「な、な、な、何をしているんでしょうかぁ……!」

「私しか頼りにならないならさ──こーんなことしても良いよね?」


 ツナちゃんとコラボした時に演じた女騎士の声を再トレースして──いわゆる壁ドン&顎クイをする。ベタな物語が好きなツナちゃんには効果覿面だと思ったが……


「カヒュッ──! 顔面の暴力! 圧倒的美少女の暴力ですぅ……!」


 すごい効果覿面じゃん。予想通りにいきすぎて一周回って笑えるんだけど。


 ツナちゃんはボッ、の顔を紅潮させて叫びながら白目を剥く。

 そのままズルズルとへたり込んでいくので、ついには私がツナちゃんを見下ろす形になる。

 壁ドンを継続させたまま、私は唇を妖艶にペロリと舐める。

 おーおー、思春期男子みたいな視線が届いてるねぇ。

 だが、年上としての最後の砦か、ちらりと私の後ろで呆然と立ち尽くすクラちゃんを視認して両手の人差し指でバツを作る。


「だ、だめです! 私としてはそのぉ、やぶさかでないんですけどぉ……!? 後ろの御人がガッツリ見てらっしゃるのでぇ……!?」

「大丈夫。同じ二期生のクラシーだから──ふぅ~」

「あひょぉっ!?!? 何も大丈夫じゃないんですがぁ……!」


 息を吹きかけると、ビクリと体を震わせる。

 若干涙目になってるのは非常にそそる。


「あのぉ……流石に同じ二期生の方に見られながらというのはハードルがお高めと言いますか! こういうのはもっと仲を深めて──」


 私はツナちゃんの顔を手で挟んで無理やり目線を合わせる。


「今は──私だけを見て」

「はいぃぃ!」


 おもしろ。

 年上美女を弄ぶのたーのーしーいー! クズと呼んでもいいよ。この楽しさだけは経験しないと分からないからね。


 さて、からかうのもここまでにしようかなぁ、と思ったタイミングで、ようやく後ろにいたクラちゃんが声を発する。


「いや、ちょっと待ちなさいよ。何見せられてるのかしら、私」

「なーに、ちょっとした戯れだよ。クラちゃんも混ざる?」

「混ざらないわよ……。ハァ……これが噂の完堕ちというやつかしら」

「私堕ちてませんがぁ……!?」

「涎拭いてから言いなさい」


 テンポのいい会話にケタケタ笑いながら私は腕時計を指し示し言った。


「じゃあ、そろそろ収録行こっか。方向音痴さん」

「「くっ」」


 私が助けたのは事実だから何も言えないよね〜。

 待って、これメスガキっぽくない!? あ、わ、初めて成功したかもしれない。



☆☆☆


「「「うへぇ……」」」


 奇しくも私たちの声は重なった。

 全員、目の前の高層ビルを見た感想である。曲がり間違っても感嘆じゃなくて『本当にここに来ていいのか』という気後れだ。

 それなりに儲かってることは知ってたけど、ここの3階フロア分って相当だよ。しかもここ支社だしね。

 本社の社長室があるのは、とある高層マンションの最上階。社長の職場件自宅らしいケド。結構特殊な形態だよね。なんで分けたんだろ。


 無言で私たちはエレベーターに乗り三階で降りる。


 すると、一人の女性が私達を出迎えた。

 ピチッとしたスーツを着込んだ黒髪ボブの女性。タレ目で優しげな雰囲気があるが、現在は隈で疲れが色濃く見える。


 私たち二期生のマネージャーその人である。


「あ、みなさん早いですね。ちょっと複雑なので迷っていないか心配でした」

「あはは〜、さすがに大丈夫ですよ」


 クラちゃんとツナちゃんは同時に視線を逸らした。分かりやすい反応は避けようか、君たち。仮にも年上でしょ。

 ちなみに道中聞いた話によると、クラちゃんは19歳。ツナちゃんは21歳だそう。

 一番子どもっぽいのにツナちゃんが最年長なのは驚いた。というか全体的に年齢層低いよね。


「そうですか! それは良かったです。駅まで迎えを寄越すか迷ったんですけど、花依さんなら何とかしてくれるんじゃないかと思いまして」

「私任せですか。や、別に良いんですけどこれでも最年少ですよ、私」


 クラちゃんとツナちゃんはまたも同時に視線をそらした。何回やるのさ。もういいって。

 

「とりあえず、時間も迫っているので打ち合わせしましょうか。収録室で会議しましょう」


 そう言うと、すたすたマネージャーは歩いていく。


「あのマネージャーさん私を見る目が怖かったんですけどぉ!」

「私は可哀想な目で見られたわね。なんでかしら」

「君らが常識からかけ離れてるからでしょ」


 そんな会話をコソコソとしながら着いた場所は、様々な機材が置かれた収録スペースだった。

 椅子が4脚置かれていて、円卓上のテーブルが端に構えている。



「本日は事前に連絡したように、『二期らじお!』という題材で私たちの公式ミーチューブで配信する用のものです。オープニングトーク、フリートークコーナー、そして事前に集めた質問に答えていく形式です。司会進行は花依さんに依頼しました」

「はーい、よろしくお願いしまーす」


 打って変わってクラちゃんツナちゃんの両名は、真剣な表情でこくこくと頷く。大事な場面の時に意識を切り替える。それはとても大切なことだと私は思う。

 自然体でいるタイプもいるけどね。私とか。


「今回は事前収録ですので、コメントを見て話すことはできませんが、その代わりに編集でカットすることも可能です。緊張せずに落ち着いて臨んでください。収録時間は一時間ですが、実際に流すのは三十分程度の尺です。間とか失言を削ればそれくらいになると思いますから」


 なるほどね。

 まあ、三十分のものを三十分で撮るわけないよね。ライブ配信とは違うんだから。違いを理解して進行しないとグダグダになりそうだなぁ。

 ふんふん、と頷きながら説明は続いた。


「──とまあ、こんなところです。質問はありますか?」

「はい」


 クラちゃんが手を挙げる。

 礼儀正しく肘まで伸ばした挙手だ。


「今回のコラボの意図は何かしら。同期の登録者の差を是正するためと私は睨んでいるのだけど」

「その意図がないといえば嘘になりますが、私どもとしても新しい試みなので、今回は試金石としての役割もあります」

「あたしたちは生贄かしら?」


 クラちゃんは怒り、というより不機嫌だった。

 自由意志の元で配信を行ってきたからか、急に組織のしがらみに囚われることを嫌ったのか。……まー、自分だけ登録者が少なかったらそう思うのも仕方ないよね。


 私はマネージャーに助け舟を出す。


「クラちゃん。私はそういうしがらみとかどうでもいいと思ってるんだ。ただ楽しみたいだけ。私はクラちゃんともツナちゃんともコラボしたい。それじゃあダメ?」


 紛れもない私の本心をぶつける。

 堕とす堕とさないは介在しない。ただ前世の頃からの推しの一人である音楽系Vtuber、クラシー。私はそんな偉大な人物と一緒にコラボがしたい。

 そして、ツナちゃんとも初めてのオフコラボになる。


 これは事務所がくれた大事な機会だと私は思っている。


「そ、そうですよ。私も猛烈に緊張していますけど、配信するのは楽しいんです。特に花依さんとの初めてのコラボは刺激的で楽しくて。わ、私はクラシーさんともコラボがしたいです……!」


 やるじゃん。

 密かにツナちゃんを褒めつつクラちゃんの様子を窺う。

 彼女は諦めたようにため息を吐くと微笑んだ。


「ごめんなさい、少し熱くなってしまったわ。私も嫌ってわけじゃないの。あなたたちとは会って間もないけど、交わした会話は楽しかったから。だから……その、よろしくお願いするわ」


 微かに頬を染めるクラちゃんに尊みを感じつつ、そのリピドーを何とか抑え、私とツナちゃんは「うん!」と頷く。


 今初めて、ほんの少し。

 微かな進歩でも二期生がまとまった。

 私は確かにそう思った。

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