第6話 現実世界でもそこはかとなく匂わせたい百合の波動①

 これでも私は華の女子高生、という伝説の存在だ。

 Vtuberのために中卒で過ごすことも考えなかったわけじゃないが、2秒ほど逡巡して諦めた。

 単純にデメリットが大きいことと、社会経験を積むことは成長に繋がると知っていたから。


 今でこそ人生二週目だけど、前世は男だったし、女子高生としての経験も大切だしね。そのお陰である程度女の子として馴染めているのもある。


「だとしても学校がめんどくさいのは共通認識だよねぇ……。だるい」


 朝起きて、鈍い思考の中でそんなことを呟く。

 両親は仕事でいない。というか滅多に帰ってこない。これぞラノベ主人公のようなご都合主義!

 ……別にVtuberやってることは知ってるし不都合なことはないんだけどね。声聞かれたところで誇りを持って心血注いでるわけだし恥ずかしくない。


「朝だけが面倒だよ……」


 とにかく女の子は支度しないといけないことが多すぎる。それだけで一時間は平気で溶かすから舐めるんじゃないよ、女の子。

 男の頃が羨ましくもあり、もっとケアしておけば良かったと後悔したり。


「よし、今日も可愛い」


 粗方準備を終えた私は、鏡を見て決めポーズ。

 いつも通り見るもの全てを虜とする美少女が映っている。ナルシストとでも何とでも呼ぶといい。可愛いのは事実だから!


「行ってきまーす」


 誰もいない家にゴートゥースクールの挨拶をして、私は学校へ向かった。

 生足が寒いでゴザル。




☆☆☆


「相変わらず痴漢されそうなくらいにエロいね。おはよう」

「その挨拶はなくない? 褒めてないよね、貶してるよね」


 友人の一人がニヤリと笑みを浮かべて挨拶をしてきた。


 茶髪のボブ。

 いつもニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべるのが特徴の、外見上はどこにでもいそうな少女。

 奴は川内かわない江里子えりこ

 私は親しみと敬意を持って、奴を川内と呼んでいる。


 そんな川内の挨拶は、同性でなければセクハラ待ったなしである。同性であってもこれはセクハラでしょうよ。

 とはいえ、痴漢されそうというのはあながち間違いでもない。ラッシュ時の公共交通機関に乗れないからね。確実に痴漢されるから。


 男子の好み全てを煮詰めた姿をしている私。

 現に教室にいる男子たちから好色な視線が届くわ届く。おっぱい見すぎだぞこの野郎。

 

 唯一そんな目で見ないのはクラス一のイケメンだけだ。

 まあ、奴は性癖が拗れてるしね。


「今日一限から体育だぜ? ダルくない?」

「そう? 私体育好きだよ?」


 友人は体育が嫌いなそうだが、私は前世からのきらいもあって得意だし好きである。男子に負けないくらいの身体能力は持ち合わせてるし。養殖ハイスペック舐めんなよ。


「えー……蓮華は無防備だからそんなこと言えるんだよ。男子と合同の時なんかマジで胸しか見てないよ、あいつら」

「見るだけなら見せとけば良いんだよ。手には届かないんだから」

「うわっ、無慈悲。ははっ、名言っぽくて面白いんだけど!」


 私は百合ガチ勢だ。

 友人はそういう目で見ないように意識を分離しているから、特にどう思うこともない。


 ケタケタと笑う友人に呆れながらも、私は教室の隅にいるギャルっぽい二人組と目が合う。

 

 二人はケッ、と吐き捨てるような素振りを見せつつ、わざとらしく視線を逸らす。嫌われているのは明白であった。


「ん? あー、あの二人、蓮華のこと嫌ってるもんね。気にすんなよ」

「直球で言い過ぎじゃない? 別に何もしてないんだけどね」

「嫉妬よ、嫉妬。蓮華が幸喜こうきくんのこと狙ってんじゃないかって思ってんのよ」

「イケメンくんには興味ないよ。あっちも同じだろうし」

「どうだろうね〜」


 女子の面倒なところは、特に何か仕出かしたわけじゃないのに因縁をつけられ嫌われる。……女子だけじゃないか。高校生としての共通の問題かな。



「あ、俺の話、した?」


 会話に入ってきたのは件のイケメン、佐々木幸喜だ。

 黒髪の俺様系とワンコ系と気弱系を纏めて合成した感じ。イケメンは心の中といえど描写したくない。目が腐る。


「してない。自意識過剰乙」

「これ川内。落ち着きなさい」


 去れ去れと言わんばかりに嫌悪全面で煽る川内を止める。君のその行動のしわ寄せがギャル二人組に嫌われる原因なんだけどね。全部が全部じゃないけど。

 というか川内、イケメン嫌いすぎでしょ。


「あぁ、いやごめん。邪魔する気はなかったんだけど……そこ、俺の席だから……」

「あ」


 川内が座っていた机はイケメンの席だった。

 私も気づかなかった。だからチラチラこっち見てたのか。


 私は川内の頭を引っ掴んで下げさせる。


「謝れ川内」

「ごめんなひゃい……」


 イケメンはあぁ、うん、と川内が除けた後に座り文庫本を取り出し読み始めた。

 その文学男子とも言えるべき姿に、周りの女子たちは『ほぅ……』と息を漏らし、男子たちは怨嗟の籠もった瞳で『チッ』と舌打ちをする。


 だが私は知っている。


 


 ──こいつが百合系ラノベを好んで読み、そのせいでリアルの女子に恋愛感情を抱けなくなった悲しき業を。


「優しくしようよ、川内」

「やだよ、イケメンって鼻につくんだもん」

「ただ単にイケメンって種族を嫌ってるだけでしょ。個人を見なさい」


 むぅ、と膨れっ面の川内の頭を撫でながら私はイケメンに心の中で合掌した。



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