第11話 花依琥珀の誕生秘話

「──じゃあ、またいつか会おうか」


コメント

・半年ぶりの配信も終わりか……

・次はいつなんだwww

・おつ

・世界一配信しない企業V


 雑多なコメントが流れる中、腰ほどまである長い金髪と真っ白なトーガを身に纏う妙齢の美女──背中には純白の翼が生えた──のが手を振っている。


 配信を切り終え、パソコンの前でぐぐぐっと体を伸ばすスーツ姿の女性はため息を吐く。

 首ほどまである艶やかな黒髪に、凛々しい目つきをした美人。できるキャリアウーマンのような装いと雰囲気を纏っている。


 彼女は全智と同じ0期生の『天使』である。

 そしてその正体はVtuber事務所【Vtuberで覇権握ってみた〜所属するVtuber全員癖つよ美少女な件〜】の社長、天原あまはらつかさだ。

 

「──社長。仕事サボって配信してたんですか?」

「失敬な。これも仕事のうちだよ。最近は二期生も加入して盛況のようだからね。同じ視点からでないと分からないこともあるだろう? ン?」

「ハァ……言い訳がましいですよ」


 彼女が先程まで配信をしていた場所は、都内の景色を一望できる社長室だ。

 社長でありながら登録者52万人の人気Vtuber。

 この数字は数ヶ月に一回の配信頻度にしては異例である。最も最初の方は週に一回は配信をしていたが、ライバーが増えるに連れて忙しくなっていっただけだ。


 眼鏡をクイッと直しながら苦言を呈す秘書に言い訳を口にするが、天原も言い訳だと理解しているのかそれ以上の言葉を重ねることはない。


「まァ、忙しいのは事実だが。この配信のために今日の仕事は終らせている」

「それなら良いんですけど。そのやる気を普段から出してほしいものですよ」

「やる気というのはやるべき時にしか発揮しないものさ。何事も楽したいって感情は人間の通説だろう」

「そうやって変な持論でウダウダ逃げてばっかいるから仕事が溜まっていくんです。計画性を持って取り組みましょう」


 天原は「君は私の母親か何かか?」とあからさまに苦渋を表面して、げんなりした顔で傍らに置かれたワインを飲む。


 そんな天原の姿に秘書は呆れつつも、「そういえば」と問い掛ける。


「二期生の花依琥珀。どうして入れたんですか」

「どうして? それはまぁ、私のお眼鏡に叶ったからとしか言いようがないねぇ」 

「あれは社長の琴線に触れる類のモノじゃないでしょう。私から見ても狂ってるとは思えません」

「私の選考基準を狂っているか否かと判断されるのは釈だが」


 まあ、あっているが、と天原は耳にかかった黒髪を指で弄びながら意地悪な笑みで秘書を見る。



「あれは立派に狂っているさ。確かに癖は強くない、が。……世界から逸脱している存在としか思えないね、私は。彼女は

「言葉の使い方を間違えているのでは?」

「いいや、そうとしか表現できない。彼女は余りにも何かを貫き通すという意思が強い。てぇてぇのため。多分あれはそのためなら何でもするよ。そういう意味でも倫理観然り、精神力然り。普通とは間違いなく言い切れない」

「……随分彼女を買ってるんですね」

「おや、嫉妬かい?」


 天原は秘書の言葉にハハハと笑いながら答える。

 

「馬鹿なことを言わないでください。真面目な話をしているんです」

「至って真面目さ。君Vtuberなら分かるだろう?」

「何がですか」

「見てみたくないかい? アレは自然と人を集める。バラバラだったうちのライバーは今や花依琥珀を起点として纏まり始めている。……未だ序章だが、その手はいずれ私たちの元まで伸びることだろう。堕ちなきゃいいねぇ……君も、私も」


 天原は心底楽しそうだった。

 自身がVtuberを愛してやまないことも原因の一つだが、あれほど孤独に籠もっていた全智の殻を一発で消し飛ばした花依琥珀のことは、ただ一人の人間として興味の対象になった。

 

 少しじっとりとした雰囲気の中、秘書はジト目で呟いた。


「いや、社長、ドMだから堕ちますよ、絶対」

「それは……それさ。まあ、私より君を堕とす方が苦労しそうだが」

「私は誰にも心を開く気なんてありません」

「おっと、ツナマヨと同様のフラグだよ、それ」

「回収しません」


 彼女らは社長と秘書、というよりダメな姉とクールな妹のようなものだが、目はどごでも真剣だった。


 Vtuberの運営として、Vtuberとして、ただ一人の人間として。


 


 


☆☆☆



「え? 私の誕生秘話?」


コメント

・面接でなんて言ったん?

・花依のことだから変なこと言ってそう

・いつも変だろw


「おちょくるのもいい加減にしなよね、オタクども」


 ソロ配信中、コメントに面接での経緯が知りたいというものがあった。

 ……確か他のライバーも面接については言って大丈夫だったし、私もセーフかな?


「まあ、君たちがこれをどう聞いて受け止めてもTSしない限りはVtuberになれないんだケド、そんなに知りたいなら……私のこと知りたいなら話してあげても良いよぉ〜?」


コメント

・ハイハイ、メスガキ(笑)

・わー、知りたいでーす(棒)

・設定を忘れないで偉いぞー!


「設定じゃないから!! 私は正真正銘のメスガキ! いや、自分でメスガキって言うのはどうなんだろう……まあ、いいか」


コメント

・ブレてんじゃねぇかwww

・自分で見失うなよw

・草

・自分で言ったから自称が付きますね、お疲れ様です

・あーあ、他称だったのに


「え、なにこれ私が悪いの、これ。というか前回のソロ配信の時も自称したじゃん。……って、自称じゃなくて本当だけどね!!!」


コメント

・必死かよ

・メスガキの仮面すら被れなくなってきてるぞw

・もう手遅れだろ


 いいや、まだ間に合う。

 生意気で煽るだけがメスガキじゃない。そうだ。まだ私は真のメスガキになり切れていないだけだよ。言い訳じゃないから。必死じゃないから!!


「で、誕生秘話だっけ。まー、良いけどそんなに面白い話じゃないよ? 普通に書類審査通って、面接しただけ。ひたすらてぇてぇがしたいんです、って熱く語っただけだよ?」


コメント

・その様子想像するだけで十分おもろい 

・面接官ドン引きやろwww

・いや、社長だから引かないやろ

・むしろ花依の方が引きそうw


 そうそう。最終面接は社長が担当してくれた。

 私に対してもって感じだったなぁ〜。意外にまともじゃん、って思ったね。


「後はなんか知らないけど受かって。今ここに立っていられるってわけ。全智さんもツナちゃんも堕とせたし最高だよ。嫉妬で震えてなーい〜?」


コメント

・いや、全然

・貰ってあげて

・肥溜め所属ってだけで自動的にガチ恋勢は消去される世界やぞ

・カプ厨はいるかもしれんがw

・全部花依×Xだろ

・↑代入方式やめろwww


「ツナちゃんとは毎日メッセージでやり取りするし、全智さんにはまた料理作りに行く約束してるし。もう、二人とも可愛い」


コメント

・分かる

・おめーがガチ恋勢じゃねぇか

・もう付き合ってます???

・次は誰行くん?


 次かぁ……もう一人の同期にアポ取りたいんだよね。

 ……私が前世から知ってるVtuberだし、今の様子を見る限り是非とも絡みたい。




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