第13話 ナンパと正体とドッキリと

 私たちが収録するのは、『二期らじお!』という二期生全員でコラボしたラジオ番組のようなものらしい。

 事前収録だからコメントを見て話せないが、お題と時間が決められているために楽ではある。私一人だと長尺になってダラダラしちゃうからね〜。


「いよいよ今日かー、楽しみだなぁ」


 すでに出掛ける準備を終えた私は微笑む。

 鏡に映るのはどこからどう見ても完璧な美少女そのもの。


 事務所は駅の近くにある高層ビルの二階から四階のスペースにある。


 歩いていける距離だから気負わなくていいなぁ。

 公共交通機関を使う時は最大限に注意を払わないといけないし。

 もし痴漢なんてされたら、それはもうセルフNTRみたいなものだよ。NTR絶許委員会の私は、そういう悲しい話は勘弁願いたい。


「時間はまだまだあるけど、折角だし駅で買い物でもしようかな」


 基本的にインドアだから、人混みのある駅近くに行くことは少ない。というか酔うし面倒だから用事のある時くらいしか行きたくない。

 今は絶好の機会といってもいい。

 

「よーし、最後に鏡チェック」

 

 今日の私の服装は、格好良いを重視したものである。

 白のトップスにネイビーのチノパンツ。

 私は結構お胸がボインだから、体の線を拾わないように余裕のあるトップスが好きだ。それでも視線が集まるのは避けられないけど、パツパツサイズを着たらそりゃただの痴女だからね。

 幼気いたいけな少年、青少年の性癖を安易に捻じ曲げるのは私とて避けたい。


 別に見られるだけなら本当にどうでも良いんだけどね。

 私も気持ちは分かるし、こんな美少女がいたら思わず視線で追ってしまうのも無理はない。


 そう、理解のある美少女とは私のこと。


 とりあえず行くかぁ……。



☆☆☆


 駅に着いた。

 相変わらず人でごった返しているし、時折下卑た視線が届くけど気にすることなく堂々と歩く。

 ここまで美少女だとナンパする方も勇気が必要らしく、あるにはあるけど回数自体はそこまで。時間取られるから速攻で無視だケド。女の子だったら考える。


「なーにしようかなぁ」


 近くのデパートに入って、ぶらぶらと店舗を冷やかして回る。流行のチェックも欠かせないね。

 

「ん? ふーむ……」


 歩いていると、人通りの少ないトイレ近くで女性が男性に詰め寄られていた。。

 男は典型的なチャラ男で、金髪ピアスでクソダサい英字プリントの服を着てる。

 『Please show me to the bathroom as it looks like it's going to leak.』って意味本当に分かってる……?

 漏れそうだからトイレに案内して、的なやつだけど……すぐそこにあるよ? 案内しようか?


 対する女性は、赤色のワンピースを着た美人だった。

 赤髪赤目。見る限りハーフっぽく、身長は低くツインテールがよく似合っている。


 これまた美人────でっっっっか。


「おっぱいでっか」


 爆乳じゃん……私超えてる……。

 容姿も平均以上で、あの超視覚的暴力おっぱい。ナンパされるよね、それは。

 シンプルなワンピースだけど肌は出るタイプだし、あの人自分の魅力を理解してるのかねぇ。いや、彼氏との待ち合わせだったかもしれないけど。


 ……男に慣れていないのか萎縮した様子だし助けないわけにはいかないかぁ。どのみち自分で切り抜けられないタイプなら助けるけど。


 私はコツコツと少しばかりの威圧感を出してその場に向かう。


 男は私の足音に気づいて振り返り──一瞬で鼻を開いて口元をニヤけさせた。どれだけ典型的な反応をするんだよ。素直か。


「私の知り合いに何か用? この後急ぎの用事があるんだケド」


 声は素で。ただし少し低く。

 明らかに不機嫌のオーラを出して男を威圧する──が、こいつ私のおっぱいしか見てないな。踏み潰してやろうか。


「え、お姉さん、この人と知り合い? 良いじゃん、一緒に遊ぼうよ」


 急ぎの用事って言ってんのに話通じないのかな。

 私はため息を吐きながら、何とか穏便に済ませるように取り計らう。

 ぶっちゃけ殴りかかってきても軽く勝てるけど、暴力沙汰になって時間取られるのはヤだし、触りたくない。ココ大事。


「ごめんね、二人分しか予約取れてないんだよね。半年前から応募してたから、ね?」


 私は口裏を合わせて欲しい、と赤毛の女性に視線を向けてウインクをする。

 女性は暗い表情をしながら、意図を察したのかコクリと頷く。


「……ぅん」


 うーむ、どこか声に聞き覚えあるけど小さかったし解らないな。とりあえずこれで納得してもらいたいんだけど。

 

「あー、その後はダメ? それか連絡先くれない? 迷惑にならないようにするからさ」


 それが迷惑なんだっての。

 トイレの居場所すら分からない人は黙ってほしいんだけども。


 ……うーん、面倒だなぁ。

 

 よし、逃げるか。


「ちょいと失礼」


 私は女性をお姫様抱っこする。その間一秒。

 流れるように女性の体幹を崩し一瞬にして抱える。


「え」


 男が目を丸くしてる間に、私は脱兎のごとく逃げ出した。


「ちょ、待……足速っ!!」


 追いかけてくる男を一瞬で突き放して、私はその場からの脱出に成功した。

 こちとらハイスペックやぞ。身体能力も含めてね。


 ふははは、と心の中で高笑いをしつつ、ある程度まで逃げて女性を降ろす。

 何が起こったかよく分からない顔をしている。うん、無理もない。


「手荒な真似してすみません。酷く粘着されそうだったので」

「……ううん、助かったわ。ありがとう。震えるだけだったあたしと違って、年下なのに強いのね」


 女性は暗い表情のまま言った。

 私と二人きりになってようやく素を出せたのか、その口調はやけに女性に似合う。


 ……というか。

 いやいや、まさか。

 うぅむ、でも事務所近いしあり得なくはないのかな。それにしたって偶然すぎる。人の巡り合わせというのは不思議なものだ。意図せずに会うことになるとは。


 二期生、音楽系Vtuberクラシー、その人。


 口調も声質も。全てが一致している。

 

 すぐに気がついた。喋り方も特徴あるしね。こんなんじゃすぐリアルバレしそうだけど大丈夫かな、この人。普段外出ないのは知ってるケド。


「どうしたの? 固まって」

「ああ、いえ。少し考え事を」

「そう……敬語はいらないわよ。年も近いでしょ?」

「……うん、分かった。災難だったね、お姉さん」


 やはりクラシーさんは私に気づいていないようだ。

 それもそのはず、リアルよりも花依琥珀は声が甘く高い。メスガキキャラでやるうえで作った声だからね。

 全智さんと話す時も微妙に声を変えている。身バレを避ける一環でもあるけど、純粋にオタク受けしそうな声を演出したかっただけ。私が好きなんだけどね!


 ……よし、とりあえずこのまま気づかせない方向で行こう。


「ええ、助かったわ。少し情けない話だけれどね。何かお礼をさせてもらえないかしら」

「……うーん、そこは気にしないでって言いたいけど、お姉さん気にするだろうし、近くの喫茶店でお茶でもどう?」

「あら、ナンパかしら?」


 ニヤリと笑って言った言葉で、初めてクラシーさんは笑顔を見せた。とても魅力あふれるいい笑顔だ。年上お姉さんの余裕ある笑顔。こういうの、嫌いじゃないです。


「ちょっとした興味ってやつ。私、今暇だからお姉さんさんに付き合ってほしいなぁ、って」

「そういうことなら喜んで。あたしここらの地理に詳しくないのよね。……だから迷い込んでナンパされたのだけれど。とにかく場所は任せるわ」


 本当に災難だなぁ。

 人通りのあるところのナンパは回避しやすいけど、人通りのない場所でのナンパは粘着質なことが多い。

 えっちが目的だったり、彼女が欲しいのかは分からないけど、その必死さが迷惑なんだよねぇ……潔ささえあれば良いんだよ。元男として気持ちだけは本当に分からないでもないからさ。



 その後、私は(密かに検索して)喫茶店に案内した。

 ムーディな雰囲気があるいいお店だ。コーヒー豆の香りが鼻孔をくすぐってたまらない。


 私たちは席に座ってコーヒーを一つずつ頼んだ。


「お姉さん、都外から来たの?」

「違うわ。都内に住んでるのだけれど、あまり家から出ないものだから……」

「そっか。まあ、迷いやすいからね、ここらへん。地図も見づらいし。あぁいう時に一回断っても諦めないタイプは連絡先だけ教えて即ブロックするのがオススメだよ。お姉さん美人だし、対処だけはちゃんとした方がいいよー」

「ええ、わかってるわ。でも、思うように体と口が動かなくて……。ダメね。外は怖いわ」


 クラシーさんは男に慣れていないようだ。様子を見て察していたけど本当だったみたいだね。慣れていないというか怖いのかな? 何か昔あったんだろうね。

 

 一度染み付いた恐怖を拭い去ることは難しい。

 トラウマは簡単なことじゃあ解消することはできないから。嫌な思い出がフラッシュバックして思考を凍結させる。

 ……よく、分かるよ、私も。


 暗い雰囲気に包まれたために、私は話題を変えて話す。


 クラシーさんも余り思い出したくないようで、若干食い気味に乗ってくれる。


 それから少しの間、他愛もない話をして時間を過ごした。




☆☆☆



 集合時間まではまだ余裕がある。

 まだ話に興じていようと思ったのだが、そのタイミングでツナちゃんから【迷いました助けてくださいお願いします神様仏様花依様ぁ……!】とメッセージが来たので切り上げることにする。


「……そろそろ時間だからもう行くね」

「そう……今日は本当にありがとう」


 クラシーさんは私の勘違いでなければ名残惜しそうに見つつ、かぶりを振って微笑んだ。

 フフフフフ……そろそろネタバラシといこうかな。

 別に事務所で直接会ってからでも良いんだけど、このままだとまた迷ってナンパされそうだし、ついでにツナちゃんも向かいに行こう。


「また外に出るのが不安になったら私を呼んでよ。いつでも力になるから」

「……会って少ししか経っていないのに迷惑をかけるわけにはいかないわ」

「会って少しでもこんなに話したら友達でしょ?」


 曖昧に微笑むクラシーさんは、きっと年下なのに自分の都合で迷惑云々と考えているのだろう。私には分かる。

 だからこそ、憂いはなくしておこう。


 私はクラシーさんに近づき、じっとしているように伝える。

 そして耳元で私は囁く。


 花依琥珀として。

 

「それに──また会うことになるからね、クラシーさん」

「──っ、あな、たはまさか」


 弾けるように飛び退ったクラシーさんにクスクスと笑いながら、改めて手を差し出し挨拶する。


「二期生の花依琥珀でーす。よろしくね、クラちゃん」

「く、クラちゃん? そ、それはともかくいつから気づいていたのかしら?」

「声聴いた時だねぇ、そのままだし」 

「どうして言ってくれなかったの?」

「だって、同じVtuberだって知ったらここまで朗らかに話せなかったでしょ。私は花依琥珀だけど、その前にまずとしてあなたと話がしたかったの」


 すると、驚いたような視線が私の瞳を貫いた。

 

「私として……?」

「? そうそう。折角の同期だし仲良くしたいじゃん?」

「あたしは一人でもやっていけるわ」

「私は一人ではやっていけないから。私の都合に付き合ってくれてありがとね」

「はぁ……正直、事務所の場所すら分からなかったから安心したわ」

「うんうん♪ うちのもう一人の二期生が道に迷って泣いてるから一緒に合流しよ。っていうか方向音痴多すぎない?」

「面目ないわ」


 最終的に若干折れたクラちゃんが、呆れを含ませたため息を吐いた。


 それじゃあ、ツナちゃんを迎えにいきますか。






ーーーーー

ツナちゃんを迎えに行くところまで書こうと思ったんですけど、てぇてぇシーンを入れる予定なので2話に分けました。

花×ツナ派は明日を楽しみにお待ち下さい。

 


 

 





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