第12話 同期コラボの誘い

「同期コラボ?」

『ええ、はい。花依さんとツナマヨさん、クラシーさんの三人で』

「それはリアルに会ってということですか?」

『はい。お三方都内住みですので、事務所で収録したいんです』


 ふ〜む?

 ソロ配信をした翌日に突如マネージャーから電話が来たと思えば、同期でのリアルコラボの話だった。

 個人間でやるというよりは、企業勢としての企画っぽい。


 事務所には2回くらいしか足を踏み入れたことがない。家で用足りるし、歌ってみたもするつもりはないから収録スペースもいらなかった。


 まあ、何にせよ受けることは決まっている。

 私に配慮してか今週の日曜日に収録するらしく、そこまで時間の拘束ないからね。

 いっちょ企業勢としての責務を果たそうじゃないか。


「分かりました。是非とも参加したいです」

『そうですか……! 良かったです。基本はお題に添って話したりするだけなので気負わなくても大丈夫ですよ。……司会進行は花依さんにお任せすることになるかもしれませんが……』


 マネージャーが申し訳無さそうに言った。

 だろうね、と私は同期二人の姿を思い出しつつ苦笑した。


「覚悟、というか予想していたので大丈夫です。企画進行とか嫌いじゃないですし、むしろ若輩者の私がそんな大役に就くことができるなんて得難い経験になりますよ」

『ありがとうございます……。ほんっとうに花依さんには助かってますよ。協調性のきょ、の文字すらないライバーたちをまとめられるのは花依さんだけですから……』

「なかなか切実ですね……ご苦労されているようで。それにしても、確かに事務所を挙げてのコラボというのは珍しいですよね」


 苦労人臭がするマネージャーの言葉には怒り、悲しみ、呆れの実情が籠もっていた。

 というか私、肥溜めのライバーでコラボしたの二人だけなんだけど。なのに全員まとめられることが前提になってる!?

 いやいや、さすがに大人数は無理だよ?

 基本的に真面目なツナちゃんと非常識だけど思いやりはある全智さん。


 まだこの二人だから何とかなってるものの。


『そうですね……基本的にカオスになりがちなのでコラボは自由方針にしたんです。そしたら誰もコラボしませんし』

「あぁ……一時期からコラボが減ったのはそういう……。まぁ、我が強いですから仕方ありませんよ。変に縛り付けて軋轢を生むことは避けないといけませんよね」

『そうなんですよ。……っと、話が逸れましたね。そろそろ時間ですから、詳しい日時とかが決まれば連絡します』

「分かりました。お仕事頑張ってくださいね」

『はぁ……癒し。失礼します』


 どこか残念臭を漂わせながらマネージャーは電話を切った。

 なんか知らない間にマネージャー堕としてそう。ただ常識人の皮を被りながら立派な社会人を労ってるだけなんだよね。

 ブラックとまではいかなくても、それなりにメンタル削られそうな職種だし、若いながらよく頑張ってると思うよ。前世社畜の私が言うんだから間違いない。


「さてさて。リアルツナちゃんか。楽しみだなぁ」


 配信の時よりキョドってそう。

 あー、でもさすがにツナちゃんといえど仮面は持ってるか。初対面の人とも話せるくらいはでき……る?


「あとはクラシーさんか……。クラちゃん……」


 彼女は私が前世の頃の二期生だ。

 今は登録者4万人と私とツナちゃんに差をつけられているが、私の知るクラちゃんじゃない。

 

「爪を隠している……なんでだろ。確か、最初の方のアーカイブ消されてたし初配信とか見れないんだよなぁ」


 今は見れるけど、私が知っているクラちゃんとクラシーさんは同一人物であって違うのだろう。

 きっとこの先に何かがあって彼女は変わった。


「んー、わからん。まあ、いいか。クラちゃんも私の推しだし。まだ堕とさないけど」


 私の知る完全体つよつよVtuberになってから堕とそう。

 壁は高く、難攻不落であるほど燃えるというもんだよ。てぇてぇだって苦難の先にあるものだ。





☆☆☆


 とあるマンションの一室。

 防音壁に区切られたその部屋は、ピアノやヴァイオリン、フルートなどの様々な楽器が置かれていた。

 部屋は広く、多種多様な楽器が置かれていても圧迫感はない。


 燃えるような赤い瞳を持つ少女がいる。

 赤毛をツインテールにまとめたハーフの美少女。

 身長は145cmほどだが、真っ赤なドレスを大きく押し上げるくらい胸がでかい。ヘビー級。爆弾と言ってもよいだろう。


 彼女は今、真剣な表情でピアノに目を向けている。

 見るものが見れば気圧される存在感を放つ彼女は、ヘッドマイクを装着している。傍らには『配信中』と表示されたパソコン。



 デデデデデデデッッ!!!!!


 徐ろに彼女はピアノを掻き鳴らす。

 時に雄弁に、時に恐ろしく。

 


 フランツ・シューベルト作曲(リスト編曲)【魔王】


 

コメント

・初手魔王は何回聞いても笑う

・声より先に魔王が届くVtuberとはwww

・音楽系Vtuberって歌うんじゃねぇのかい!って思ったわwww

・ピアノ経験者ワイ、相変わらず震えるほど上手い

・魔王ってムズいん?

・結構ムズい。そんでもって弾けても表現とかその他諸々が稚拙だったらあかん

・で、クラシーは?

・死ぬほど上手い


 戦慄したコメントで荒れる中、彼女……Vtuber、クラシーは曲の終盤に差し掛かっていた。

 汗を流しながらも弾くその姿は美しく、また鬼気迫る様子はまるで何かに追われているようだ。


コメント

・ピアノ経験者しかこのエグさが分からんから登録者が少ないんよな

・クラシー自身が弾いてんのは間違いないけど、ピアノを敬遠する人は結構いるからな


 

「ふぅ……」


 曲が終わり、汗を拭きながらクラシーはパソコンの前まで移動する。

 同接は4000人。

 決して少ないとは言えない人数であったが、同期と比べると些か見劣りすることは事実。


 クラシーもそれは重々承知のうえだ。

 彼女には登録者を増やす術がある。しかし、それは術があるだけでクラシーにとっては自身のトラウマを抉ることと同等だ。


「Vtuberのクラシーよ。今日のあたしの演奏はどうだったかしら?」


 

コメント

・すごかった(小並感)

・なんというか心が荒れたw

・相変わらず結構なお手前で


「ありがと。やっぱり疲れるわね、この曲。如何に体力ゲーと言われるのが分かるわ」


コメント

・それだけじゃないだろwww

・高難易度曲を体力ゲー呼ばわりwww

・完璧じゃなくて独自の色を出して弾いてるのがポイント高い


 それでもクラシーは満足していた。

 例えリスナーにをしていることに引け目を感じていても。それでも演奏で満足させられているから。

 あたしはあたしなんだ、とすることができるから。


「……あ、そうそう。引きこもりのあたしだけど、来週放送の二期ラジオに出演するわよ。花依琥珀さんと漆黒剣士ツナマヨさんとも初めましてね」


 クラシーにとって配信とは一人で行うものだった。 

 勿論、知識としてコラボがあることは知っていながらも、お世辞にも協調性がない自分の性格を熟知したうえで、その話が回ってこないだろうと思っていたのだ。


 だがそんな考えは花依バカによって崩され、ただひたすらに憂鬱だった。

 

コメント

・あのクラシーが……成長したなぁw

・後方親字面で草

・全智2歩手前だからなw

・一歩じゃないのかw

・それは四六時中配信し始めたら

・いや、草



(適当に撮って帰れば済む話だわ。どんなことでもあたしはあたしでいるだけ)


 


 だがクラシーは未だ知らない。


 てぇてぇのために人生を捧げた女の行動力を。

 全てを贄にハイスペックを得た女の推しに対する異常なお節介を。


 花依琥珀リスナーのおもちゃを、知らない。

 

 

 



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