6-2 人殺しの虫
『攻守交代(チェンジ)』
「テェー! テレッテッテッレェェー! テェー! テレテレテテッッ! テテェン! テテェン! 」
剛田の声とともにスポーツニュースのジングルみたいな曲が頭の中で流れた。
わたしは無闇に明るいその曲に唖然とし、野比沢も思わず顔をしかめる。それから無理矢理ため息をつき、そのせいでまた血を吐いた。
最初に武器の名前を聞いた時から思っていたけど、ビーグル犬と同じでこの人もかなりバカっぽい。子供の頃はあんなに怖かったのに……。
わたし達のシラけた表情を受け流し、剛田はバットを掲げた。
するとバットは発光して霧のように掻き消え、煙は剛田の鼻に吸い込まれていく。そして彼の左手には金色のグローブが現れる。グローブには黒い炎のマークが刺繍されていた。
「野比沢よぅ、お前の『支配者領域』は生き物を拒絶できる。確かに俺はお前に近づけねえ。もうバットでブン殴るのは無理だなぁ。けどよぅ、このボールはどうなんだぁ? ボールは生きてねえからなぁぁ! 」
剛田は右手のボールをギュッと握る。ボールから炎が吹き出した。
「オラァッ!! 」
地面を震わせるような雄叫びを上げて、剛田は振りかぶると予想外に綺麗なフォームで投球した。
「ギュン!」
真っ赤に燃えるボールが空気を歪ませ砂煙を巻き上げて私たちに迫る。
早っ!!
ボールはあっさりと『支配者領域』の結界に侵入し、赤い閃光となってわたしと野比沢の間をすり抜けていった。
ボールの軌道に近かった野比沢の頬とわたしの左肩の服がザッと裂けた。
掠っただけなのに……、この威力! まるでレーザービームだ。
「ドゴォォンンン……」
剛田の投げた球が遥か後方で何かに激突して爆炎を上げた。
「おう、物体は結界を素通りできるみてぇだな。やはりてめぇの『支配者領域』は遠距離攻撃に弱ぇ」
剛田はニヤリと笑う。
いつのまにか右手に握っていた新しいボールを左手のグローブへととスナップを効かせて放り込む。
「バシッ! バシッ! 」
小気味いい音が響いた。わたしの視界に映るサイトがまた赤く点滅している。
「今度は手加減無しだぜぇ! 俺はよぅ、こう見えてもなぁ、甲子園に2回出てるからなぁ! そのヒョロイ体で俺の球が受けられるのかぁ? 野比ちゃんよぅぅ! 」
剛田はまた右手でグッとボールを握った。握ったボールから青い炎が吹き出る。炎はさっきよりも勢いを増していた。
「大リィィーグボゥゥゥル……」
つま先を高々と上げる。
「1号!! 」
叫んだ剛田は意外に美しいフォームで投球した。
ボールは剛田の手を離れた瞬間、魔法を掛けたみたいにグンっと膨らんだ。
大きい!! まるで隕石!?
「もう……、遠隔操作はできない……」
そう呟いた野比沢は苦しげに膝をついたまま『漆黒の不可解物質』の口を手で引っ張り開けた。
黒いポケットが大きく口を開いた。
「グワッ! 」
「ブシュュ! 」
巨大な火の玉はグニャリとあり得ない形にねじ曲がり、液体みたいに黒いポケットの口に飲み込まれた。
ポケットの口から火山噴火の前触れみたいに、モクモクと煙が吹き出している。
「ゴホッ! ゴホッ!!」
激しく咳き込んだ野比沢は力尽きたようにグッタリと地面に倒れ込み、ガクガクと痙攣している。
野比沢は……、もう限界だ。
わたしは急いで黒い銃のトリガーを絞り、弾丸のチャージに入る。
「チッ! 気張るじゃねぇか、野比ちゃんよぅ」
舌打ちした剛田はグローブに何度かボールを放り込む。
「バシッ! バシッ! バシッ! 」
また視界に映るサイトが点滅している。
剛田は右手でボールを握りしめる。ボールからさらに大きな青い炎が溢れ出す。
「大リィィーグボゥゥゥル、1号! 」
ボールが剛田の指を離れた瞬間、ボールは一気に膨らんでさらに巨大な火の玉に変化した。
「ブワッ!!」
青い炎を纏った隕石がわたし達を目掛けて飛んでくる。
「バシュュュ! 」
わたしは火の玉の中心にタメ撃ち弾丸を発射する。
「ビキィィィン!! 」
巨大な青い火玉とわたしのチャージ弾丸が衝突した。
「ジュュュュュ……」
2つのエネルギーの塊は衝突したまま、ビリビリと周囲の空気を揺らせている。
わたしは次の弾丸をチャージしながら、グッタりしている野比沢の襟首を掴む。そして強引に野比沢を引きずりながら思いっきり後ろに飛んだ。ギュンと景色が遠ざかる。足元に描かれた不思議な図形も野比沢の移動に合わせて地面を滑るようについてくる。
「バシュッ! 」
後ろに飛びのきながら、わたしはトリガーを絞って2発目の弾丸を衝突の中心に追い討ちした。弾丸は剛田の放った火の玉とわたしのタメ撃ち弾丸が衝突している中心を撃ち抜く。
初弾は黒い光のカケラになって四散し、2発目のタメ打ち弾丸はまだ燻っていた火の玉を貫通した。そしてそのまま剛田に向かっていく。
今だ!
わたしは弾丸が剛田に着弾する前にトリガーをもう一絞る。
「キィィィィ!! 」
耳をツン裂くような衝撃音!
2発目のチャージ弾から四方八方に向けてトゲのように尖った光の刃が飛び出した。
炸裂弾。チャージ弾がヒットする前に四方に弾けて敵を攻撃する弾丸だ。破裂したタメ撃ち弾はトラップみたいに360度全方位へ光の刃を撒き散らす。
鼻先で破裂した弾丸から弾けて伸びる光の刃が剛田に襲い掛かった。
「おわっ!? 」
驚いた剛田が奇声を上げた。しかし!
「ババババッッ!!! 」
剛田は左手のグローブを素早く動かして、捕球するみたいに光の刃の1つ1つを全て受け止めた。鋭く尖った光りの刃はグローブの内側に触れた瞬間に次々と消滅してしまった。
「ヒュー! 」
全ての刃を瞬時にかき消して剛田は口笛を吹いた。
「やるじゃねぇか、嬢ちゃん! 今のはヤバかったぜ」
わたしは唇を噛む。
信じられない……、あの至近距離でアレを凌ぐなんて! この人、バカだけど強い! でも……、お姉ちゃんほどじゃない……。
「それなら、コイツは躱せるかぁ? 」
剛田はまたピッチングフォームに入る。彼の右の二の腕が急激に膨らんでいく。
「分身魔球ぅぅぅ!! 」
「ブババババッ!!! 」
叫んで投げた剛田の球は1つから4つに増えて、こちらに飛んできた。
分身!?
慌てて引き金を絞り銃口に集中する。
赤いロックオンサイトが、……1つ、……2つ、……3つ、4つ!?
分身じゃない! 本当に4つのボールを投げてるじゃん!!
「ババババッシュ!! 」
わたしは銃のスライドを素早く2回引き、チャージし掛けた弾丸のエネルギーを銃口で破裂させる散弾に変更して、すぐ鼻先に迫っていた4つのボールを撃ち落とす。
「分身じゃないじゃない! 」
「ガッハッハっ! わりぃ、わりぃ。よく見抜いたなぁ! それによぉ、ドスを仕込んだトラップ弾に銃口でバラけるショットガンとはなぁ。嬢ちゃん、ヤリマンにしては頭を使うじゃねぇか! 」
この人、ムカつく! ヤリマンじゃないし!
頭にきたわたしが文句を言おうとした時、野比沢がわたしの破れたニットの裾を引っ張った。
「……、……」
グッタりした野比沢は辛そうに顔を上げると無言でわたしに目配せした。
その目はもう一度、今の攻撃をしろと訴えていた。
「……」
仕方なくわたしは銃口を剛田に向けてタメ撃ちに入る。
「キュュゥゥ……」
銃口に黒い光が収束していく。
「こいや……」
わたしを見つめている剛田がゾッとするような笑みを浮かべた。
「バシッ! バシッ! バシッ! バシッ! 」
剛田はまたグローブにボールを投げ込み、それからボールを握りこんだ。
剛田がグローブにボールを投げ込む度に、わたしの目に映るロックオンサイトが赤く点滅している。
たぶん……、あの動作はわたしのタメ撃ちと同じ、攻撃力をチャージしているんだ。だとしたら次は……、今までで1番強力な攻撃がくる!
「そろそろ終いにしようやぁ! 」
剛田が振りかぶった。剛田の二の腕と太ももの筋肉が異常に膨らんでいく。
「大リーグゥゥボールゥゥゥ」
掛け声と共に剛田の腕が振り抜かれ、ボールが射出された。
特大の火の玉!
「バシュッ! 」
わたしもトリガーを解放してタメ撃ち弾丸を発射した。
2つのエネルギーが衝突する。
「グババッ! 」
「バシュ! 」
今回も威力は拮抗していた。衝突した2つのエネルギーは燻るように空中で脈動しているが、徐々にわたしの弾丸が押し負けている……。
「ババジュュュ! 」
わたしは急いでチャージした次の弾丸を、2つのエネルギーが衝突している空間に撃ち込む。
その時、剛田の声がした。
「2号ゥゥゥ!!! 」
「シュッ! 」
爆発の中心にわたしの追加弾丸が到達し、そこにあった2つのエネルギーをかき消しながら貫通した瞬間!
逆サイドから別の火の玉が飛び込んできた。
まさか向こうも2球目!?
右手で1球目。さらにそのスイングをそのまま利用して回転しながら2球目!!
剛田は2個のボールを時間差で投げてきた。こっちの2発目はチャージ時間が短い……、撃ち負ける!
「バリンンンン 」
わたしのチャージ弾が火の玉に飲まれ四散した。間に合わないと分かっていながら、急いでトリガーを引いて3発目のチャージに入る。
大丈夫なの!?
わたしの不安な目線を野比沢は無視し、変わりに『漆黒の不可解物質』を剛田の火の玉に投げつけた。
「バグッン! 」
2発目の火の玉が黒いポケットに飲み込まれる。
野比沢はそのまま残された右手を握って開き、『漆黒の不可解物質』を操作した。
ポケットの口がグワっと開き、2発の火の玉が剛田に向かって発射された。
吸収した剛田の攻撃だ!
「てめぇ!! さっき遠隔操作出来ねぇつたじゃねぇかよぉぉ! 」
剛田が吠えた。
ポケットから吐き出された火の玉ボールは剛田のすぐ目の前に迫っている。
「舐めるゥゥなァァァ!! 大リーグボゥゥゥル2号!!! 」
剛田は器用に2つのボールを連投し『漆黒の不可解物質』が吐き出した2発の火の玉をギリギリで対消滅させた。
けれど、後から投げた2球は明らかに炎が小さかった。先の2発の青い炎に巻かれ、剛田が焼かれる。
「シュュュゥゥゥ」
肉の焼ける生々しい匂いがして、蒸発した火の玉の煙が立ち込める。辺り一体が煙に巻かれて何も見えない。
「はぁ、はぁ、はぁ……、クソメガネェェ! 調子に乗ってんじゃ……」
自分の炎で黒く焼け焦げた剛田は怒りを露わにして叫んだが、ふいに言葉が途切れた。
剛田の視界の端に何かがよぎった。
銃剣モード!
わたしはタメ打ちのまま銃身を立ち上げて大きな光の刃を作り出し剛田に飛び込んだ。
剛田の目の前の煙がサッと晴れる。
彼の鼻先に突然、わたしが現れる。
「シクッた……」
そう剛田が呟いた時、わたしの銃剣が剛田の右肩を貫いた。
「グガァァ! 」
衝撃と痛みに剛田が雄叫びを上げる。
「球児の利き肩狙いやがってぇ! 」
それでも剛田は足を踏ん張り、わたしごと攻撃の勢いを受け止めた。
「ズザザサッ」
わたしに押されて剛田が後ずさる。
それでも剛田はなんとか踏みとどまると、左手のグローブを振り上げ、めいいっぱい広げた。
「逆転サヨナラだなぁぁ! 」
剛田が邪悪な笑みを浮かべ叫んだ。
見上げたグローブの内側には魚みたいな口が開いていた。真っ黒い口の中に生き物みたいなギザギザの歯がびっしりと生えている。そのグローブがわたしの頭に振り下ろされる。
わたしは素早く銃のスライドを引いた。
「ズバッ!! 」
剛田の肩に刺さっている光の刃が散弾に変化して剛田の体内で爆ぜた。
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